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自公過半数割れを目標と言いながら「政権奪取」ではなく「比較第一党を目指す」という野田代表の狙いは何か

田中良紹ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

フーテン老人世直し録(775)

神無月某日

 衆議院選挙が明日公示される。これは国民が自民党の政治資金パーティ裏金事件に審判を下す選挙となる。従って自公政権がどこまで議席を減らすか、野党がどこまで議席を伸ばすかが注目される。

 石破総理は厳しい選挙を前に、現在の日本の状況はそれ以上に厳しいとして、「安全保障政策、災害対応、コストカット型の経済政策」を根本から見直すため、この選挙を「日本創生選挙」と位置づけ、政権維持を訴えている。

 野党第一党である立憲民主党の野田代表は、「政権交代こそ最大の政治改革」と主張し、企業・団体献金の禁止などを訴えるが、選挙結果については「自公の過半数割れ」を目標としながら、「比較第一党を目指す」と言っている。

 政権与党の議席が過半数を割れば、政権交代になるのが当たり前だ。それを「政権奪取」ではなく「比較第一党を目指す」とはどういうことか。立憲民主党は自民党に代わり第一党になるが、政権は奪わないという意味である。つまりこの選挙で政権交代は起こらない。

 フーテンはかねてから来年の参議院選挙が勝負どころで、今度の衆議院選挙はその足掛かりを作る選挙だと主張してきた。だから「なるほど」と思う。野田代表も勝負どころを来年と見ている。おそらく野田代表の背後にいる小沢一郎氏がそう言わせている。

 フーテンがなぜそう考えるのかを説明する。生前の安倍総理は「悪夢の民主党政権」と言った。実はフーテンも民主党政権を「悪夢」と思っていた。なぜなら政権交代の意味を理解できず、政治技術があまりにも未熟過ぎたからである。

 冷戦時代の自民党政権は高度経済成長を成し遂げ、国民に今日よりも明日が良くなる希望を抱かせた。それは、吉田茂が憲法9条を経済復興に利用したからである。吉田は9条を国民に浸透させ、その一方で9条を守る護憲運動を野党にやらせ、アメリカが日本に過度な軍事的要求をすれば、政権交代が起きて親ソ政権が誕生するとアメリカに思わせた。

 アメリカをけん制して軍事に金を使わず、持てる力を経済に集中するのが吉田の「軽武装・経済重視路線」である。憲法改正阻止が目標の野党は改正阻止に必要な3分の1の議席を獲得するだけで政権交代を狙わない。そのカラクリをアメリカは知らず、日本は高度経済成長を達成した。しかしソ連が崩壊するとそのカラクリが効かなくなる。

 9条があるためアメリカの軍事力に依存する日本は、冷戦後は軍事だけでなく経済分野でもアメリカに従属させられた。アメリカは日銀に低金利を強制して日本経済をバブルに導き、経済の中心にあった銀行を破綻させ、次いでバブルからデフレに導いて日本の経済構造を解体しようとした。日本は冷戦時代とは異なる政治構図を作る必要に迫られた。

 93年に政権交代可能な選挙制度が作られ、09年に初めて選挙で民主党政権が誕生した。しかし民主党政権は未熟さゆえに対米従属から抜けられない。そして自民党に政権復帰を許すと、自民党は再び野党に転落することを恐れ、「安倍一強」という独裁体制を作りだした。

 「悪夢の民主党政権」が「悪夢の安倍一強体制」を生み出し、それが12年間続いた。その間に野党はバラバラになり「一強他弱」の構図が生まれた。「安倍一強体制」を終わらせたのが先月行われた自民党総裁選である。しかし「他弱野党」はまだそのままだ。これを変えないと政権交代の政治構図は生まれない。

 今度の衆議院選挙は「他弱野党」のままで自公政権の議席を減らし、次の参議院選挙までに「他弱野党」を解消させることができるかどうかが問われる。なぜ衆議院選挙で一気に政権交代を狙えないか。それは日本の政治が実は衆議院より参議院が強いからだ。

 日本国憲法では内閣総理大臣の指名や予算について衆議院の議決が優先される。衆議院優位に見えるが、しかしそれ以外の法案は参議院で可決されない限り法律にならない。だから参議院で過半数の議席を持たないと、衆議院で過半数の議席を得ても万全ではない。

 これまで自民党が野党に転落したことが2度ある。93年の衆議院選挙で自民党は過半数を割り込んだが、しかし比較第一党だった。どこかの党と連立を組めば政権は維持できた。ところが小沢一郎氏が先に動いて共産党を除く8党派をまとめ、日本新党の細川護熙氏を総理に担いで細川政権を誕生させた。

 今度の選挙で言えば、自公政権が過半数を割り込んだ時、共産党以外の全党派をまとめれば新政権の誕生は可能である。しかし野田代表はそれをやらないと言う。細川政権では結局8党派は政策でまとまらず、社会党とさきがけが自民党に接近し、自民党は社会党党首を総理に担いで政権に復帰した。今度も同じことが起こると野田代表は思っているのだろう。

 細川政権の反省から小沢氏は自身が民主党代表になると、07年の参議院選挙に照準を合わせ、第一次安倍政権を過半数割れに追い込んだ。インド洋で海上自衛隊がアメリカ軍に行っていた給油活動を継続する法律が参議院で可決される可能性がなくなった。

 当時の未熟でひ弱な安倍総理はそれに気づかずに続投を表明した。臨時国会が始まってからそれに気づいて、安倍総理は所信表明演説を行った後に退陣表明するという大醜態をさらした。

 すると小沢氏が次の福田康夫総理に大連立を持ち掛けた。参議院で過半数を奪われているため自民党は大連立をのむしかない。小沢氏の条件は対米従属からの脱却だった。安全保障基本法を作り国連中心の安全保障政策に転換するのである。福田総理はそれに前向きで外務省に検討を指示した。

 ところが民主党の鳩山由紀夫、菅直人、仙谷由人の各氏らが大連立に反対した。次の衆議院選挙で政権交代するのだから連立する必要はないと言った。フーテンは当時のブログで「自分たちの未熟さを知らない思いあがった連中」を批判し、「政権交代しても官僚にもアメリカにも歯が立たないだろう」と予想した。

 フーテンの予想はその通りになった。鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦と続く民主党政権は霞が関とアメリカの言いなりで、まさに「悪夢の民主党政権」だった。だから12年の党首討論で野田総理が安倍総裁に解散を約束し、自民党が復権したのは当然の流れだと思った。

 ところが第二次安倍政権は野党に政権を渡さないことに執着した。意図的に選挙の投票率を低くして民意を反映させないようにし、内閣人事局を作って人事権で霞が関を支配し、さらに免許事業のテレビ局に圧力をかけて言論機関を委縮させた。ナチスを真似た独裁政権を目指したのである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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