大人の日帰りウォーキング 夫婦旅で歌をうたいながら歩く夫に対し、恥ずかしいと思わなかった妻の理由
五街道歩きをしている良人と由美子夫婦は、東京都に唯一残っている本陣建物を日野宿で見学して、先に進む。
旧甲州街道はJR日野駅のすぐ手前で左、右、左とせわしなく曲がっている。JR中央線の線路が横切ってしまったからこのような残り方になったのかもしれない。JRの線路を高架下でくぐり抜け、穏やかな坂を上ると古そうな石仏群があった。写真を撮ろうとするとちょうど特急が走り抜けようとする。あわててシャッターボタンを押すけれど少し遅かったようで、何だか中途半端な写真になってしまった。
中央線を走る特急だから「あずさ」か「かいじ」かな。良人は、やっぱりあの曲をうたいたくなり、うずうずしてくる。
「♪は~ち時ちょうどの~♪あ~ずさ2号でえ~♪」
やっぱり、歌うだろうと思っていたわよ。由美子は心の中でつぶやいた。確かにね。中央線の特急電車を見たらどうしても歌いたくなる年代だけどね。
大声で歌っている訳でもないし、ぼそぼそと呟く程度なら、良いかな。しかし、今日の街道ウォーキングでは、歩きはじめでも通り沿いのスナックの名前にはまっていたし、こんな日もあるかな。でも、他人に迷惑をかけていないなら、それで良いじゃない。由美子も一緒に歌おうとしたけれど、いくら小さい声でも二人で歌えば十分怪しくなりそうだ。私は声を出さずに心の中だけで歌おう。
「…♪あ~ずさ2号で~♪私は私はあなたから!旅立ち~ます~♪」あら、旅立っちゃったわ、私。
定年まであと少しとなった夫であるが、旅立たなければいけない程も夫婦仲が悪いわけではない。定年後も良人は嘱託社員として週に4日は働くので、収入面での変化は仕方がないけれど、日常生活では大きく変わらないのではないかと由美子は思っている。
旧甲州街道は住宅街を抜けると大通りに合流し、その先で日野自動車の本社と工場が見えてきた。すると、日野自動車のロゴの看板が立てられている建物の手前にベンツの販売店があった。競合しないから問題ないのかと思いながら歩き進むと、トヨタの販売店までもあったが、通りすがりの街道ウォーカーが気にするようなことではない。大きなお世話と言われそうだ。しかし、この場所に限らず自動車の販売店は近い距離に何軒か集まっている場所が多いような気がするのは自分だけだろうか。
そうそう、日野自動車と言えば…、良人はここぞとばかりに歌い始めるが、もちろん小声である。
♪ど~こ~ま~でも~♪ど~こ~ま~でも~♪は~し~れ~、はし~れ~…♪
よし君、何だか違わない?
最後まで歌いそうになる良人の歌を遮った由美子の判断は正しかった。
良人は少し考えてから、再び小さな声で歌う。
♪トントン♪トントン、日野の2トン♪
正解!素直でよろしい。
由美子は、再び思った。やっぱり私はあなたから旅立たずに済みそうね。
この歳になればオヤジなのは仕方がない。そりゃ、大声で歌われたら私も困るし、恥ずかしいから立ち去る。でも、社会で生活する中でのマナーを守れているならば、ま、良いか。機嫌が良いのは何よりだ。
機嫌が悪い人は苦手。機嫌が悪い人の中には、ただ機嫌が悪いだけの人と、自分の機嫌の悪さを他人に押し付けて何とかしようとしている人がいるような気がする。機嫌が悪いだけの人は、それ以上に周りに影響しないから放っておけば良いかもしれない。しかし、機嫌が悪い人がいるだけでも、なるべくなら近くにいたくない。最悪なのは自分の機嫌の悪さを他人に押し付ける人。機嫌の悪さを共感するように押し付けてきたり、他人に自分の機嫌を取らせようとする。そのような人は、相手の気持ちがわからないのだろうと思う。自分の不機嫌を押し付けられる相手の嫌な気持ちがわからない。自分さえ良ければよいと言う、自己中心的な勝手な考え。そして、不機嫌を他人に押し付けることで、自分の機嫌が良くなることを学習するので、その人にとっては「不機嫌=他人に押し付けると機嫌を取ってくれる」と、問題の解決策を認識する。だから、こういう人には出来るだけ関わらないと言うのが解決策になる。
最近では不機嫌ハラスメント「フキハラ」とも言われるようになってきた。不機嫌を押し出す人に関わるのが大変だと言う意見が形になってきたことは良い事だと思う。
そんなことを思うと、周りに対して気遣いしながら、ボソボソと歌をうたって楽しそうに機嫌よくしている夫は、ただの良いおじさんだ。機嫌が良いのは何よりかもしれない。
工場に面している道路にバス停が3か所も作られている程の広大な敷地の日野自動車を抜けた先、日野台交差点にある公園に次の一里塚がある。日本橋から10里目になる日野台の一里塚はこの場所より50m程東にあったことが書かれており、北側の塚は昭和初期、南側の塚は昭和30年代に取り壊されている。人通りの少ない「ひのっぱら」を行く旅人が一息つける場所であったという。
こんな大きな工場が立てられるほど、何もない場所だったのね。
多摩川と浅川に挟まれている台地だしね。「ひのっぱら」から日野か
国道20号日野バイパスに合流するころには八王子市内に入っており、街道沿いも賑やかになり、お店が多くなってくる。小さな川を橋で渡っているかと思いよく見ると、JR八高線の線路であった。こんな小さなことに気付くのも歩いているからであり、電車や車だと気が付くはずもない。気が付いたとしても、日常生活ではどうでも良い事だ。でも、こんな些細なことに嬉しいと感じるのも悪くない。何だか子供が小さな出来事を発見して大喜びをする気持ちがわかるような気がした。歩く旅だからこそ気が付く小さな発見を積み重ねると、旅がますます楽しくなってくる。
八王子を流れる浅川を渡ると、旧甲州街道は国道20号から北側に分かれていく。八王子宿の手前まで来ると日本橋から11番目になる竹の鼻一里塚があり、立派な石碑が作られている。八王子市の教育委員会が立てられている説明版には日本橋より12番目と書かれているが、甲州街道の一里塚を日本橋から数えてくると、1つ手前の日野台が10番目である為、竹の鼻一里塚は11番目になると思われる。
一里塚を過ぎて先に進むと道路が直進できずにT字路になっている。ここは区画整理などではなく当時からの街道であり、この先の八王子宿の江戸方の場所に造られた桝形が残っている。桝形とは、敵が直進して侵入できないように街道を曲げて整備したと、以前、ブラタモリでこの場所を解説していたのをテレビで観た。
今日は府中宿を出発し、ここまで歩いた距離は15kmを越えている。後、500m程で八王子駅に着く。3回目もよく頑張ったと思う。もう少し頑張って高尾まで歩きたかったけれど、それは遠い。今日も良く頑張った。
良人と由美子夫婦は、この先の高尾駅~相模湖駅を歩いており、八王子で終わると次の予定が組みづらくなる。しかし、八王子から高尾までは5km以上ある。今日はもういいや、帰ろう。途中で美味しい物を買って。
由美ちゃん、新宿でデパ地下によろうか。
今回歩いたコース(府中~八王子) 約16km
今回歩いたコースのGoogleマップはこちら(外部リンク)
参考書籍)ちゃんと歩ける甲州街道 八木牧夫著 山と渓谷社
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次の話:甲州街道峠越えハイキング 高尾~相模湖駅(全2話)