‘恋人’アメリカを繋ぎ止めようとするイスラエル――パレスチナでの暴走
- アメリカ政府は基本的にイスラエルに甘いが、その行動によって足を引っ張られることもある。
- そのため、アメリカはしばしばイスラエルにブレーキをかけようとしてきた。
- しかし、それはかえってイスラエルに「見放される」不安を呼び、アメリカに手を離させないためにあえて暴走することが一つの外交手段として定着している。
パレスチナで暴走するイスラエルは、危機的な状況をあえて作り出してアメリカを動かそうとする傾向があり、この点でアメリカの同盟国でありながらも北朝鮮と大差ない行動パターンが目立つ。
静かなるアメリカ
パレスチナでの衝突は5月15日までに145人以上の犠牲者を出しており、近年で最悪のレベルに近づいている。イスラエル軍は空爆の他、ガザ地区に地上部隊まで派遣している。
衝突の発端はイスラエルの裁判所が4月、東エルサレム周辺に入植したユダヤ人の権利を認め、居住していたパレスチナ人たちに退去を命じる判決を下したことだった。東エルサレム周辺は国連決議でパレスチナ人のものと定められているが、イスラエルによって実効支配されている。
イスラエルによる力ずくの支配を既成事実として追認する不公正な判決はパレスチナ人の不満に火をつけ、双方の衝突が激化した。さらにパレスチナ人のイスラーム過激派ハマースがイスラエルに2000発以上のロケット攻撃を行なうなど、エスカレートしてきたのである。
こうした事態に世界各国から批判や懸念が出るなか、イスラエルの同盟国アメリカだけは静かだ。
バイデン大統領は12日、「衝突が遅かれ早かれ終息すると予測しており、それを期待する」と述べた一方、「数千のロケットが領域に飛んでくるならイスラエルには自衛の権利がある」とイスラエルの行動を容認した。アメリカの及び腰が災いして、国連安保理では一致した見解さえ出せていない。
大目にみられてきたイスラエル
基本的にアメリカはイスラエルに相当甘い。
イスラエルは1948年に独立したが、独立そのものがアメリカの肩入れによるものだった。当時すでにユダヤ人とパレスチナ人の土地争いは激化していたため、土地を分割してそれぞれに国家建設を認めることが国連で決議されたが、この際に人口が圧倒的に少ないユダヤ人に土地の56%を割り当てるという不公平な案が通ったのは、アメリカが強硬に推したからだった。
これは当時のトルーマン大統領が1948年の大統領選挙で、アメリカ国内で大きな影響力をもつユダヤ人にアピールしたかったからともいわれる。いわばアメリカはイスラエルの生みの親なのであり、それ以来アメリカはイスラエルを一貫して支持・支援してきた。
ただし、イスラエルがアラブ諸国の圧力にさらされる弱小国から中東屈指の軍事大国に変貌するにつれ、アメリカは甘い顔ばかりできなくなった。イスラエルがパレスチナ問題をめぐって軍事衝突を重ねるほど、同盟国アメリカはその意図に関わらず、つき合わざるを得なくなるからだ。
実際、1973年の第四次中東戦争の緒戦でアラブ側に大きな損害を受けたイスラエルはアメリカに緊急支援を要請したが、当時のキッシンジャー国務長官はわざと支援を遅らせたといわれる。高橋和夫教授によると、キッシンジャーにはすでに軍事大国化していたイスラエルが圧勝すればアラブ諸国が態度をさらに硬化させ、それがひいては中東和平を遠ざけるという判断があった(「アラブとイスラエル パレスチナ問題の構図」)。
ユダヤ人にも批判がある占領政策
こうしたアメリカの態度に拍車をかけたのが、占領政策の悪評だった。
国際法を無視したイスラエルの占領政策に対しては、国連で毎年のように非難決議が出されてきたが、その悪評がとりわけ高まった1980年代以降、欧米では占領政策に協力する企業へのボイコットもしばしば発生するようになった。これに並行して、今やアメリカに暮らすユダヤ人の間でも占領政策に批判的な意見は珍しくなくない。
その結果、アメリカがイスラエルに「待った」をかけることも増えた。例えばオバマ政権は、占領政策が中東和平を損なうとして、その中断をしばしば求めている。
しかし、アメリカからのブレーキはイスラエルに不満だけでなく「アメリカに見捨てられる」不安も高めた。
とはいえ、イスラエルにとって占領の中止は難しい。その大きな理由は、「神がユダヤ人にカナーン(現在のパレスチナ)を与えた」という聖書の記述を重視し、パレスチナとの領土分割に否定的なユダヤ教右派が政権に入っていることにある。
このジレンマのもと、アメリカにその手を離させないようにするため、イスラエルにとっては意図的に緊張を作り出すことが一つの手段となる。つまり、あえて暴走することでアメリカを引っ張り込むという選択であり、親の愛情を信じられない子どもがわざと非行に走って親を困らせるのに似ている。
イスラエルに乗じられたトランプ
それを後押ししたのがトランプ前大統領だった。
近年のアメリカでは、やはり聖書の記述を重視するキリスト教右派が台頭しており、彼らにはイスラエル支持が鮮明である。その支持を集めたかったトランプ政権は、歴代政権のなかでも屈指のイスラエルびいきで、これはイスラエルにとって軍事活動のハードルを低くした。
その典型は、2018年5月にイランの軍事施設をイスラエル軍が突如ミサイルで攻撃したことだった。イランはイスラーム諸国のなかでもとりわけ反イスラエルが鮮明な国の一つだ。
これに対して、トランプ政権にも反イランが鮮明だったものの、それでも政権内部には直接衝突に否定的な意見も強かった。そのトランプ政権を試すように、イスラエルは「まさかこの状況で我々を見放すことはないですよね」と言わんばかりに、あえてイランとの衝突に突っ込んだのである。
その結果、トランプ政権は2019年、ほとんど言いがかりに近い「イランの核開発」を理由に、実際には衝突にリスクが大きすぎるのにイラン制裁に踏み切り、翌2020年初頭にはイラン革命防衛隊司令官を爆殺するなど、イスラエルが演出した緊張のエスカレートに乗って行ったのである。
面倒な味方は敵より始末が悪い
こうしてみたとき、意識的に緊張を作り出し、アメリカから譲歩を引き出す手法はイスラエル版「瀬戸際外交」と呼べる。
瀬戸際外交の元祖ともいえる北朝鮮の場合、自分の立場をアメリカに認めさせるために、あえて核・ミサイル開発に向かい、しばしば意図的に緊張を作り出し、それを和らげるためアメリカなどに譲歩を迫ってきた。
一方のイスラエルは、立場こそアメリカの同盟国だが、自分との関係を意識させるため、あえて緊張を高め、アメリカの選択肢を無くそうとする点では北朝鮮と変わらない。むしろ、アメリカにとってイスラエルは、時に敵より始末が悪くなる。
バイデン政権はトランプ政権がほぼ停止していたパレスチナ向け援助を再開するなど、露骨なイスラエル支持ではないが、かといってイスラエルを見放すこともできない。この微妙な立場は、イスラエルがアメリカを試すきっかけになっている。
一方、バイデン政権は中国包囲を目指すうえでウイグル問題やミャンマー問題を積極的に取り上げているが、人権保護や法の支配に明白に反するイスラエルのパレスチナ支配に無言のままでは、あまりにバランスを欠いたものになる。だからこそ、国連安保理でパレスチナ問題を最も熱心に追求している国の一つが中国であることは不思議でない。
子どもの非行に甘い親は社会的信用を失う。恋人の奇行につき合う者は友人を失う。
イスラエルを見捨てることは不可能としても、その首にスズをつけ、暴走を多少なりとも改めさせられるかに、バイデン外交の真価が問われているのである。