15歳で一躍注目のヒロインに。26歳になった池田愛がカラーになった「いづみちゃん」を振り返る。
のちに「ぼんとリンちゃん」「逆光の頃」「殺さない彼と死なない彼女」を発表し青春映画の名手となる小林啓一監督が2011年に発表した長編デビュー作「ももいろそらを」。
思春期真っただ中にいる少年少女たちの日常風景をつぶさにみつめ、美しいモノクロームの映像で映し出した本作は、東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞するなど高い評価を得た。
国内はもとより海外でも反響を呼んだ本作だが、その当時から多く寄せられていたのが「カラー版」を望む声だ。
そう望んでいたファンにとってはまさに待望となるカラー版での公開が、製作から10年を経た今年ついに実現した。
そして、青春映画のマスターピースにあげられることも多い本作で主演のいづみ役に抜擢され、鮮烈なデビューを果たしたのが池田愛だ。
当時15歳、ほとんど演技経験のなかった彼女は、本作の出演で一躍注目の若手女優に。しかし、その後、芸能活動から距離を置くなど、その道は決して平坦ではなかった。
現在26歳になった彼女が、いい思い出も苦しかった思い出もある当時を振り返る。(全3回)
今でも、「あれってオーディションだったのかな?」と思います(笑)
はじめに、先で触れたように当時、池田は15歳。その約1年前、14歳のときに大手事務所に入り、CMへの出演していたが、まだ芸能活動をはじめて間もないころだった。
「祖父(俳優の大木実)と叔父(同じく俳優の大木聡)の影響で、この世界に飛び込んではみたものの、たとえば『俳優としてやっていこう』といった覚悟はまだできてなかったというか。
先のことなんて考えられなかったし、『とりあえず頑張ってみよう』といった状況だったと思います」
そんなころ、「ももいろそらを」のオーディションを受けることになる。
ただ、オーディションという雰囲気ではなかったそうだ。
「今でも、『あれってオーディションだったのかな?』と思います(笑)。
それまでいくつかオーディションは受けてましたけど、たいてい『池田愛です。どこどこからきました。何歳です。よろしくお願いします』といった感じで自己紹介をして、少し演技をみられて、あとは質問されて、というのが普通だと思うんですけど、『ももいろそらを』はまったく違ったんです。
小林(啓一)監督とプロデューサーの方が確か事務所に来てくださって、20分~30分ぐらいお話をしただけ。
お芝居についてとか一切お話しなかったと思います。
お芝居に関してはワークショップで学びはじめていて、祖父と叔父が俳優でしたから、そこに泥を塗ってはならないと、自分なりにいろいろ考えていたんです。
ところが、普通ならば『このセリフ読んで』とかあると思うんですけど、お芝居をみせることもなく、終わって、肩透かしを食らったといいますか(笑)。
終わったあと、思いました。『これなんなんだろう』と。
そのときのことを小林監督に『ずっと、ぼーっとしてたよね』と言われるんですけど、知らないおじさん2人(笑)を前によく状況が呑み込めなくて『ポカン』としていたんです」
本人はなんの手ごたえもないまま終わったが、後日、主演の吉報が入った。
「(俳優としての)経験がほとんどなくて、セリフのある役というのが『ももいろそらを』が初めてだったんですよね。
しかも、いきなりの主演。もうびっくりのひと言でした。いまだにたった30分ぐらい話しただけで、なぜ小林監督がわたしを主役にしたのかわかりません。
今でも、そのときのことはよく覚えています。事務所でマネージャーさんからさらっと『池田、お前、主役だから』と伝えられたんですよ。
それであまりの驚きに『えぇっ』」って奇声に近い声を上げちゃいました」
自分の身体をなげうっていづみを体現するしかなかった
こうして演じることになったのは、新聞記事の採点を日課にするユニークな女子高生の川島いづみ。
ある日、彼女は30万円の大金と学生証の入った財布を拾う。学生証に記載された住所を訪ねてみると表札の名前に見覚えが。
気になって調べると財布の持ち主が天下り官僚の息子であることが判明。そこから友人2人も入って、高校生ならではの恋バナあり、ちょっとドジな青春あり、純粋な友情ありのストーリーが展開していく。
この中で、池田は自由奔放、なぜか江戸っ子口調で、新聞記事を読んでは不正だらけの社会に嘆く、ちょっと怒れる女子高生、いづみをはつらつと演じ切っている。
「いづみをきちんと演じようという意識を強くもっていました。台本をいただいて最初のリハーサルに臨んだときまでは。
でも、その最初のリハーサルで小林監督にひと言『違う』と。『もっとナチュラルに、ふだん親や友人と話している感じでいい』と言われたんです。
『セリフにはこう書いてあるけど、ふだんだったらこんなきっちりした話し方はしない。ふだんしゃべっているような感覚でいいんだ』と。
『へんに滑舌をよくしようとしなくていいし、セリフをすらすら言わなくてもいい』と言われて、そこからもうガラッと意識が変わったというか。
もう自分であれこれ考えるよりも、監督についていこうと。
当時はほぼ演技経験がなくて、監督に言われた通りにやるのが正解と思っていて。そもそも、まだ未熟ですからそれ以上のことは考えられませんでした。
だから、とにかく監督の話をよく聞いて、一生懸命、言われた通りにやろうと。
そのことだけを意識してまずは取り組み、自分の身体をなげうっていづみを体現するしかなかった。
いづみちゃんが怒ってまくしたてている場面とか、後半なにを言っているのかよくわからないことになっている(苦笑)。
たぶん、お芝居を意識していたら、ああはならない。
でも、実際は、人って感情が高ぶったときって理路整然と話せるわけではない。
つっかえたり、なにいっているかわからないけど、気持ちだけは伝わってくることがある。
いまだと、この演技といっていいかわからないですけど、この表現が正解とわかる。
ただ、当時はなにもわからずにがむしゃらに無我夢中でやったら、ああなったという感じです。
だから、海外の映画祭にいったときに外国人の確か心理学者の先生だったかな、『このシーンのこの演技はこういうことをきちんと表現していてすばらしい』とすごく褒められたんですよ。
でも、心の中で『わたし、そんなことぜんぜん意識していませんでした。すいません!』て謝ってました(苦笑)」
いづみがわたしの中に乗り移ってからはもう言いたい放題
すると、どんどんいづみが乗り移ってくるかのように体に浸透してきたという。
「こうした体験を重ねていくうちに、不思議といづみがわたしの中に根付いていったんですよね。
小林監督が導いてくださったんだと思うんですけど、いづみがわたしの中に乗り移ってからはもう言いたい放題といいますか(苦笑)。
生意気にも『ここはこうしたい』とか『ああしたい』とか、いうようになったんですよね。
小林監督がそういうことを受け入れてくれる方だったのもあるんですけど、ほかの現場だったら怒られたと思います。
でも、それぐらいいづみとして身体が勝手に動いたり、いづみの言葉としてセリフが出るようになっていました。
だから、違うと思ったら、なんか『こうだと思う』と言えるようになっていたんですよね。
また、自分がいづみちゃんとしてきちんと立っていれば、相手もきちんと反応してくれることがわかったというか。
セリフひとつとっても、いづみとしてワンクッション、ワンスパイスを気持ちに加えると、相手の心が動く。
単なるセリフのやりとりだと感情まで動かせない。でも、気持ちがのると、自分の心も動くし、相手の心も動く。
それでようやくシーンとして成り立つ。
そのことがわかったんですね。これはいまでも小林監督が教えてくれた大事なこととして心にとどめています」
(※第二回に続く)
「ももいろそらを [カラー版]」
監督・脚本・撮影:小林啓一
出演:池田愛 小篠恵奈 藤原令子 高山翼 / 桃月庵白酒
渋谷シネクイント、愛知・ミッドランドスクエア シネマ、京都・出町座、大阪・第七芸術劇場にて公開中。宮城チネ・ラヴィータにて7/16(金)より公開
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