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【山梨/大月】桃太郎は山梨県出身だった!?「大月桃太郎伝説」のスポット巡り

旅人間はらぺこライター

はらぺこライターの旅人間です。今回は「むかし、むかし」で始まる日本で最も有名な昔話「桃太郎」の伝承地について紹介しましょう。一般的には桃太郎と言えば岡山県のイメージが強いけど、実は日本各地に伝説はある。

その中でも今、最有力候補として注目されているのが山梨県大月市だ。

ちなみに、「ローソン大月一丁目店」では桃太郎伝説に登場するキャラクターが描かれ、通称「モモタローソン」と呼ばれている。

桃太郎に関するイラストは外壁だけでなく店内にもあり、桃太郎土産なども売られている。なかなか面白いでしょ!

さて、そんなモモタローソンの斜め前には「桃太郎神社」がある。

パッと見た感じは「なんだ!?この怪しい神社は」と突っ込みたくなる雰囲気だけど、コレがなかなかクオリティーが高い。

ただ、ご覧の通り手作り感いっぱいの資料館(桃太郎館)。表面的な雰囲気だけを見れば笑ってしまうが、見るべきポイントはそこではない!

地元の人が調べ蓄積した「大月市に伝わってきた桃太郎」の情報がココに詰まっている。

要するに…!ココに来れば大月市に伝わる「桃太郎伝説」詳細、関連するスポットの巡り方などが分かりやすく紹介されているというワケだ。

山梨県大月市に伝わる桃太郎伝説とは?

桃太郎神社に展示されている説明をみれば、「この地域の伝承について」ほぼ理解できるが、今回は大月桃太郎連絡会議事務局の箕田さんに連絡をとり、更に詳しく教えてもらった。

<大月市で語られている桃太郎伝説>
昔むかし、おばあさんが「桂川」で洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が「百蔵山」の麓から流れてきました。その桃から生まれたのが「桃太郎」。
「鶴島」にて成長した桃太郎は、「岩殿山」に住む赤鬼の退治に出かけました。道中キビ団子をあげ、「犬目」でイヌを、「鳥沢」でキジを、「猿橋」でサルを家来にしました。桃太郎軍団との激闘のすえ、攻撃に耐えかねた鬼は左手に持っていた石杖を桃太郎にむけて投げ、逃げ出し、隣の「徳厳山」に足をかけると、哀れなことに股が裂けてしまいました。
鬼の住処とされる岩殿山の「鬼の洞窟(鬼の岩屋)」。鬼の血で染まる「子神神社(鬼の血)」の「赤土」。さらには「鬼の石杖(鬼の杖)」が「石動」の地に突き刺さり現存する。
(大月市観光協会の資料を参考)

箕田さんによると、大月周辺には桃太郎と関係深い地名や史跡が点在し、戦前の絵本や明治時代の錦絵には桃太郎と一緒に富士山が描かれているという。

例えば、昭和12年(1937年)発行の桃太郎の絵本には、大月が桃太郎の生まれた場所として紹介されており、そこには富士山が描かれている。

また明治23年(1890年)の菱川春宜が描いた桃太郎の錦絵にも背景に富士山が描かれているという。

更に、大正時代に猿橋(日本三奇橋の一つ)の近くにあった「旅館 桂川館」では “桃太郎もち” が販売されていたそうだ。これは現在確認できる桃太郎をモチーフにした最古のお菓子だとされている。

ちなみに、現在は桂川館は存在していない。

大月桃太郎伝説では「犬目でイヌを、鳥沢でキジを、猿橋でサルを家来にした」とある。この猿橋は桃太郎とサルが出会った場所だ。

そして、鳥沢犬目も地名として今に残っている。

桃太郎の古い絵本に富士山の描写があるのは「日本一の桃太郎」という言葉から富士山を連想したのではないか?という人もあるそうだ。

真相は分からないが、大月市からは美しい富士山が見え、周辺には桃太郎に関わる地名や伝承が数多く残されているのは事実である。

下の写真は鬼が住んでいたと伝わる洞窟のある「岩殿山」から見た富士山だ。つまり、物語を頭に浮かべるとこの付近のどこかで桃太郎と鬼は戦ったことになる。普通に考えて、その背景に富士山が描かれて何ら不思議はない。

「大月桃太郎伝説」ゆかりの地を巡ってみた!

この岩殿山の麓には鬼が住んでいたと伝わる岩屋(洞窟)がある。歴史好きな人は、岩殿山と聞いて「ん?」と感じる人もあるだろう。簡単に補足しておくと、ここは武田二十四将の一人・小山田信茂の山城のあった場所。小山田信茂と言えば…勝頼を裏切り武田家滅亡に導いた人物とされている。

しかし最近の研究では、私利私欲の裏切りではなく城下が戦場になって民衆の命が失われるのを避けるための決断だったという説が濃厚とされている。

今回は話の論点がずれるので詳細は省くが、あの戦国時代の歴史小説でお馴染みの岩殿山は桃太郎伝説と深い関わりがあるのだ。(※後日、別の記事にて岩殿山は紹介する予定)

現地に足を運べば、様々な真相が見えて来る。やっぱり旅は面白い。

さて、鬼が住んでいた洞窟へ。畑倉登山口から歩いて5~6分ほどで行ける。

こ洞窟は「鬼の岩屋」と呼ばれ、雨量の多い時には美しい滝が出現する。残念ながら洞窟内は落盤の危険があり現在は中に入ることは出来ない。

岩殿山の畑倉登山口から南へ10分ほど歩けば「子神神社」がある。

ここは赤鬼が逃げようと徳厳山に足を掛けたが届かず股が裂け、その血が染み込んで一帯が赤土になったと伝わり「鬼の血」とも呼ばれている。

…大月市の桃太郎伝説、この鬼の最期が本当に意外だった。

その近くに鎮座するお地蔵さんは宝珠ではなく「桃」を持っている。

なぜ桃を…?その詳細は不明だが、とても興味深い。

お地蔵さんの側には「鬼の盃」がある。

これは修験道として栄えた円通寺(天台宗)の跡地に残された手水鉢だが、赤鬼が夜な夜な酒盛りに使ったと伝わっているそうだ。

また、少し歩けば「鬼の石杖」がある。

桃太郎と鬼が戦った時、鬼が投げ飛ばした石杖がココに突き刺さったのだと言われている。

その時、石杖は2つに折れて1つはココに突き刺さり、もう1つは笹子峠近くの白野まで飛んで行ったとか…。そちらは「鬼の立石」と呼ばれている。

片割れの「鬼の立石(立石坂の立石)」はどこにあるのか?

大月桃太郎連絡会議事務局の箕田さんに話を聞いた際、「見つけにくい場所にある」と聞いていたので、その場で「Googleマップ(外部リンク)」検索するとスグに見つかった。「これなら大丈夫よ」と余裕な返事をしたが…

実際には見つけるのに大変苦労した。案内の立札はスグに見つかったが、肝心の「鬼の立石」が見当たらないのだ。

日が沈み、少し薄暗くなってきた…。

立札があるので「この辺のはず…なんだけど」と歩き回るが見当たらない。誰かに聞きたくても人通りがない。このままでは真っ暗になってしまう。

諦めムードになった時、偶然にも地元の方が通りかかった。話しかけると「あれだよ」と教えてくれたのは線路脇に見える岩だった。あれか…。

「ありゃ~行けないなぁ~」とガッカリしていると「国道の方から行けるよ」と教えてくれた。「草ボーボーかもしれないから気を付けて」とも…。

とにかく行ってみる事に。

暗くなってしまったので写真はちゃんと撮れなかったが、とりあえず目的地には到着できた。鬼伝説などに関する場所に行く時は、やはり明るい時間帯に行くに限る。国道沿いだったとはいえ、暗くなると少し怖かった。

さて、冒頭で桃太郎伝説は日本各地にあると書いたが、大月市以外にも桃太郎は岡山県、山梨県、愛知県、香川県、岩手県など広い地域で語り継がれている。それぞれの地域に、それぞれの伝承がある。

このような民話や歴史など今後もYahooニュースで紹介していく予定です。

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桃太郎神社(桃太郎館)
住所:山梨県大月市大月1丁目13−31
地図(外部リンク)
※サムネ画像の桃太郎のモニュメントはJR大月駅前

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はらぺこライター

旅行好きのライター。各地に伝わる伝説や民話、古くから地元で大切にされているモノを親しみやすく紹介したい|地元で人気の食堂やレトロな喫茶店巡り|”思わずクスッと笑ってしまうような”珍スポット探し|目標は個性的でヘンテコな旅本の出版|フォローして頂けたら嬉しいです。

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