海外でも高評価!お茶が主役になる急須「360KYUSU」の誕生秘話とプロダクトとしての魅力に迫る
左利き用の急須、見たことがありますか?
いわゆる普通の急須の形だと、左利きの方にはかなり使いづらいもの。
他にも、茶こしに詰まった茶葉を取り除くのが面倒、茶渋が付くのが気になる、などなど。
そんな従来の急須にまつわる様々な問題をクリアしているのが、つい先日世界的なデザイン賞であるRed Dot Design Award 2024を受賞した「360KYUSU」です(取材記事はこちら)。
初めて見た時は、これが急須??とその形状に驚きました。
しかし、使い続けるうちに360KYUSUの優れている点が徐々に見えてきて、これはかなり緻密な計算と試行錯誤を経て作られたものだと確信。
見ただけではわからない、実際に使ってこそわかるもの。
普段から様々な急須や茶器を扱う日本茶のプロも認めるその良さ。
海外でも高評価のその秘密を探るべく、今回は「ものづくり」の観点から360KYUSUのプロダクトデザインを担当したProduct Design Centerの鈴木啓太さんに、お話を伺いました。
「360KYUSU」の誕生秘話
「富士山グラス」や「相模鉄道20000系」などでも有名な日本を代表するプロダクトデザイナーの鈴木啓太さん。
昨年のナナズグリーンティーでの取材時にも少しお話を伺いましたが(過去記事はこちら)、今回は360KYUSUの生みの親である鈴木さんにどういう想いでどんな試行錯誤を経て作られたのか改めてお聞きしました。
まず、鈴木啓太さんのプロフィールと略歴をご紹介します。
急須やグラスから鉄道まで幅広くデザインを手がけている鈴木さん。
日常に根差したものを作りたい、100年後にも残るデザインに、という想いでテーブルウェアなどの日用品も多く手掛けていらっしゃるとのこと。
では360KYUSUはどうやって作られたのでしょうか。
過去の挫折を経て生まれたアイディア
鈴木さんは360KYUSUのプロダクトデザインを担当する8年ほど前、ティーポットの開発で茶こし(フィルター)の部分がどうしても上手くいかず、制作を断念した経験があったそうです。
そのことがずっと心の隅に残っており、2022年にナナズグリーンティーを運営する株式会社七葉さんから新しい急須の開発のお話が来た際に「これはリベンジの機会になる」と感じ、まず「茶こし部分」から取りかかることにしたのだそう。
醤油差しがヒントに!
茶こしの機能を考えるうちに、「THE」というブランドの醤油差しをデザインした際のアイディアがヒントに。
「醤油差しと同じように蓋に溝を彫れば、水だけ逃して茶葉をせき止めることができるのでは」と、蓋に様々な大きさの溝をパターンを変えて3Dで設計し、3Dプリンターで試作品を作っては茶葉とお湯を入れてテスト、と、3ヵ月の間来る日も来る日も試作を繰り返したのだとか。
蓋には360度どこからでも注げるようにぐるっと一周スリットを入れ、蓋の素材も固すぎず柔らかすぎずというものを使っているそう。
大きさや形にもこだわりが
蓋の開発と同時に360KYUSUの本体やお湯呑みのデザインも進め、大きさや形にはかなりこだわって作ったとのこと。
「海外でも使う」という前提での開発でもあったため、急須の本体はどんな人でも持ちやすい太さにし、縁には液だれしないカーブを付けることで注ぎやすくしているのが特徴です。
子どもから大人まで、左利きでも右利きでも、お年寄りも、障害のある人も、誰でも使えるように。
片手でもお茶がいれられ、ユニバーサルデザインであることが使いやすさの理由です。
また、日本茶のプロ目線では、茶こし部分が金属製ではないという点が高評価ポイントです。
金属製の茶こしは細かい茶葉もこせるという利点の反面、水分を含んだ茶葉や茶液が金属に長く触れると金属臭が移る可能性があると言われています(特に日本茶は繊細な香りなので)。
見て、飲んで、癒される急須
使っているとわかることがまだまだたくさんあります。
道具は使ってこそ。
360KYUSUは使った人がその良さを実感し、誰かに紹介したり贈り物にといくつも購入する人も多いと聞きました。
私も普段から急須をよく使うのですが、360KYUSUに関しては「見て、飲んで、癒される」茶器であると感じています。
そのポイントをいくつか挙げると・・・
透明な樹脂製で厚みがあること
「見て楽しめる急須を」との考えと、店舗で使うことが条件としてあるため強度のある素材をということで、車で轢いても壊れないほどの強度の透明な樹脂「トライタン」を採用。
そして底にも側面にもしっかり厚みを持たせることにより、複雑な屈折で急須の中の茶葉やお湯呑みのお茶が美しく見えるのもポイントだそう。
お茶をいれた時に「きれいだな」と360KYUSUの中の茶葉を自然と眺めていることに気が付くのですが、きれいに見えるように作ってあると伺い腑に落ちました。
そして、トライタンという素材は熱を通しにくいため持っても熱くなりません。
保温性もあるので、温かいお茶は冷めにくく、冷たいお茶は冷たさをキープできるうえ、外側に結露ができにくいという利点があります。
そのため氷を入れた状態の急須やお湯呑みがクリアに美しく見えます。
私が使ってみて感じたのは「樹脂製なのに安っぽく見えない」点と、「樹脂製なのに安定感と安心感があり愛着がわく」点です。
樹脂製なのに、と言うとちょっと語弊があるかもしれませんが、これまでの樹脂製のものといろいろな意味で一線を画す茶器だと思います。
縁のカーブとお茶の香りがしっかり感じられる口径
実は使っていて一番驚いたのがお湯呑みの縁のカーブ。
写真や見ただけでは伝わりにくいのですが、お湯呑みの内側が外に向かって少しずつ薄くなっていて、飲むときに口に触れる部分が繊細なカーブを描いているのがわかるのです。
鈴木さんによると、これはガラスでは実現できない部分で、今回トライタンという素材を使用したおかげで可能になったのだそう。
実は磁器では既に採用しており、以前にデザインを担当した佐賀県の鍋島焼「虎仙窯(こせんがま)」のKOSENというシリーズの煎茶碗と同じカーブなのだとか。
えっ!これも鈴木さんのデザインだったの?と驚いたのは、数か月前に偶然手に入れたのがまさにその煎茶碗だったから。
確かにどちらも触って比べてみると、磁器の煎茶碗も360KYUSUのお湯呑みも縁が同じようなカーブでできていることがわかります。
さらにお茶を飲むとわかるのですが、どちらも違和感もストレスもなく、飲んでいて口当たりが優しい感じがするのです。
お湯呑みの口径も香りを感じられるようなサイズにしているのだとか。
五感でお茶が楽しめる癒し系お湯呑み。
やっぱりすごいな・・・と改めて思いました。
お茶の味がおいしく感じるのは縁の厚みにヒントあり!
360KYUSUのお湯吞みを初めて使ってみた時に思い出したのが、2023年6月に発表された「グラスの厚みによる味覚の感じ方についての研究結果」です。
中央大学等の研究によると、
とあります。
確かに、ワイングラスなどはかなりシャープな縁でワインそのものすべてを味わうようにできていますが、苦味や雑味も感じやすいため、良くも悪くも味がはっきりしすぎる面も。
この研究結果の通り、お湯呑みの縁に厚みがあるとお茶がよりおいしく感じられるのであれば、お茶をいれる側からすると「気を遣わずに適当にお茶をいれてもおいしく飲める」という可能性もあり、初心者にはうれしいポイントかもしれません。
鈴木さんはこちらの研究はご存じなかったそうですが(この研究の発表前に360KYUSUは完成していた)、開発の中で自然とお茶がおいしく感じられる茶器をデザインされていたとは!恐れ入りました・・・。
お茶が主役になる急須!
360KYUSUでお茶をいれると、誰かと話していたりスマホを触っていたりしても、なんとなく360KYUSUに目が行きます。
今この茶葉でお茶をいれているんだな、茶葉が開いてきたからそろそろ注ごう、二煎目はさらに茶葉が開いてきれいだな、と、気が付くとお茶に視点を合わせている。
お茶を見ながら、お茶を真ん中に会話も弾み、和みます。
一人でお茶をいれていても、五感で癒される感覚がある。
このようなお茶による視覚からの癒しは中が見えない陶磁器の急須や茶器では不可能だったこと。
360KYUSUは「お茶が主役になる急須」なのだなと感じます。
良いデザインには「余白」がある
鈴木さんによると、「ものづくり」において良いデザインのものには使い手にゆだねる「余白」があるのだそう。
使い手が使ううちに様々な発見をして自分の道具になっていく。
鈴木さんが懇意にされている唐津の作家、中里太郎右衛門氏による「作り手8分、使い手2分」という言葉の通り、作り手から使い手にバトンが渡され、使い手が使い込むことで完成される。
そこには作り手側からの「自由に楽しんで使ってほしい」というメッセージが込められている。
道具は使ってこそ。
使いたくなる道具であれば、使ううちに愛着がわき、使いやすさを感じていく。
それが360KYUSUにはあります。
今回の受賞について
改めて、鈴木さんに今回のRed Dot Design Award 2024の受賞について伺ってみました。
と、「100年後にも残るものを作りたい」とものづくりに向き合う姿勢が表れているご感想をいただきました。
鈴木さんのデザインには古くからあるものや工芸へのリスペクトが感じられます。
400年以上前に千利休が編み出した「利休形(りきゅうがた)」も現在に様々な形で受け継がれていますが、余計なものをそぎ落とし素材の良さや魅力を大切にしたシンプルで力強い美しさ、そこに普遍的な核となる部分がある。と、鈴木さん。
道具は道具であり、何かを引き立たせるもの。
茶器であればお茶が主役となる。
普遍的な核となる部分は残し「改良を重ねた先に、これしかないという形がみえてくる」という鈴木さんの言葉が表れている360KYUSU。
歴史を知らない者に現在や未来は語れない、歴史に学ばなければ、と最近よく思うのですが、ものづくりや工芸の世界でもお茶の世界でも、過去の核となる形を引き継ぎつつその時代に応じた形が生まれ、次の世代へと変化しながら受け継がれていくのだと思います。
ものづくり、工芸から「NOTO NEXT」について
鈴木さんは石川県の伝統工芸である輪島塗や能登の復興支援プロジェクト「NOTO NEXT」の発起人・ディレクターとしても活動されています(取材記事はこちら)。
ものづくりや工芸に精通しているプロダクトデザイナーの視点での復興支援の形。
「他人事」を「自分事」へ。復興のはじめの一歩となる、インタラクティブな展覧会として輪島塗や九谷焼の作品展示の他、様々な分野、世代の方々が登壇するトークイベントも行われました。
能登の復興を考え向き合うことで、自分事としてとらえ、地域を問わず未来に向けた学びにも繋がったという感想も多かったそう。
東京丸の内での展示はもう終了していますが、次のイベントも企画中とのこと。
ものづくり、工芸の未来や日本の未来、幸せや豊かさとは何かを考えるきっかけにもなる機会。
復興支援の中でみんなで話し合えたらよりよい形が見えてくるのではないかと思います。
NOTO NEXTを通じて能登について知り、能登の方々とも交流するイベントにできたらとのこと。
新たな企画が決定次第NOTO NEXTのサイト(外部サイト)に情報を上げるのでぜひご参加ください!とおっしゃっていました。
できる人が、できることを、可能な形で、復興に繋げていけたらと。
応援しています!
取材後記:「今、ここ」を感じる
鈴木さんとの雑談の中で印象的だったのが、年に3回ほど高野山の宿坊を訪れるというお話しです。
電波も届きにくい山奥なのでスマホを使うことも良い意味で諦められ、朝夕とお経を唱え、静かに自分と向き合う時間を持つ。
同じ仏教でも高野山の真言宗とは少し違うかもしれませんが、禅で言う「今、ここ」、つまり、過去や未来にとらわれず今自分ができることに集中する、ということが体感できる場なのではないかと思います。
雑念を捨てて集中する時間、瞑想やマインドフルネス、静かな気持ちで自分と向き合う。
私はお茶のお稽古もそのようなものだと感じます。
お稽古までせずとも、日常で少し丁寧にお茶をいれるということもそれに繋がるのではないでしょうか。
豊かさとは?人間らしさとは?
その答えが「今、ここ」、原点に戻ることにあるのではと今回の取材を通じて感じました。
お茶をいれてゆっくりと静かな時間を過ごしてみませんか?
取材協力:プロダクトデザイナー 鈴木啓太さん Product Design Center(外部サイト)