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アイコスなどの「加熱式タバコ」にも「新型コロナ」のリスクが

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 最新の研究によると、アイコスなどの加熱式タバコは紙巻きタバコと同程度の呼吸器炎症を引き起こす危険性があるという。このメカニズムは、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)で喫煙者が重症化したり死亡したりすることに関係しているかもしれない。つまり、加熱式タバコの喫煙者も新型コロナのリスクが高いということだ(この記事は2021/04/30時点の情報にもとづいて書いています)。

加熱式タバコにも入っているニコチン

 新型コロナの感染者では、高齢者、慢性腎臓病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、糖尿病などの基礎疾患を持つ人と同様、喫煙者は症状が重くなったり(中等症、Severe)重症化する(Critical)リスクが高い(※1)。これは疫学研究のエビデンスとしても、また臨床的な事実としても明らかになっている。

 新型コロナのウイルスは、鼻や口、目の粘膜などから我々の細胞へ侵入し、呼吸器感染症として重い肺炎などを引き起こす。一方、タバコを吸うと肺の炎症が促進され、細胞へのウイルスなどの外敵の侵入を容易にし、気道のバリア機能を減衰させる。

 加熱式タバコを含むタバコ製品には、多種多様の有害物質が含まれ、使用される葉タバコにはニコチンが含まれている。ニコチンは、依存性と毒性のある植物性アルカロイドだ。

 ニコチンが体内に入ると、脳や自律神経、骨格筋、細胞などの受容体(ニコチン性アセチルコリン受容体、nAChR)に作用し、ドーパミンやアドレナリンなどの神経伝達物質が放出される。

 その結果、心拍数は1.5倍から2倍まで上がり、血管(静脈)の収縮が起きることで血圧も上昇し、心臓に負荷をかける。また、皮膚や抹消の血管が収縮することで体表や指先などの体温が下がる(※2)。つまり、加熱式タバコを含むタバコ製品を吸うと、ニコチンにより心血管のシステムへ悪影響が出る。

 ニコチンは心臓の血管にも影響を及ぼすが、冠状動脈の血流が増加することで心血管疾患を持つ喫煙者に狭心症や心不全、心筋梗塞などを引き起こすリスクが高まる。この他にもニコチンは高コレステロール血症やアテローム性動脈硬化症、高血圧などの病気との関係が疑われ、インスリンの抵抗性を高めるために糖尿病にかかるリスクを高めるとも考えられている(※3)。

 タバコには多くの有害物質が含まれているが、そもそもニコチン自体、がん細胞の増殖や転移などを誘発する物質だ(※4)。体内の受容体に結合したニコチンは、遺伝子を傷つけて腫瘍の活動を活発化させ、その結果、がん細胞が増殖したり転移したりする。

 こうした研究は主に紙巻きタバコで行われてきた。しかし、日本では加熱式タバコの喫煙者が増え、欧米では若年層を中心に電子タバコの喫煙者が急増している。

 日本で発売されている加熱式タバコは、現在(2021年4月28日)、アイコス、プルーム・テック、グロー、パルズの4シリーズでその中に多様な形式で吸うタイプが混在する。

 加熱式タバコの健康被害に関する研究はまだ少ないが、加熱式タバコにも、紙巻きタバコとほぼ同じ量かやや少ない量のニコチンが含まれている(※5)。

 そして、加熱式タバコにも紙巻きタバコと同様、健康への危険性がある(※6)。このことはタバコ会社が自分で述べ、タバコのパッケージにも書いているのだ。

酸化ストレスと免疫系への悪影響

 加熱式タバコは、有害物質が紙巻きタバコより少ないというキャッチフレーズで売り出されているが、実際の細胞や生体へどのような影響があるのかが重要だ。

 タバコの煙には酸化ストレスを増加する作用があるが、中国の研究機関による研究(※7)によれば、加熱式タバコ(IQOS)のヒートスティックにもDNA、タンパク質、脂質などを酸化させ、細胞の機能不全や酸化ダメージを引き起こす活性酸素(ROS、Reactive Oxygen Species)が含まれていることがわかった。そして、活性酸素、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドなどの量は、タール1ミリグラムの紙巻きタバコより加熱式タバコのほうが多かったという。

 同じような加熱式タバコの酸化ストレスを調べた研究はフランスでも行われている。フランスのリール大学の研究グループが、紙巻きタバコ、電子タバコ(NHOSS、ModBox)、加熱式タバコ(IQOS)の細胞毒性を比較したところ、電子タバコ<加熱式タバコ<紙巻きタバコの順で有害なカルボニル基や多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons、PAHs)が検出されたという(※8)。同研究グループは、これらのタバコ製品には酸化ストレスや炎症反応を引き起こす危険性があるとしている。

 イタリア、ローマ・ラ・サピエンツァ大学の研究グループが、加熱式タバコの喫煙者20人、紙巻きタバコの喫煙者20人、非喫煙者20人を比較し、酸化ストレスや血管などの内皮機能、血小板の活性について調べてみたところ、加熱式タバコの喫煙者は非喫煙者と比べ、酸化ストレスの増加、内皮機能の低下、血小板の活性化(出血時にみられる血液凝固作用)といった結果があらわれたという(※9)。この研究グループは、加熱式タバコの健康への悪影響を調べるため、より広汎なランダム化比較試験が必要としている。

 また、日本にも加熱式タバコと酸化ストレスの関係を調べた研究がある。東海大学の研究グループが、ラットを使ってアイコス(IQOS)3と紙巻きタバコ(マールボロレッド)の煙にさらしたところ、アイコスでも肺胞上皮細胞(AEC)に酸化ストレスの反応が出ていることがわかったという(※10)。肺胞上皮細胞は、タバコ関連の呼吸器疾患の標的細胞だ。

 加熱式タバコについては最近、酸化ストレス以外の研究も出てきている。

 ブラジルのサンパウロ大学などの研究グループは、加熱式タバコとリンパ球の一種であるT細胞の機能の関係について白血病由来の細胞(Jurkat細胞)で調べた(※11)。すると、加熱式タバコにはニコチンによる有害な作用がみられ、T細胞など免疫系で重要な役割を果たすタンパク質(IL-2)の分泌を阻害し、免疫細胞の増殖を妨げることがわかったという。

 米国の研究グループがマウスを使って加熱式タバコのアイコス(IQOS)を吸わせたところ、マウスの肺に紙巻きタバコと同じ程度の炎症誘発や発生に関係するタンパク質(サイトカイン、ケモカイン)がみられ、肺にも損傷がみられたという(※12)。

 また、韓国の研究グループが、加熱式タバコのフィルター部分が熱せられることで出る有害物質を調べてみたところ、異なった銘柄3種類のフィルターからホルムアルデヒド、強い毒性を持つアクロレインやアセトンといった物質が出ることがわかったという(※13)。加熱式タバコの中には、フィルター部分が加熱されてしまう危険性のある製品もある。

 以上をまとめると、新型コロナの感染や重症化、死亡のリスクに喫煙が強く関係しているが、加熱式タバコでも酸化ストレスや免疫系へのダメージが生じる危険性がある。また、加熱式タバコは呼吸器にも悪影響を及ぼすため、加熱式タバコの喫煙者も新型コロナには注意しなければならない、ということになる。

 複数の論文を比較した研究によれば、喫煙による新型コロナ重症化のリスクは特に若い世代で大きい(※14)。日本では若い女性で加熱式タバコの喫煙者が増えているようだが、新型コロナへの感染予防のためにも加熱式タバコを含むタバコは、すぐにでもやめたほうがいいだろう。

※1-1:Rohin K. Reddy, et al., "The effect of smoking on COVID-19 severity: A systematic review and meta-analysis" JOURNAL OF MEDICAL VIROLOGY, doi.org/10.1002/jmv.26389, 4, August, 2020

※1-2:Askin Gulsen, et al., "The Effect of Smoking on COVID−19Symptom Severity: Systematic Review and Meta-Analysis" Pulmonary Medicine, doi.org/10.1155/2020/7590207, 9, September, 2020

※1-3:Claudia Pavao Matos, et al., "Tobacco and COVID-19: A position from Sociedade Portuguesa de Pneumologia" Pulmonology, doi: 10.1016/j.pulmoe.2020.11.002, 17, November, 2020

※1-4:Arunima Pukayashtha, et al., "Direct Exposure to SARS-CoV-2 and Cigarette Smoke Increases Infection Severity and Alters the Stem Cell-Derived Airway Repair Response" Cell Stem Cell, doi.org/10.1016/j.stem.2020.11.010, 17, November, 2020

※1-5:Mattia Bellan, et al., "Fatality rate and predictors of mortality in an Italian cohort of hospitalized COVID-19 patients" scientific reports, doi.org/10.1038/s41598-020-77698-4, 26, November, 2020

※1-6:J. Li, et al., "Tobacco smoking confers risk for severe COVID-19 unexplainable by pulmonary imaging" Journal of Internal Medicine, doi.org/10.1111/joim.13190, 3, December, 2020

※1-7:Jonathan M. Samet, "Tobacco Products and the Risks of SARS-CoV-2 Infection and COVID-19" NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.22, Issue1, doi.org/10.1093/ntr/ntaa187, 15, December, 2020

※1-8:Pavel Hamet, et al., "SARS–CoV-2 Receptor ACE2 Gene Is Associated with Hypertension and Severity of COVID 19: Interaction with Sex, Obesity, and Smoking" American Journal of Hypertension, Vol.34, Issue4, 367-376, 2, January, 2021

※1-9:Nicholas S. Hopkinson, et al., "Current smoking and COVID-19 risk: results from a population symptom app in over 2.4 million people" Thorax, doi.org/10.1136/thoraxjnl-2020-216422, 5, January, 2021

※1-10:Shaimaa H. Fouad, et al., "ICU admission of COVID-19 patients: Indentification of risk factors" Egyptian Journal of Anaesthesia, Vol.37, Issue1, 24, April, 2021

※2:I P. Stolerman, et al., "Nicotine Psychopharmacology: Addiction, Cognition and Neuroadaptation" Medicinal Research Reviews, Vol.15, No.1, 47-72, 1995

※3:National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion (US) Office on Smoking and Health, "The Health Consequences of Smoking—50 Years of Progress: A Report of the Surgeon General" Atlanta (GA), Centers for Disease Control and Prevention (US), 2014

※4-1:Piyali Dasgupta, et al., "Nicotine induces cell proliferation, invasion and epithelial-mesenchymal transition in a variety of human cancer cell lines" International Journal of Cancer, Vol.124, Issue1, 36-45, 2009

※4-2:Courtney Schaal, Srikumar P. Chellappan, "Nicotine-Mediated Cell Proliferation and Tumor Progression in Smoking-Related Cancers" Molecular Cancer Research, Vol.12, Issue1, 2014

※4-3:Pin-Cyuan Chen, et al., "Activation of fibroblastes by nicotine prootes the epithelial-mesenchymal transition and motility of breast cancer cells" Journal of Cellular Physiology, Vol.233, Issue6, 4972-4980, 2018

※5-1:Nadja Mallock, et al., "Levels of selected analytes in the emissions of “heat not burn” tobacco products that are relevant to assess human health risks" Archives of Toxicology, Vol.92, 2145-2149, 2018

※5-2:Meteusz Jankowski, et al., "New ideas, Old problems? Heated tobacco products - A systematic review" international Journal of Occupational Medicine and Environmental Health, Vol.32(5), 595-634, 2019

※6:Erikas Simonavicius, et al., "Heat-not-burn tobacco products: a systematic literature review." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054419, 2018

※7:Wang Liyun, et al., "Harmful chemicals of heat not burn product and its induced oxidative stress of macrophages at air-liquid interface: Comparison with ultra-light cigarette" Toxicology Letters, Vol.331, 200-207, 2020

※8:Romain Dusautoir, et al., "Comparison of the chemical composition of aerosols from heated tobacco products, electronic cigarettes and tobacco cigarettes and their toxic impacts on the human bronchial epithelial BEAS-2B cells" Journal of Hazardous Materials, Vol.401, 5, January, 2021

※9:Lorenzo Loffredo, et al., "Impact of chronic use of heat-not-burn cigarettes on oxidative stress, endothelial dysfunction and platelet activation: the SUR-VAPES Chronic Study" Thorax, doi.org/10.1136/thoraxjnl-2020-215900, 12. April, 2021

※10:Yoko Ito, et al., "Heat-Not-Burn cigarette induces oxidative stress response in primary rat alveolar epithelial cells" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0242789, 25, November, 2020

※11:Pablo Scharf, et al., "Immunotoxic mechanisms of cigarette smoke and heat-not-burn tobacco vapor on Jurkat T cell functions" Environmental Pollution, Vol.268, 1, January, 2021

※12:Tariq A. Bhat, et al., "Acute Effects of Heated Tobacco Product (IQOS) Aerosol Inhalation on Lung Tissue Damage and Inflammatory Changes in the Lungs" NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, doi.org/10.1093/ntr/ntaa267, 21, December, 2020

※13:Yong-Hyun Kim, et al., "Carbonyl Compounds Containing Formaldehyde Products from the Heated Mouthpiece of Tobacco Sticks for Heated Tobacco Products" molecules, Vol.25(23), 2020

※14-1:Antonios Karanasos, et al., "Impact of Smoking Status on Disease Severity and Mortality of Hospitalized Patients With COVID-19 Infection: A Systematic Review and Meta-analysis" NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.22(9), 1657-1659, 20, June, 2020

※14-2:Roengudee Patanavanich, Stanton A. Glantz, "Smoking is associated with worse outcomes of COVID-19 particularly among younger adults: A systematic review and meta-analysis" medRxiv, doi.org/10.1101/2020.09.22.20199802, 23, September, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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