日本の極超音速兵器迎撃ミサイル「HGV対処用誘導弾」はSM-3ブロック2Aの数倍の大きさ
極超音速滑空ミサイル(HGV)や極超音速巡航ミサイル(HCM)のような極超音速兵器を迎撃するミサイルの開発計画が各国で進行中です。現在アメリカは「GPI」「グライド・ブレーカー」、欧州は「TWISTER」「EU HYDEF」、日本は「HGV対処用誘導弾」などの計画を進めています。
米国:「GPI」と「グライド・ブレーカー」
アメリカのGPI計画はイージス艦に搭載運用する構想で、Mk41VLS(垂直発射機)に収納可能な大きさで設計されます。まだ正式発表はありませんが日本も開発に参加する動きがあり、何度もアメリカで報道されています。GPI計画以前はアメリカの軍需企業各社から「Dart」、「Valkyrie」、「SM-3 Hawk」、「HIVINT」といった迎撃ミサイル案が出されていましたが、現在は2案の競争試作に絞り込まれました。
- レイセオン案・・・SM-3の推進部分を流用+新開発の迎撃弾頭
- ノースロップ・グラマン案・・・詳細不明
なおミサイル防衛局(MDA)が主導するGPI計画とは別に、国防高等研究計画局(DARPA)が主導して研究しているグライド・ブレーカー(Glide Breaker)計画も進行中です。後者は将来を見据えた高い技術の研究開発で、直ちに装備化を目指すものではありません。
関連記事:極超音速兵器対応手段GPI(2022年1月14日)
欧州:「TWISTER」と「EU HYDEF」
欧州のTWISTERはEUの常設協力枠組み(PESCO)の計画でフランスが調整してMBDA社(英仏独伊の多国籍企業)が開発を担当します。またこれとは別にEUの欧州防衛基金(EDF)の事業で欧州極超音速兵器迎撃機計画(EU HYDEF)が立ち上がっており、セネル・アエロスパシアル社(スペイン)とディール・ディフェンス社(ドイツ)の合同で開発される予定です。
- TWISTER:Timely Warning and Interception with Space-based TheatER surveillance:宇宙からの戦域監視による適切な警戒と迎撃
- EU HYDEF:European Hypersonic Defence Interceptor:欧州極超音速防衛迎撃機
TWISTER計画についてはスクラムジェット推進の迎撃ミサイルと推定できるイメージ絵が公開されていますが、EU HYDEFについては詳細不明です。両計画は連係が図られるとされていますが、迎撃ミサイル開発の一本化という話ではないようです。おそらく探知警戒システムの共通化ではないかと思われます。
関連記事:極超音速兵器の探知迎撃手段(2021年1月11日)
追記:ディール・ディフェンス社が「IRIS-T HYDEF」という迎撃ミサイルのコンセプトを発表しており、「EU HYDEF」計画と関連性がある可能性が高い。「IRIS-T HYDEF」の迎撃体は推力ベクトル制御とサイドスラスターの組み合わせ。
日本:「HGV対処用誘導弾」
日本はおそらくアメリカのGPI計画に参加してイージス艦搭載用の極超音速迎撃ミサイルをこれにします。そして別途に日本独自で開発する「HGV対処用誘導弾」は艦船搭載可能なサイズに抑える必要がないので、地上発射型の巨大な迎撃ミサイルになることが示唆されています。
※極超音速滑空ミサイル(HGV、Hypersonic Glide Vehicle)
防衛省の令和5年度概算要求(2022年8月31日公開)で初登場した「HGV対処の研究」は、令和4年度事前の事業評価(2022年12月26日公開)で「HGV対処用誘導弾システムの研究」として公表されています。計画では2031年(令和13年)に開発完了予定です。
「HGV対処用誘導弾システムの研究」の説明文からは「HGV脅威から我が国全土を防護する」「我が国の地理的条件から広域防空が必要となる」「AD-SAMとして将来のミサイル防空システムの実現を目指す」とあります。日本全土を守る広域防空システムです。
なおAD-SAMとは「Area Defense Surface to Air Missile、広域防空地対空ミサイル」の略で、この迎撃ミサイルの固有名称ではなく一般的な名称になります。(なおSurfaceは表面という意味で、陸上発射/海上発射。ここでは陸上発射のみ)
そして防衛省傘下の防衛装備庁が「技術シンポジウム2022」を2023年3月14日に開催して7時間41分に及ぶ政策セッションと研究開発セッションの動画を公開しました。その中の「新たな脅威HGVに対処するための研究開発」というテーマでHGV対処用誘導弾の新しい説明と映像が公開されています。
新たな脅威HGVに対処するための研究開発:2時間55分~3時間15分
HGV対処用誘導弾について防衛装備庁の研究員による説明は「SM-3ブロック2Aのロケットモーターの数倍の固体燃料を搭載」という驚くべき内容です。弾道ミサイル防衛用のSM-3ブロック2A迎撃ミサイルは艦艇用のMk41VLS(垂直発射機)に搭載できる限界のサイズで、詳細な数値は公表されていませんが発射重量は約2トンはあるはずです。その数倍ならば小さめの中距離弾道ミサイル並みのサイズに達します。
SM-3は推進ロケット部分が3段式で、日本の製造担当部分は第2段ロケットと第3段ロケットなので、防衛装備庁の研究員による説明はこの部分のみを指している可能性がありますが、それでも数倍となるとHGV対処用誘導弾は迎撃ミサイルとしては非常に巨大なものになります。
HGV対処用誘導弾(2023年3月14日公開)
防衛装備庁技術シンポジウム2022(2023年3月14日)で登場した「HGV対処用誘導弾」のイメージ絵と、令和5年度概算要求(2022年8月31日公開)で初登場した「HGV対処の研究」でのイメージ絵を比べると、基本構成は同じですが推進ロケット部分が遥かに大型化しています。また迎撃弾頭の操舵翼もかなり大型化しています。
「HGV対処用誘導弾(AD-SAM)」と「HGV対処の研究」の比較
HGV対処用誘導弾の構成はアメリカ軍の弾道ミサイル防衛システム「THAAD」と同じく推進ロケット1段(ブースター)+分離式迎撃弾頭で、迎撃弾頭にはTHAADには無い操舵翼が追加されています。そしてTHAADよりも遥かに巨大な迎撃ミサイルとなります。
迎撃弾頭は操舵翼が追加されている以外はTHAADの迎撃弾頭(キルビークルと呼ばれる炸薬無しの体当り弾頭)の機能と同じです。迎撃弾頭の大きさは不明ですが、おそらくTHAADのものと大差はないでしょう。巨大化するのはブースターの部分です。
HGV対処用誘導弾の迎撃弾頭
迎撃弾頭の終末誘導は赤外線センサーで行いますが、極超音速領域なので空力加熱は凄まじく短時間しか機能できません。そのため赤外線センサーのドームカバーを目標に接敵する直前に投棄する運用です。
なおTHAADのキルビークルは迎撃可能高度の下限が40kmですが、極超音速兵器を迎撃するなら高度25~80kmの範囲への対応が望ましいので、THAADよりも低い高度で迎撃可能である必要があります。その時に低い高度での空気の密度が濃いことへの問題として空力加熱があり、空気の密度が薄い高空と比べて赤外線センサーの稼働可能な時間が短くなります。
HGV対処用誘導弾の迎撃弾頭は以下の3つの点が新しい技術として重要になります。最も技術的に困難だと思われるのは赤外線センサーになるでしょう。
- 動き回るHGVに対して操舵翼で大きな機動性を確保
- 空気が薄く操舵翼だけで細かい機動は無理なのでサイドスラスターと複合制御
- THAADより迎撃高度が低く空力加熱が高い環境で作動できる赤外線センサー
HGV対処用誘導弾(イメージ映像は4連装)
イメージ映像のHGV対処用誘導弾の発射機はトレーラーに搭載された4連装発射機です。これに対してTHAADの量産型は8連装発射機ですから、本当に根本的に大きさが異なるようです。しかしこれはあくまでイメージ映像です。HGV対処用誘導弾の大きさによっては1発射機に2連装での搭載が限界ということも有り得るでしょう。
というのも、アメリカ軍が計画しているMk41VLS(垂直発射機)のトレーラー車載式の車両移動型は4連装なのです。つまりMk41VLSに収納できる限界サイズに近い2トン級のSM-3ブロック2A迎撃ミサイルの搭載で4連装です。
参考:グアム配備イージスアショア用レーダーAN/TPY-6はSPY-7の車載移動型(2023年3月16日)
そしてロシア軍の新型のS-500防空システムも巨大な迎撃ミサイルを搭載するのですが、こちらは野外機動用大型トラックに2連装です。S-500の使用ミサイル「77N6」は、S-300V用の巨大な迎撃ミサイル「9M82」よりもさらに大きいと推定されています。なお9M82の発射重量は約6トンで、SM-3ブロック2Aの3倍近い重量になります。
参考:ロシア軍の新型防空システムS-500の新型ミサイル試射が初公開(2021年7月20日)
おそらく一般的なトレーラー車載で垂直発射式の4連装を行うならばミサイルの重量は2~3トンが限界で、6トン級では2連装にせざるをえないのではないでしょうか。運用が可能な現実的な大きさの発射車両に収める場合、ロシア軍ですら6トン級ミサイルの4本積みはしていないのです。
なお迎撃ミサイルではありませんがアメリカ軍の新型中距離ミサイル「LRHW」は推定ミサイル重量7.4トン(キャニスター込み9.3トン)でトレーラーに2連装の搭載となっています。
参考:米軍の中距離ミサイルが”地上発射”であるべき理由は再装填・再発射の容易性(2021年3月22日)
ただし6~7トン級のミサイルがキャニスター込みで8~9トンとしても4発搭載で32~36トンなので、例えばロシア軍の車載移動式ICBM「トーポリM」がミサイル重量45トン(キャニスター重量は不明)であることを考えると、運用上許容できるなら巨大な移動発射システムへの搭載は可能です。
しかし日本国内の道路事情を考えると、あまりにも巨大な移動発射システムは運用が困難になってしまうので、大き過ぎる車両の採用は難しいでしょう。