今年のX’マスケーキは小さくなるか――世界的な食品値上がりで笑う国
- 食品価格は世界的に値上がりしており、ケーキにもよく使われる小麦や油量種子はとりわけ高騰が目立つ。
- その主な原因には、地球温暖化、コロナ禍、そして投機的資金があげられる。
- 食糧の大生産国ロシアは、この状況を追い風に国際的な影響力を強めており、これは「小麦外交」とも呼ばれる。
クリスマスイブにケーキを買って帰る人も多いだろうが、今年は例年と比べて値段がほとんど同じなのにサイズが小さくなっていても不思議ではない。食品価格は世界全体で主に3つの理由によって値上がりしているが、それによって笑う国もあり、ロシアはその筆頭といえる。
X'マスケーキは小さくなるか
食品価格はどれくらい値上がりしているのか。以下では、ケーキによく使われる小麦、食用油、鶏卵に絞って、その変化を見てみよう。
小売物価統計調査によると、東京都区部の小売価格で、今年11月の1kgあたりの小麦価格は1年前より約20円上昇した。食用油に至っては1kgあたり約60円と大幅な値上がりで、価格が比較的安定している食品の代名詞ともなってきた鶏卵でさえ、1パックあたり約12円上昇した。
これらに加えて、バニラエッセンス、チョコレートの原料カカオ豆などもこの数年、価格の高騰が続いている。そのため、今年のクリスマスケーキが例年より小さかったとしても、(がっかりはしても)驚くことではない。
もっとも、これら以外の食品もその多くが値上がりしていると、多くの人は日常的に実感しているだろう。実際、食品価格が全体的に上昇していることもあって、小学校の給食費さえ上がっている。やはり小売物価統計調査によると、東京都区部の小学校で給食費の1年間の合計は、2020年には平均4万3659円だったが、2021年には5万3479円と約1万円値上がりした。
世界レベルの食品値上がり
とはいえ、食品値上がりは日本だけではなく世界全体のものだ。国連の食糧農業機関(FAO)によると、世界全体の食品価格の目安となる食糧価格指数は2021年11月に1年前より27.3%上昇した。この上昇ペースは2011年以来最も高い水準とFAOは警告しており、なかでも穀物と油量種子の価格上昇が目立つという。
世界レベルの食品値上がりには、大きく3つの原因があげられる。
第一に、地球温暖化の影響だ。例えば穀物の場合、大生産地帯である米国やカナダ、ロシアなどでは今年の夏、雨が少なく、気温が高い時期が長くなった結果、収穫量が落ちたとFAOは指摘する。異常気象が生産にダメージを与えたことは、油量種子や食肉など、多くの品目でも共通する。
第二に、コロナの影響だ。コロナ感染の拡大にともなって、昨年から世界中の食糧生産、流通でブレーキがかかってきた。
例えば、パーム油の大生産国マレーシアでは、コロナ感染の拡大でヒトの移動が制限されたことで、パーム椰子の栽培にブレーキがかかった。マレーシアの多くのパーム農園は、バングラデシュやインドネシアなどからの労働者を頼みにしていたからだ。
さらに、ロックダウンや物流関係者の集団感染などの影響で、タンカーなどを用いた食糧運搬が予定通り行かないことも増えている。オーストラリア政府系シンクタンクは、2020年からの1年間で予定通りに目的地に到着できた商船は全体の10%ほどにとどまったと報告している。
マネーと飢餓
これらが品薄感を強め、食品価格の上昇を後押ししてきたわけだが、かといって実際に食糧が不足しているとは限らない。例えば穀物に関して、FAOは生産にブレーキがかかっていることを認めながらも、主要国における余剰備蓄などを考慮に入れれば、世界全体の供給量は十分と試算している。
実際の需要を上回るペースで食品価格が上昇するのは、なぜか。そこには第三の要因、つまり投機的な資金がある。
株式市場が不安定ななか、機関投資家を中心に、「食品が値上がりする」という見込みから食糧への投資が増えている。今年6月、米NASDAQは公式ウェブサイトで「食品価格の上昇から収益をあげている5大ファンド」を特集して紹介したが、ここからも食品値上がりをビジネスチャンスと捉える動きの活発化はうかがえる。
ただし、食糧市場に必要以上に資金が流れ込むことで、世界全体で食品価格はさらに押し上げられる。
その結果、とりわけ貧困国では食糧危機がエスカレートしており、国連児童基金(UNICEF)によると今年7月段階で栄養不良の人口は世界全体で8億1100万人にのぼり、世界人口の約1/10を占めた。このうち1億6000万人はこの1年間で栄養不良になったと推計されており、このペースでの増加は過去最高とUNICEFは警鐘を鳴らしている。
途上国での食糧不足は、各地の政情不安に拍車をかけるものだ。例えば、今年8月に首都カブールをタリバンが制圧したアフガニスタンでは食糧不足が続いているが、その一因には食品価格の高騰があげられる。
「小麦外交」で笑う国
こうした背景のもと、世界の食糧価格は上昇し続けているわけだが、それで笑う国もある。その代表ともいえるのがロシアだ。
プーチン大統領のもと、ロシアは食糧を天然ガスと並ぶ戦略物資と位置づけ、生産量を増やすとともに販路も拡大させてきた。2010年代半ばに世界一の小麦生産国となったロシアは、国内向けより安い価格で輸出しているとみられ、中国などアジアだけでなく、中東、中南米、アフリカなどにも顧客を抱える。
このロシアにとって世界的な食品値上がりはむしろ追い風だ。もっとも、ロシアは食品価格の値上がりに乗じて輸出を増やすよりむしろ、輸出を制限することで食品価格をさらに押し上げてきた。
実際、「巣ごもり需要」などもあって世界全体で食糧価格が高騰し始めた昨年7月、ロシアは「国内需要を賄うため」、小麦輸出を前年の約1/5にあたる700万トンまでに制限する措置を発表した。
さらに今年10月末、ロシア政府は気候変動の影響を理由に、来年の穀物の作付けが当初見込みの1億2740万トンより少ない1億2300万トンになると発表し、さらに11月には窒素やリン酸といった肥料の輸出を6ヵ月間停止する方針を打ち出した。これもやはり「国内需要の高まり」が理由だった。「国内需要」といわれれば、他の国は文句をいえない。
ロシアはこれまで、外交関係の悪化したウクライナやヨーロッパ向けの天然ガス輸出を突然打ち切るなど、エネルギーをテコに外交的な影響力を強めてきた。英紙フィナンシャル・タイムズは食糧輸出をテコに国際的な影響力を増すロシアの方針を「小麦外交」と呼び、その影響力の拡大に警戒心を隠さない。
これまでのところ、エネルギーの場合と異なり、ロシアが関係が悪くなった特定の国にピンポイントで食糧の輸出を制限したわけではない。とはいえ、食糧の大生産国ロシアの輸出制限が、少なくとも結果的には国際的な食品価格をさらに押し上げ、多くの国にロシアとの関係に顧慮せざるを得ないテコになっていることは確かだ。
折しもオミクロン株の感染が拡大することで、世界全体の食糧需要は来年さらに逼迫することも想定される。この状況が続く限り、ロシアの動向は国際市場を通じて、直接取引の少ない国にも及ぶとみられる。だとすると、来年のクリスマスケーキは、今年よりさらに小さくなっても不思議でないのである。