米軍の中距離ミサイルが”地上発射”であるべき理由は再装填・再発射の容易性
アメリカ軍が開発中の中距離ミサイルとなる「LRHW(長距離極超音速兵器)」は2023年に実弾が完成し試射を行い、2024年から量産開始予定ですが、訓練用の機材が既に登場しました。実弾と同じ重量の内容物を搭載した訓練用のキャニスターが2021年3月10日に陸軍に到着し、3月17日に写真が公開されています。
LRHWは2021年度後半までに発射車両や管制車両などの地上関連機材が全て揃う予定で、2022年度~2023年度にホットランチ実験および発射飛行実験、2023年度末に1番目の部隊が実戦配備となっています。
LRHWに搭載予定の弾頭であるC-HGB(陸海軍共通極超音速滑空体)は既に別の標的ミサイル(退役したポラリス弾道ミサイルの再利用品STARS)に載せて発射・飛行実験を済ませています。C-HGBの開発はサンディア国立研究所が担当し、これまで研究してきたAHW(先進極超音速兵器)やSWERVE(サンディア有翼再突入機)の流れを組むもので、原型は40年近く前から研究を続けてきた技術になります。
つまりアメリカ軍は水面下で極超音速兵器をほぼ開発し終えていたので、中距離ミサイルである極超音速兵器を配備すると決断して僅か数年以内に実戦配備に到れます。既に滑空弾頭という重要な技術を開発済みなので、目的に合わせた射程のロケットを用意して組み合わせればよく、開発に失敗する心配がありません。
そのためLRHWは既に大きさや重量が決定済みで開発の進捗によって変更ということが無いので、訓練用の機材を先に作っておいても問題がありません。
キャニスター側面にはこう書かれています。
および、
つまりLRHWのミサイル重量は20500-4200=16300ポンド(約7400kg)となります。これは冷戦時代のアメリカ陸軍の中距離ミサイル「パーシングⅡ」の7500kgとほぼ同じ数字です。ただしパーシングⅡと異なりLRHWは1台の移動発射機に2発搭載する方式です。
実弾がまだ試射前で量産にも入っていないうちに訓練用キャニスターが用意されているのは訓練の前倒しが目的になりますが、このミサイルで重要なのは発射そのものよりも予備弾の輸送であるという面も大きいでしょう。
地上発射の優位点は再装填・再発射の容易性
アメリカはロシアの条約違反を理由にINF条約(中距離核戦力全廃条約。射程500~5500kmの地上発射式の中距離ミサイル保有を禁止)を破棄して、自らも地上発射中距離ミサイルの配備を宣言しました。
しかしアメリカの真意はロシアへの対抗ではなくINF条約外に居た中国への対抗が目的であり、しかも核弾頭ではなく通常弾頭での運用を前提とする中距離ミサイルでの非核戦争での使用を想定しています。
また敵国ソ連とアメリカの同盟国が地続きで陸上戦が主体だった欧州方面と異なり、対中国の西太平洋方面では海を隔てているので海空戦が主体になるにも拘らず、艦船発射式ではなく地上発射式の中距離ミサイルを強く必要としたのには技術的な理由がありました。
地上発射式の投射弾量の多さと攻撃の高い持続性
地上発射式は予備弾の再装填・再発射が容易であるというのが最大の優位点です。艦船発射式は港に戻らなければミサイルの再装填はできませんし、空中発射式も飛行場に戻らなければミサイルの再装填はできません。これに対し地上発射式は予備弾を発射機が移動した先にも配達が可能で、その場で再装填もできます。発射機は居場所を晦ませるために移動を繰り返しながらも、予備弾の補充を受け続けて撃ち続けることができるのです。
敵航空基地の運用の妨害
中距離ミサイルは地上移動目標を狙うことはできません。必然的に狙うのは固定目標になります。そして通常兵器を使用する戦争において最重要となる固定目標は「航空基地」となります。しかし滑走路に穴を開けたところで数時間以内に復旧されてしまいますし、航空機を空中退避されてしまえば一網打尽というわけにはいきません。それでも飛行場が攻撃を受ければ航空機の運用は妨害されてしまい、その間は戦線での航空優勢を維持する活動に支障が出てしまいます。中距離ミサイルで敵航空基地を攻撃する目的はこの妨害行為にあります。
高速配達の重要性
この敵航空基地への妨害行為を行うにあたって重要となるのはミサイルの移動速度です。射程は長いが速度が遅いトマホーク巡航ミサイルなどだと、たとえば2500km飛ぶのに3時間も掛かってしまいます。これでは味方が望む時に臨機応変に敵航空基地の運用を妨害することができませんし、遅い巡航ミサイルが飛行途中に発見されてしまえば敵に退避の猶予を与えてしまいます。いくら巡航ミサイルが見つかり難いように低空を飛行するといっても、敵が空中からしっかり警戒監視していれば発見されるのは避けられません。
中距離である必要性
敵に猶予を与えず攻撃するには高速で飛べる弾道ミサイルか極超音速兵器が適しています。またいくら自身が高速でもあまりにも射程が長過ぎると到着するまで遅くなってしまうので、ある程度は接近していないといけません。しかし接近し過ぎていると敵航空機の空爆圏内に入ってしまい、味方ミサイル発射機は頻繁に逃げ回る必要が生じてミサイル発射が妨害されてしまいます。ゆえに短距離でも長距離でも駄目で中距離である必要があるのです。
※LRHWは射程1400マイル(約2250km)予定の中距離ミサイル。LRHWの名称に含まれる「Long-Range Hypersonic Weapon、長距離極超音速兵器」の「長距離」とは範囲の広い概念の言葉で、厳密な射程の区分での長距離を意味しません。厳密にはLRHWの射程は準中距離級の地対地ミサイルになります。
※2021年5月14日追記。5月12日のBreakingDefenseの報道によるとアメリカ陸軍の報道官が「LRHWの射程は1725マイル(2775km)以上」と説明。従来知られていた数字よりも大きい上に「以上」とあり、さらにもっと長い射程の可能性。
妨害で生じた隙に味方の戦力を移動する
上記で説明してきた「LRHWで敵航空基地を妨害攻撃する」という目的を裏付ける証言が、アメリカ軍インド太平洋軍(USINDOPACOM)が3月1日に議会に提出した要望書に記載されています。
地上部隊の長距離兵器とはLRHW(長距離極超音速兵器)のことを指します。LRHWによって一時的・局所的な航空優勢・海上優勢を確保することを可能にし、この小さな「窓」を通って味方の戦力移動を可能にすると説明されています。LRHWで敵航空基地を攻撃するとは一言も書かれていませんが、それ以外の攻撃目標でこの状況を作り出すことは不可能です。なおLRHWだけで航空優勢・海上優勢を確保することを意味しません。
「LRHWで敵航空基地を攻撃して敵航空戦力の活動が一時的に低下した頃合いに、味方航空戦力を局所的に投入して航空優勢・海上優勢を確保し、この隙に味方の戦力を移動させる。」
アメリカ軍がはっきりと明言しない意図は分かりませんが、ほぼこのように説明したも同然です。攻撃目標を隠したいのか、あるいは詳細に説明するまでもない自明なことだと思っているのかもしれません。
アメリカ軍が対中国で西太平洋に置こうとする地上発射型の中距離ミサイルの役割は中国大陸に存在する航空基地への妨害攻撃であり、その目的は妨害で作り出した隙に行う味方戦力の機動展開です。中距離ミサイルで敵の戦力中枢を叩き潰すわけではなく、あくまで妨害という補佐的な役割です。しかしその補佐的な役割が、米中間で想定される通常兵器による局地戦争の趨勢を握ることになるのでしょう。
アメリカ軍は凄まじい数の予備弾を用意して中距離ミサイルを撃ち込み続ける気です。それは再装填・再発射の容易な地上発射式だからこそ可能になります。