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バカと暇人のものではないネット空間を作ることはできるのか

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
シマウマは、いつも白黒つくとは限らないという象徴だそうです。(写真:アフロ)

日本のインターネットやウェブの未来を議論した代表的な書籍と言えば、やはり梅田望夫さんの「ウェブ進化論」と中川淳一郎さんの「ウェブはバカと暇人のもの」の2冊でしょう。

先日書いたこちらの記事には様々な反応を頂きましたが。

ネットで批判されるのが嫌ならネットで情報発信なんかやめた方が良い

これを書いていて改めて思い出したのは、この2冊を巡る議論です。

この記事で一番言いたかったのは、ネット上の誹謗中傷問題と、ウェブサービスであるNewsPicksの仕様やクリップ是非問題を混ぜて議論しない方が良いのではないかということなんですが。

一方で、やはりネット上の誹謗中傷問題は大きな問題なのは間違いありません。特に個人的にも強く問題と感じているのが、誹謗中傷への対策の議論は10年以上前からやってるはずなのに、未だにたいして状況が変わってないという現実です。

日本には、バカとヒマ人のものではない、生産的な議論ができるネット言論空間を作ることは難しいのでしょうか?

日本のウェブは残念な結果に

そもそも、私自身はブログの黎明期に「ウェブ進化論」を書かれた梅田望夫さんの信者として、いわゆる群衆の叡智的な、もはや死語となったWeb2.0的な価値観の可能性に魅入られていた人間です。

そういう意味で、梅田望夫さんが取締役をされていたはてなが開始したはてなブックマークには非常に期待していましたし、ブログとはてなブックマークによって脳のシナプスがつながるような生産的な議論が加速することを期待していた人間でした。

明らかに私は初期のシリコンバレー的ウェブサービスの理想を夢見る梅田望夫チルドレンの一人だったと思います。

ただ、結局日本のインターネットにおいては中川さんが「ウェブはバカと暇人のもの」に書かれているような日本のネットの現実に、敗北することになりました。

その象徴が、梅田望夫さんがウェブ進化論出版から3年たって、「日本のWebは残念」と発言して物議を醸した岡田有花さんの2009年のインタビュー記事です。

日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編)

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私自身は、この現象には「日本のウェブは遅れているのではなく、急速に進みすぎたのではないかという仮説」を持っていますが、いずれにしても日本のウェブについては梅田望夫さんが描いたような群衆の叡智を軸にした進化よりも、中川さんが書いたようなバカと暇人中心に進化してきた面が強い印象はあります。

そういう意味で、今回のNewsPicksを巡る騒動は、日本のインターネットを巡る言論空間の状況が10年前からたいして変わっていないのではないか、というオチにつながりかねない話だと受け止めました。

経済メディアならではのNewsPicksの可能性

ただ、個人的には、NewsPicksというサービスには、当時私がはてなブックマークに期待していた未来を再現してくれる可能性を感じて感動しましたし、今でも今後の可能性に一縷の望みを託しているわけです。

NewsPicksは、はてなブックマークとは全く違う方向に行くんじゃないかと勝手に期待してる3つの理由

そんなわけで、ようやく本題ですが、日本のウェブにおいてどうすればバカと暇人だけのものではない言論空間を作ることができるのか。

先日NewsPicksのイベントにも参加してきたので、その際に感じたことを含めて書いておきたいと思います。

【5/16イベントリポート】「NewsPicksの課題と可能性」を議論

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NewsPicksのイベントについては上記の記事を読んで頂ければと思いますが、現状のNewsPicksには二つの混乱の要素があると感じています。

プラットフォームとメディアの要素が混在

まず一つ目は、元々のNewsPicksをプラットフォームとして作り上げた社長の梅田さんが目指している世界感と、東洋経済から鳴り物入りで転職してきた佐々木編集長が作り上げた月額課金有料メディアとしての世界感のズレ。

「ウェブ進化論」を書いた梅田望夫チルドレンでもあり、同時期にヒット本となった「グーグル」を書かれた佐々木俊尚さんとも良くイベントでご一緒していた人間としては、奇遇にも、はてなブックマークと類似のNewsPicksを立ち上げた人が「梅田」姓であり、メディアの未来を語っていた佐々木俊尚さんと、NewsPicksの佐々木編集長が同じ「佐々木」姓であるという点に、不思議な因縁を感じてしまったりするのですが。

議論をシンプルにするために、NewsPicksの社長の梅田さんが推進するプラットフォーム要素を「梅田Picks」、佐々木編集長が作り上げた有料メディアとしてのNewsPicksを「佐々木News」と呼んでみましょう。

大抵、外部のメディアの方々がNewsPicksに感じる違和感は、この「梅田Picks」と「佐々木News」の混在によるところだと感じます。

要は「佐々木News」は他の経済メディアにとっては明確にライバルになるわけです。

新聞社にしても雑誌社にしても、ビジネスマンの情報収集にかける予算をお互いに奪い合う構造なわけで、NewsPicksが有料の定額課金メディアというビジネスモデルを選択していることで、当然ライバルの一社に見えるはず。

そのライバルメディアである「佐々木News」が、自社の有料会員を獲得するために「梅田Picks」上で自社の記事を勝手に使っている、というのが大抵のメディアの方がNewsPicksに感じている違和感という印象です。

もともとの「梅田Picks」は、経済に関するメディアをキュレーションする中立なプラットフォームだったはずですが、この段階では有料課金への誘導も苦労していたという印象ですが、「佐々木News」の導入後、有料会員は着実に増え続けイベント時のグラフを見る限り綺麗に成長軌道に乗り始めていますから、ビジネスの選択としては正しかったと言えるでしょう。

ただ、それによりやまもといちろうさんの問題提起に見られるように、自社の有料会員獲得の為に他メディアの記事をタダ乗りするプラットフォームという印象を強く持たれるようになってしまったり、境さんがNo Picking運動をするような偏ったメディアとしての意思を持ったコミュニティではないかと見られてしまったりしているわけです。

参考:NewsPicksは「ランディングページ泥棒」なのか?

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佐々木編集長のビジョンとしては、実は現在のNewsPicksの収益モデルに他の経済メディアにも参加してもらう形をイメージしているそうで、ある意味課金プラットフォームの先行実験をしているという見方もできる感じはありますし、既存の広告依存モデルへの問題意識があればこそのアプローチということのようではあるので、誤解されてる面は強いなと改めて思ったりもするわけですが。

実際、せっかくの先日のイベントレポートもここまでしっかり文字おこしされているのに、NewsPicksユーザーでないと見れない仕様になっちゃってますからね。こういうところに外部の人達は違和感を感じちゃうわけで、もったいないですよね。

まぁ、この話はこれで深掘りできると思うんですが、今回の本題ではないのでこれぐらいにしておきつつ。

経済メディアというビジョンと人気ランキングの相性の悪さ

もう一つのポイントになるのが、NewsPicksが目指そうとしている「世界一の経済メディア」というビジョンと、現時点のNewsPicksユーザーが作り上げたコミュニティ特性の板挟みの問題です。

参考:「世界一の経済メディアをつくる」 代表・梅田優祐氏が語る

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個人的には「梅田Picks」側においては、この点が大きな混乱の原因になっているという印象を強く受けました。

イベントに参加した人なら分かると思いますし、最後に坂之上さんがまとめてましたが、NewsPicks社長の梅田さんが良い人過ぎるんですよね。

実はこういうコミュニティとか自分は苦手なのに立ち上げたというあたりが、今回の騒動を見ていて実は非常に納得感あったりするわけですが。

現時点の「梅田Picks」は、群衆の叡智理論における典型的な罠にはまってしまっているのではないかというのが個人的な印象です。

通常オンライン上で投票数的な数で人気記事を選ぼうとすると、どうしても内容に偏りが出ます。

例えばはてなブックマークは、ブックマークという特性上、ライフハック的な役立ち記事が人気ランキングのトップを多く占める傾向がありましたし、Yahooの人気記事ランキングとか見てもらうと芸能ニュース系がほとんどなのが良く分かるでしょう。

NewsPicksも一時期トップ記事を自動的に選んでいたと想像していますが、そうすると明らかに経済系のニュースではない記事ばかりがトップに並んでしまうため、現在では編集部が手作業でトップ等に並べる記事をいくつか選んでいると認識しています。

要は人気投票ではNewsPicksがあるべき紙面を作れないわけです。

経済ネタというのは、そもそも世の中におけるメインの話題ではありませんし、企業の話題はその人が勤めている産業によって興味の有無が変わりますから、どうしても投票では上位に出ません。

そもそも経済メディアにおいては人気投票で質を表現するのが難しいわけです。

で、同様の問題が強く出ているのがピッカーによるコメントです。

NewsPicksでは構造上、記事に対するコメントも「Like」ボタンによる投票で評価される仕組みになっています。

これが現時点では、NewsPicksをいわゆる残念な方に導きがちだと感じてます。

Likeボタンだと、言い切り型の批判コメントとか炎上上等のコメントに投票が集まりやすくなるんですよね。

象徴的なのがNewsPicksのユーザーランキングで常連になっている堀江さんの一言コメントでしょう。

堀江さんはツイッターでも170万人を超えるフォロワーを抱える人気者ですから、堀江さんの言い切り発言には自動的にファンの人達のいいねがいくつも集まることになります。

ファンからしたら、あそこまで言い切ったらかっこいいですもんね、そりゃ「Like」ボタンを押すわけです。

本来、経済メディアという意味では、記事の内容に対する専門具合でコメントへの評価が変わってくれると面白いと思うんですが、現在のNewsPicksの仕組みではフォロワーが多い人に投票が入りやすい仕組みになっているので、どんな記事でもフォロワーが多い人が勝ちやすい仕組みになっています。

しかも、現状のNewsPicksは記事の一覧画面ではトップの人のコメントだけはそこでLikeボタンが押せますから、トップの人にますます投票が集まりやすいという構造になっています。

海外の研究ではいわゆる「群衆の叡智」が機能するのは、それぞれの人が個別に判断を下したときで。

NewsPicksのように投票結果が見えている上にお互い知り合いの人達が投票をしあうと、人気者に投票が集まるという勝ち馬に乗るような「衆愚」的な現象が起こりやすいわけです。

ある意味、現状のNewsPicksはシステムのアーキテクチャーとして、人気投票的な要素を強く打ち出しすぎているため、経済メディアとしてのあるべき姿から乖離し始めているのではないか、というのが個人的な印象です。

で、この乖離がおこるのって梅田さんが「梅田Picks」における既存のユーザーの行動を尊重しすぎているからじゃないかと思うわけです。

本来、梅田さんが本気で「世界一の経済メディア」を目指すのであれば、プラットフォームとしてのインセンティブとかルールとかをもっと明確に定義していっても良いと思うんですよね。

そもそも「世界一の経済メディアを目指す」NewsPicksにおいて評価されるべきは、記事の内容を補完してくれるような専門的な視点のコメントのはずですが、現在の投票機能はそのインセンティブを刺激していません。

ニュースはいつも白黒つくとは限らないというのが、NewsPicksのシマウマロゴに込められたメッセージだそうですが、どうしても現状の人気投票システムだと、相手をやり込める形での批判とかが増えちゃうと思うわけです。その方がLikeが増えやすいので。

でも、今回の境さんが切れた原因になったような記事の書き手自体への批判とか、誹謗抽象的なコメントって本来は「経済メディア」においては不要のコメントのはず。

別にNewsPicksは、プラットフォーム上で白黒つける議論をするのが目的ではなく、それぞれの業界の人の知見を出し合ってもらうことが目的のはずで誰が正しいとか、どのコメントが人気とかって本来の趣旨とは違うんだと思うんですよね。

そもそもツイッター上での論争が平行線に終わることが多いように、すべての人が同じ意見になるとかありえませんし、ビジネスの選択において正解は存在しないわけで、多様な業界の人の多様なコメントがつくことが価値だとするのであれば、コメントの人気ランキングというのは、そもそもNewsPicksが目指している世界と相性が悪い行為にみえるわけです。

そういう意味では、もっとピッカーのコメントのあるべき姿を明確にしてしまって、それが評価されるようなアーキテクチャーに変える努力をしても良いと思います。

実名か匿名かとかが本質的な問題では無く、経済メディアとして意味のあるコメントかどうかの方が問題のはずで、それが増えることによってNewsPicksのNewsPicksならではの価値がもっと出ると思うわけです。

実際、ロイターの短い速報とかがNewsPicksに出たときに、専門家の人達がいろんな視点からコメントをしているときなんかは、凄いNewsPicksの価値を感じるんですよね。

ロイターの速報とかだとそもそも書き手への突っ込みの余地がないから余計だとは思うんですが、ああいうNewsPicksが「経済メディア」だからこそ生み出せる良い面をもっと伸ばす努力ができるはずです。

試行錯誤できるアプローチの道はいろいろあるはず

というわけで、長くなりましたが、批判ばかりだと片手落ちなので、NewsPicksがバカと暇人のためのウェブではなくなるために、やっても良いのではないかと個人的に思うことを書いておきましょう。

■コメントに対する評価を単純投票にしない

例えば「Like」とは別に「役に立たない」とか「趣旨と違う」ボタンを作るとか。

Likeが多くても、NewsPicksのコミュニティとして評価されるべきではないコメント、例えば記事の内容自体ではなく書き手への誹謗中傷とかは自然と淘汰されるような仕組みを作るとか。

単純に1人1票ではなく、ページランクみたいに専門家からの評価は大きく評価されるようにするとか、もっといろいろ試行錯誤してみるべきではないかと思います。

■フォロワー数とLike数の相関関係を薄める

たとえばコメントの初期の表示を単純な投票順で並べるのではなく、一定時間はランダムにしてABテスト的に公平にチャンスをあげるとか、いいね数ではなく表示回数に対するいいね率の方を評価することで、フォロワー数が多い人が有利になりすぎないようにするとか。

単純な書き手のフォロワーの数のような影響力とか、とりあえずいち早く記事にコメントした人が評価されすぎないよう、コメントの質をもっと評価されるようにしても良いと思います。上の話と似てますが。

■全員同じトップページを重視するのではなく、個人別のトップページを作る

現状はトップに表示される記事にコメントするのが一番Likeが集まるので、みんながコメントする記事が余計に一部の記事に集中してしまってる印象です。

本来経済メディアなら業種とか業態別に読むべき記事が違うはずで、トップページが興味や関心によって分散するようにすることで、単純に大量にコメントすることでLikeを集めたりするようなモチベーションを下げることができるはず。

フォローしている人達がピックしている記事によって作られるトップページとか、興味のあるテーマによってトップページが変わるとか、試行錯誤することで、逆に産業別とかテーマ別に有意義なコメントをする人が評価される仕組みをもっと上手く作れるはず。

まぁ、以上はあくまで脊髄反射で考えただけなので、これらのアイデアが良いかどうかは全く別問題なんですが、要は「経済メディア」に特化しているNewsPicksには、もっとサービスのアーキテクチャーの設計とか、技術の力によってうまくピッカーの力を活用できるアプローチがあると思うわけです。

それによって、記事の書き手とピッカーの無意味ないがみ合いとか、書き手の人格批判とか、経済メディアとしては必要のない要素をサービス上で見えないようにしていくこととかもできると思うんですよね。

日本人はただでもディベートが苦手で、批判を個人攻撃と受け止めやすい民族ですから、ウェブサービスもそれを前提にした設計が必要だと思うわけです。

まぁ一方で、Yahooニュースのようなマスメディア的なメディアにおいても、書き捨てコメントを助長するのではなく、もっと日本人のメディアリテラシーとかディベートの技術向上とかに貢献するアプローチを探して欲しいとも思ってしまうわけですが。

異様に長くなりましたので、今日のところはこの辺で。

いずれにしても、NewsPicksの皆様には、是非現在の混乱した議論を上手く整理して、良い方向性を見つけて頂きたいと期待している今日この頃です。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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