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地方に移住者を呼び込む10の方策

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
筆者撮影(兵庫県宍粟市)

 人口減は地方の多くの自治体にとって最大の心配事だ。特に若年人口、とりわけ幼児や小学生の数が減るのが怖い。そこでUターン促進や、大学・工場の誘致に励む。しかし最近、注目されるのが都市部からの移住者の呼び込みである。住民の2割弱が移住者という例も生まれている。

 私は2025年春に開学予定のZEN大学(設置認可申請中)で、「地域課題の解決とイノベーション」「地域アントレプレナー」の2科目を教える予定だ。同大学にはサテライトキャンパスを各地に設ける構想もある。その準備(オンディマンド科目の収録)で各地を訪問調査中だ(これまで山形県鶴岡市、岡山県西粟倉村、福岡県糸島市、兵庫県宍粟(しそう)市、高知県梼原(ゆすはら)町などを訪問)。その過程で気が付いた発見を披露したい。

●発見1:フリーランスプロや事業家に注目したい

 多くの地元企業は人手不足だ。そこで自治体は都会から地元企業への転職を前提に家族持ちの移住者を呼び込もうと考える。だが移住後の定着率が高いのは、デザイナーなどフリーで稼いで自分で食べていける人、健康食品などの通販で自ら稼ぐ起業家(例えば有機栽培の「ハーブ茶」「はちみつ」など高付加価値商品の通販など)である。彼らはどこに住んでいても域外から「外貨」が稼げる。誘致する側は地元企業への勤務、あるいは家族持ちにこだわるべきではない。「外貨」を稼げる人であれば勤務先や家族帯同かどうかにこだわらない。情報発信では門戸を広く、地域にGDPと消費需要の両方をもたらしてくれる人ならだれでもよしとすべきだ。

●発見2:移住者は移住者に呼んでもらう(「類は友を呼ぶ」)

 岡山県西粟倉村は人口わずか1400人程度だが、移住者が200人強もいる。この村は地域おこし協力隊を多数受け入れ、任期期間の終了後も地元に残る人が多い。またローカルベンチャーの活躍ぶりがネットや書籍で発信され、それを頼りに移住先を探す人たちが目を留める。知らない土地は不安だが、先輩がいると安心だ。糸島市も同じだ。コミュニティスペース「みんなの」のような移住支援のNPO(非営利組織)が相談に乗ってくれる。

 多くの自治体は役場の広報誌や市長インタビューで、「いいところだ」「気候がいい」「空港から20分」と訴える。実際そうなのだが、都会に住む受け手側からすると「主催者側による都合のいい発表」に見えてしまう。移住先を探している人たちには、むしろ「実際に住んでみてよかった」という人を紹介して直接、体験談をきいてもらうのが一番だ。

●発見3:まずは箱モノから――コワーキングスペースとよいホテル、レストラン

 先述のフリーランスのプロや起業家が移住を決めるまでにはステップがある。多くの場合、まずはワーケーションで数週間滞在して仕事をしながら先行移住者の友達を作り、そこから情報を集め自分に合った環境かどうか考える。だから移住者を呼び込むにはワーケーションの拠点や居心地のいいビジネスホテルがあったほうがいい。村が経営するドライブインや温泉施設、古民家を改造して町家ホテルやコワーキングスペース、カフェをつくる。移住者を誘致するための大事なインフラだ。

●発見4:豊かな自然や人情だけでは競争に勝てない――おしゃれなデザイン、きれ いな店舗をつくる

 移住者は生活の質、センスの良さに敏感だ。彼らは田舎に豊かな自然や人情があるのは当たり前と考える。それだけではだめだ。楽しい生活ができるかどうかが大事だ。例えば北欧デザイン風の遊具がある保育園がある(鶴岡市)、おしゃれできれいなカフェがある(宍粟市、糸島市)など、鄙(ひな)な場所に先端的なデザインを取り入れる。

 高知県の梼原町には隈研吾氏の設計したきれいな木造の図書館があって、それだけでセンスのいい街として有名になった。西粟倉村の役場も木造低層のいい感じの建物で、家具はすべて地元の木材、地元の工作所で作られたものだ。目で見て感じるおしゃれな場所が日常の風景にあるかないかはとても重要だ。

●発見5:移住者が多い街にはデザイナーが多い

 フリーランスのプロというと、まず思い浮かぶのがアーティストやプログラマー、ITエンジニアだ。だが私は彼らよりもデザイナーをまず呼ぶべきだと思う。センスのいいデザイナーに来てもらって、役場のサインからポスターまで街の中のデザインを刷新する。官需の発注で収入の基盤を作ってあげる意味もある。彼らに都会のイケてるセンスを発信してもらう。本格的に移住者を誘致するなら、まずはデザイン改革がスタートポイントだろう。それでやっと移住者の目に留まり、候補地の中に入れてもらえる。

●発見6:地域おこし協力隊を定着させよう

 地域おこし協力隊の仕事は、わりあい公共サービスのお手伝いが多い。だが、協力隊の3年間の任期中に準備してもらって、任期明けに起業してもらうように、最初から目的を共有するのもいい。協力隊の定着率を高めるには、面接の際にやりたいことがある人に自由に提案してもらい、起業の素質ありとみたらオファーをする。そのテーマは起業の準備に役立つものにすると効率がいい。たとえば林業関連の起業をしたいようなら、村の森林資源調査を協力隊員としてやってもらって起業の準備を兼ねてもらうなどだ。

●発見7:移住者同士のネットワークづくりを支援する

 先述の糸島市の「みんなの」は、コワーキングスペースを運営する。関係者は全員移住者で、コワーキングスペースが実質的な移住希望者の相談窓口にもなっている。「みんなの」のメンバーを中心とする移住者同士の飲み会も定期的に行われ、そこで様々な関係づくりやプロジェクトが生まれる。市役所は移住者の動きを間接的に見守り、たとえば彼らがNTTから古い建物を借り受ける際に後見人的な支援をするなど、非公式・公式の様々な支援をしてきた。市職員の人脈や信用を、移住者たちの活躍の場づくりに生かそうという気概や思い切りが大事だ。

●発見8:旧住民との摩擦の回避

 移住者が地域に溶け込めるかどうかは大事なポイントだ。答えは簡単で「バス停や道路の掃除」「広場の草刈り」などの手伝いをしてもらう。役場の職員はまずそれをやりやすい環境を作ってあげよう。移住者は朝早くからひたすらこれをやる。やがて挨拶からはじまり付き合いが生まれ、野菜を分けてもらうなどの関係になる。

●発見9:80代の地元民と移住者を引き合わせる

 移住者を真っ先に受け入れるのは実は80~90代の老人である。60~70代はまだ元気で地域のしきたりなどにこだわりがある。また移住者と同年代の若者たちはライフスタイルの違いから、移住者たちに対しては意外と様子見であることが多い。一方、80~90代だと体も弱り、地域の将来のことも客観的に考えられる。よそから来てくれるだけでうれしい、ありがたいとなってうまくいく。

●発見10:移住者の子どもたちに地域の楽しさをたっぷり教える

 移住者が来てもその代で終わるのではもったいない。移住者の子どもたちにこそ地域の自然や行事の楽しさを教える。彼らはやがて都会に進学、就職する。しかし楽しい暮らしを経験しておけば、一定の確率で田舎の暮らしに戻ってくる(Uターン2世)。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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