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国会でも話題の「N分N乗方式」は、出生率を高めてくれる魔法の制度なのか?

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:イメージマート)

それで出生増えるのか?

ここ数日、テレビもネットも「N分N乗方式」が話題である。

国会でも議論となっているこの「N分N乗方式」だが、なんだか高校の数学の授業に出てくるような言葉で、それだけで敬遠する人もいるかもしれない。

フランスで採用されている税制度で、子どもなど扶養家族(N数)が多いほど世帯の所得税の負担が軽減される仕組みである。

簡単にざっくりいえば、夫婦と子ども2人がいれば、N=3となる(子どもは第2子まで1人あたり0.5計算)。世帯全体の収入が600万だとすれば、その600万をまずN数の3で割る(N分)、すると一人当たり200万になる。所得税はこの200万に対して計算され、それをまたN数で掛け合わせたもの(N乗)がその世帯の所得税額になるというもの。

要するに、働いていない子どもの分も頭割りするので、累進課税的には「子どもの数が多ければ多いほど所得税が安くなる」ことになる。確かに、子沢山世帯にはお得な話に聞こえるが、夫婦同額の共稼ぎ世帯や単身世帯には何の恩恵もないのは言うまでもない。婚姻増に寄与しないので、少子化対策にはなりえない。

しかし、ネットの反応などをみると、まるで「N分N乗方式」を採用さえすれば少子化問題は解決するかのごとき盛り上がっている人もいる。

多分、「N分N乗方式」はフランスで採用されている→フランスは少子化対策で成功していると言われている→成功している制度なら日本でもやればいいじゃないか、というような流れが頭の中で組み立てられているのだろう。

子育て真っ最中の世帯の場合は、テレビなどで流される世帯年収別のシミュレーションを見て、「なんか所得税が今よりかなり安くなるらしいよ」ということだけで賛成している人もいるかもしれない。

「N分N乗方式」の効果

この制度の是非は別にして、果たして、「N分N乗方式」とは、少子化を解決する魔法の制度なのだろうか?フランスでこの制度の適用によって少子化が解決されたという明確な因果は存在するのだろうか?

検証してみたい。

実は、フランスでこの制度が導入されたのはかなり古い。戦後1945年のことである。国連WPPの1950年以降の出生率の推移を元に、この制度によって何か出生率が変わったかどうかを見てみたい。

当然、戦後から1960年代までにかけての時代は、それこそ日本でもあったように世界的なベビーブームであり、これは制度云々の話とは関係ないだろう。

その後、フランスの出生率は1970年代にかけて急降下する。1981年に「N分N乗」の制度が拡充される。具体的には、第3子以降の係数を0.5から1.0に増やし、第3子以降の出生促進を図ったものだ。

しかし、その後またすぐに出生率は下がっている。

その後も下がり続ける出生率に対して、1980年代から子を持つ家族への直接支援が拡充される。要するに、児童手当などの増額である。

1990年には、認定保育ママに対する雇用の援助、1995年には、育児休業保証の拡充、2003年にはそれらのさらなる拡充と次々と策が講じられた。

一見、2010年の出生率頂点に向けて、80-90年代の少子化対策が奏功しているように見える。が、肝心の、「N分N乗方式」はそれほど関係がありそうにはない。

少なくとも、「N分N乗方式」を導入しさえすれば、出生率が劇的にあがるとは言えない。

「少子化対策はフランスを見習え」という声は相変わらずある。「日本と比較して、家族関係の政府支出GDP比がフランスなど欧州諸国は高いのだから、それ並みにしろ」という声もあるが、その政府支出をあげることと出生率との間には何の相関もないことはすでにこちらの記事で書いた。

「異次元の少子化対策」を検証する~子育て支援は出生率に影響するのか?

繰り返し言っていることだが、子育て支援と少子化対策とは別物であり、子育て支援を充実させても出生数はあがらないというのは、日本に限らず欧州でも同様なのである。

フランスの出生率を上げたのは?

そうはいっても、事実フランスは児童手当などの拡充で出生率を2.0以上にしたではないかと言われるのだが、本当にそれは児童手当の拡充のおかげなんだろうか?

以下に、フランスの出生率と移民率との推移のグラフを掲出する。

これを見る限り、出生率と移民率とは実に強い正の相関があるとわかる。相関係数は、0.7342である。もちろん、ひとつの要因がすべてを決定づけるものではないが、少なくとも、「N分N乗方式」より関係がありそうだ。

フランスの国立人口調査研究所(Ined)の2017年データには、移民と非移民のそれぞれの出生率がある。移民は2.60と高いのに対し、非移民は1.77である。1.77でも日本よりは十分高いのであるが、とはいえ、移民による押し上げ効果がなかったとは言えないだろう。

「では、日本も移民を…」という人もいるが、残念ながら、日本はすでに海外の若者にとって魅力的な働き場ではない。日本に行くくらいなら、もっと給料の高いところへ行くだろう。グローバルな視点でいえば、日本はもはや国内における過疎地域に近い印象を持たれている。旅行をするにはいいが、働く場所ではない。

写真:アフロ

世界的に「少母化」が進行する

現段階においては、日本より確実に出生率の高いフランスであるが、 近年出生率は減少し続けており、こちらの記事(フランスでも北欧でも減り続ける出生の要因「少母化」現象が世界を席巻する)でも書いた通り、INSEE(フランス国立統計経済研究所)自体が、今後フランス人の出産・育児年代に当たる女性の減少が確実なため、少子化は進むとしている。まさに、日本同様フランスも「少母化」なのである。

そして、それは、アフリカを除く全世界に共通する「すでにわかりきった未来」なのであり、不可避である。早晩、先進諸国の出生率は1.5を軒並み切るだろう。

また、「N分N乗方式」を導入して税収入が減ることを政府がそのまま放置するとも思えない。所得税ではない別の方法で減った分を回収しにくるはずだ。そのしわ寄せは、これから結婚しようかという若者にのしかかってくる。むしろ、より一層の婚姻減と出生減につながりやしないかと懸念する。

※毎度、この類の話をするたびに、内容も読まずに「子育て支援を否定するな」という批判をいただくのだが、何度も言うが、決して子育て支援を否定していない。むしろ、子育て支援は、少子化があろうとなかろうと、常時やるべきものである。しかし、それを充実させても子どもの数は増えないという歴史的な事実を述べている。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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