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ヌーランドの関与が表に出てくるか、モスクワ郊外大規模テロ事件の奇々怪々

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(745)

弥生某日

 奇々怪々なことが起きている。ロシア大統領選挙でプーチン大統領が勝利宣言を出した5日後、3月22日の夜にロシアのモスクワ郊外にあるコンサートホールにイスラム過激派4人が侵入し、6000人いた観客に銃を乱射して劇場に火をつけ逃走した。この襲撃でこれまでに144人が死亡、180人以上が負傷した。

 事件後、アフガニスタンを拠点とする「イスラム国」の地域支部が犯行声明を出した。米国の「テロとの戦い」を機にイラクからシリアにかけて勢力を伸ばした「イスラム国」は、シリア内戦に介入したロシア軍に攻撃され、壊滅的打撃を受けた。「イスラム国」がロシアに報復テロを仕掛けたと考えるのは一見もっともらしい。

 しかし犯行から3時間後に実行犯4人が逮捕された場所は、モスクワからウクライナに向かい、国境から100キロ手前だったという。犯人はタジキスタン国籍で、供述によれば金で銃撃を請け負ったと言った。

 イスラム原理主義者のテロというより「イスラム国」が下請けにやらせた感じで、これまでの「イスラム国」のテロとは様相が異なる。そして奇妙なのはこのテロを事前に米国がロシアに警告していたというのだ。

 3月7日にモスクワの米国大使館は「過激派がモスクワでコンサートを含む大規模な集会を標的にしている」とモスクワ在住の米国民に警告した。これに対しプーチン大統領は19日に「我々の社会を不安定にする意図を持った明白な脅迫」として米国の警告を無視する態度を示した。

 それが22日に現実になったのだ。警告を無視するにしてもロシア側がまったく警戒していなかったというのもにわかには信じがたい。犯人たちは事前に5回も下見を行い、武器を所持して易々と侵入することができたという。

 ロシアの警備当局は犯人たちが銃撃後に逃走することを許し、3時間もたった後で、ウクライナ国境の手前で逮捕した。コンサートホールは火災に包まれたが消防車の出動も遅れるなど当局の不手際が指摘されている。

 プーチンは銃撃発生から16時間も沈黙を守り、23日になってテレビ演説を行い、「テロ攻撃の実行犯4人を含む11人を逮捕したが、4人はウクライナの方角に逃げようとした。ウクライナは犯人が国境を超えることができるよう窓を用意していた」と述べ、テロにはウクライナ政府が関与しているとの見方を示した。

 これに対しウクライナ政府は関与を強く否定し、米国政府もまた「ウクライナが関与した証拠はない」とウクライナの主張を援護する発言を行った。そして西側メディアは、このテロをウクライナ攻撃強化に結び付けるロシアの自作自演ではないかと疑っている。

 つまりロシア国民を恐怖に陥れることで大動員を可能にし、ウクライナ攻撃を一気に強める狙いがあるというのだ。しかし自国民をかつてない規模のテロの犠牲者にしてまで大動員をかける必要があるのかフーテンは疑問を感ずる。

 ウクライナ戦争は現状ではロシアが優勢であり、ローマ法王がウクライナに「白旗を掲げる勇気を持て」と発言するなど、ロシアが追い詰められている状況ではない。従って大動員をかけなければならない事情もない。

 ロシアの自作自演説と言えば、ロシアとドイツを結ぶ海底パイプラインの爆破事件の時にも同じことが言われた。22年9月にロシアの天然ガスをドイツに送るノルドストリーム2が何者かによって爆破され、ポーランドはロシアのプーチンの犯行と断定した。

 当時はプーチンが世界中から「諸悪の根源」と看做されていた時期だから、それに同調するメディアもあったが、フーテンは頭から信用する気にならなかった。ロシアがドイツを困らせるために爆破する必要はまるでない。天然ガスを送るのをやめれば良いだけの話だ。

 すると米国人ジャーナリストのセイモア・ハーシュが「米国のCIAとノルウェー海軍の秘密部隊がバイデン大統領の決断によって行った」というスクープ記事を書いた。しかし米国メディアは完全に黙殺し、このスクープは話題にもならなかった。

 しばらくしてワシントン・ポスト紙が「ウクライナの秘密部隊が行った作戦で、ゼレンスキー大統領は知らなかった」と書いた。フーテンは「ゼレンスキーが知らなかった」というバカなことは統治の構造上ありえない。あるとすればゼレンスキーが操り人形に過ぎないことを認めたことになる。そう思ってハーシュに軍配を上げた。

 ノルドストリーム2を爆破して最も利益を得るのは米国である。米国は以前からロシアのエネルギー資源に依存する欧州を問題視していた。そのためウクライナ戦争を起こさせて欧州とロシアの関係を断ち切ろうとした。ノルドストリーム2爆破は米国が主犯で、それにNATO事務総長を出しているノルウェーが協力させられたのだ。

 ロシアがウクライナ攻撃を強化し、大動員を行うために自国民をテロの犠牲にしたという自作自演説をフーテンは採らない。そんなことをしなくともウクライナ攻撃を強化するための理由はいくらでも作れる。

 しかしこのテロにウクライナ戦争を仕組んだ中心メンバーが関わっている情報をプーチンが入手し、その証拠をつかむために実行犯を泳がせていたというのならその可能性はあるかもしれない。

 何を言いたいかと言えば、フーテンの頭の中にあるのは、つい最近まで国務省ナンバー3の国務次官を務めていたビクトリア・ヌーランドである。そのヌーランドが国務次官を辞任するとブリンケン国務長官が突然発表したのは3月5日だ。

 モスクワの米大使館がテロに対する警告情報を出したのはその2日後の7日だから、ヌーランドの辞任とこのテロ情報の間に何か関係があるのではないかと考えてしまうのである。

 ヌーランド辞任発表より4日前の3月1日、ロシアがドイツ空軍の高官による巡航ミサイル「タウルス」のウクライナへの提供とクリミア大橋爆破計画の会話音声を公開した。ドイツの国防大臣はそれがオンライン会議の音声であることを認めた。盗聴防止の措置なしで会議を行った人為的ミスがあったというのだ。

 すると4日にドイツのショルツ首相は、巡航ミサイル「タウルス」をウクライナに供与する意思のないことを表明した。「これは越えてはならない一線で、これを越えればドイツは戦争の当事者になる」とショルツは語った。

 その翌日にブリンケン国務長官がヌーランド国務次官の辞任を発表し、その2日後にモスクワでのテロ攻撃の警戒情報を米大使館が発表したのである。このテロ攻撃にヌーランドが絡んでいるとすれば、その証拠を得るためにプーチンはテロ実行犯を泳がせ、テロ攻撃を未然に防がなかった可能性があるのではないか。

 つまりカギはヌーランドだと思っていると、遠藤誉筑波大学名誉教授のブログに、ヌーランドがテロ事件に関与していた可能性を示唆する記述があった。遠藤氏は中国問題の権威なのでまず中国国内でこのテロ事件がどれほど関心を集めているかを紹介した後、モスクワ在住の昔の教え子からの情報を紹介している。

 それによるとクレムリンはウクライナのブダノフ情報総局長が実行指揮を行った可能性が高いと見ている。ブダノフはロシアの反体制活動家ナワルヌイが獄中で死亡した時、「自然死である」と断言した人物で、CIAやMI6との関係が深い。

 これまでにネオ・ユーラシア主義の思想家アレクサンドラ・ドゥーギンの娘を自動車に仕掛けた爆弾で殺し、クリミア橋爆破を実行し、右派のブロガーであるタタルスキーを爆殺したと言われている。

 一方でヌーランドは1月31日にキーウを訪れた際、「プーチンを驚かせる事件が近く起こる」と予言した。今後はこの予言と今回の事件との関係が追及されていくことになるだろう。ノルドストリーム2の爆破事件も提案したのはヌーランドで、それを許可したのがバイデンという構図だという。

 そこで最大のカギはヌーランド辞任の理由である。ドイツ空軍の高官は、ショルツ首相の指揮下ではないところで巡航ミサイルの提供や爆破計画を議論していた。考えられるのは米国や英国の指示の下でそうした計画が話し合われていた可能性である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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