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日本政府「危ないところに取材行くな」こそが危ないー退避勧告に従ってはいけない理由

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
記者会見での菅義偉官房長官。(写真:ロイター/アフロ)

 「取材活動を含め、どのような目的であったとしても、国民の安全のために絶対に渡航を見合わせるようお願いしている」。今月2日、菅義偉官房長官は、退避勧告や渡航中止勧告が出ている国・地域での取材自粛を求める発言をした。結論から言えば、政府がジャーナリストの活動に自粛を求める事自体が誤りだ。また、こうした発言に対し、あまりに反応の薄い日本のメディア関係者にも、はたしてそれで良いのか、ジャーナリズムの原点から考えていただきたい。

◯政府が望まないところこそ、メディアは取材すべき

 先月、3年4ヶ月ぶりにシリアでの拘束から解放され、帰国したジャーナリストの安田純平さんに対して、ワイドショーやネット上では、心無いバッシングが相次いだ。安田さんに対する批判でも最も多く、そして、日本の人々が同調しやすいものが、「政府が行くなと言っている危険なところに、自ら行ってしまったことが悪い」というものだ。外務省は、海外の治安情勢に応じた5段階の情報発信を行っており、最も危険なレベルでは「退避勧告」、次に危険なレベルでは「渡航中止勧告」を発令、現地への渡航中止や、すみやかな帰国を促している*。今回の菅官房長官の発言もこうした外務省の姿勢にそったものだ。ただ、本稿冒頭に書いた通り、今回の菅官房長官は「取材活動を含め」と、事実上、ジャーナリスト達に対し紛争地取材の自粛を求めており、これは見過ごせない問題発言だと、筆者は考える。なぜならば、ジャーナリストが紛争地取材を行うことは、日本の外交・安全保障政策の是非を、主権者である市民が判断する上でも、極めて重要であるからだ。

*あくまで勧告であって、法的拘束力はない。

 ジャーナリストにとっては、「権力が暴走しないかを監視すること」も、その使命の中で最も重要なものの一つである。とりわけ、今後、安保法制によって、退避勧告等が発令されているような危険な地域に、自衛隊が派遣されることも大いにあり得るだろう。その際、現地で何が起きているかを政府が隠蔽するだろうことは、南スーダンやイラクでの自衛隊日報からも明らかだ*。だからこそ、その時の政権にとって都合の悪い事実を現場で確認するジャーナリストは、排除しておきたいのだろう。その口実としても、「危ないから行くな」というロジックは便利なものである。

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【陸自日報】報道で語られない真の問題―イラク現地取材から読み解く

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20180606-00086090/

◯自己責任論は日本政府発

 そもそも、「政府が行くなと言っている危険なところに、自ら行ってしまったことが悪い」という、いわゆる自己責任論は、2004年4月のイラク邦人人質事件に際し、自衛隊のイラク撤退を迫られた当時の小泉政権から発せられたものである。当時、環境大臣であった小池百合子氏、自民党幹事長であった安倍晋三氏、そして小泉純一郎氏自身も、人質となった邦人を批判した。だが、事件以前から、筆者含めイラク現地で取材していたジャーナリスト達は、イラク戦争支持や自衛隊イラク派遣が、現地の人々から強い反発を受けており、日本人のセキュリティーにも悪影響をおよぼしていることは指摘していた。

自衛隊が派遣されていたイラク南部サマワにて。自衛隊の壁新聞が破られていた。周囲の人々は日本に対する反発だという。2004年筆者撮影
自衛隊が派遣されていたイラク南部サマワにて。自衛隊の壁新聞が破られていた。周囲の人々は日本に対する反発だという。2004年筆者撮影

 そうした小泉政権の政策の危うさから目をそらさせ、人質への批判にすり替えるという効果が、自己責任論にはあったのだ。だが、IS(いわゆる「イスラム国」)の中心人物らが、旧イラク政権の軍人達であることから考えても、イラク戦争支持や自衛隊イラク派遣による邦人に対するリスクは現在も続いていると言えよう。

◯報道の自由、自ら捨てる日本のメディア関係者ら

 ジャーナリストは、憲法で保障された「知る権利」のために働く者であり、国民主権の民主主義制度の根幹を担う者だ。だからこそ、危険な地域であっても、十分な対策を立てつつ、臆せず現地へと向かう使命がある。だが、その使命を、日本の政府関係者らは軽んじ、「危ないところには行くな」という言動を繰り返してきた。そして、日本のメディア側もこうした言動に十分な抵抗をしてこなかった。先の官房長官会見でも菅官房長官に言わせぱなしで、誰一人その発言を追及する記者はいなかった。

 日本のメディアの問題は、あまりに政府に対して「行儀が良すぎる」だけではない。ジャーナリズム業界全体を考えた言動ではなく、同業他社を叩くことに腐心するかのような言動も目立つ。最たる例は、2015年1月、ISから解放されたシリア北部コバニへの朝日新聞記者の現地取材を、読売新聞(2015.01.31東京夕刊、2015.02.01 東京朝刊)や産経新聞(2015.02.01 大阪朝刊)は、外務省関係者のコメントを使い批判的に報じたことだ*。今回の安田さんへのバッシングも、ワイドショーがタレントにコメントさせるかたちで煽り立てた。こうした同業叩きやバッシングのような報道の自由を自ら捨てる日本のメディア関係者の行動は、メディアとしての自殺以外に他ならない。

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読売新聞による朝日記者のシリア取材批判はメディアの自殺ー新聞が「報道の自由」を自ら捨てる愚行

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20150131-00042710/

 他方、先日、トランプ大統領が米大手テレビネットワークCNNの記者の質問に激昂し、彼のホワイトハウスへの入館証を取り上げたことについての米国メディアの対応はどうか。米紙ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズなど主要米メディアは共同声明を発表、入館証剥奪の処分撤回を求めて提訴したCNNを支持する考えを示した。

 保守的で、共和党政権寄りの主張で知られるFOXニュースですら、CNNの擁護にまわった。日本のメディア関係者も米メディアの姿勢に見習うべきだろう。

◯政府の「危ないところに行くな」に従うな

 メディアが報道の自由を奪われることは、民主主義制度そのものを揺るがしかねないものであり、場合によっては、この国の平和を危うくするものでもある。なぜ、日本政府が退避勧告というかたちで「危ないところには、ジャーナリストであっても行くな」と言い続けているか、安易に政府の主張を受け入れてしまっている、日本のメディアの関係者こそ、真剣に自らの使命と責任を考えてもらいたい。

(了) 

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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