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職場の「クソッタレ」はどれほど悪影響か 組織行動論から対策を考える

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 10月10日、メディケア生命保険株式会社は「ビジネスパーソンの疲れとストレスに関する調査2018」を発表した。

 仕事をしている人1000人に、心身の疲労を感じているかを聞いたところ、「そう思う」は71.5%。予想通り、みんな仕事に疲れているようだ。ギャラップの調査で、仕事にやる気のない人は70%と近い数字が出ているが、心身を酷使していることもまた、働きがいに影響を与えているのではないかと思う。

 また、仕事で疲れやストレスを感じる原因については、「給料が少ない」が34.3%、「人間関係の悩み」が26.7%という結果が出た。「業務量が多い」は22.5%であるから、仕事の多忙さよりも人間関係のほうが、疲れやストレスを感じる原因のようである。同時に「職場にこんな社員がいたら嫌だ」と感じるのはどのような人かも聞いたところ、無茶振りをする上司(45.5%)、気まぐれな上司(42.7%)、パワハラ上司(42.4%)と、嫌な上司に関する回答が3位までを独占した。ようするに職場の人間関係の悩みでは、上司の悩みが大きいようである。

 やる気をもって働くには、よい人間関係が不可欠である。組織行動論の研究から、対策を考えることにしたい。

あなたの職場の「クソッタレ」

 まずは、タイトルに汚い言葉が入っていることを謝りたい。しかし、この言葉は筆者が好んで使っているものではなく、第一級の経営学者がハーバード・ビジネス・レビューに載せた論文で使った言葉である。その研究者とは、スタンフォード大学のロバート・サットン教授。「クソッタレ撲滅ルール No Asshole Rule」を唱えた、超優秀な学者である。

 クソッタレとは、嫌なことをして被害者からエネルギーを奪う人間のことである。同僚と接したときに受ける印象のうち、ポジティブなものは30%だが、ネガティブなものは10%にすぎない。しかし、ネガティブな印象はポジティブな印象が与える影響の5倍にものぼる。サットン教授の言うように「たったひとりのクソッタレに一回会っただけで奪われるエネルギーと幸福感を取り戻すには、5人以上のポジティブな人間と会わなければならないのだ。」

 クソッタレがダメージを与えるのは、直接の標的だけではない。彼らの卑劣な行為を目にした周囲の人々にまで、悪影響を及ぼす。さらには、被害に遭った人は気分を害し、身近な人に当たり散らしてしまう。あなたの職場のクソッタレは、大切な家族や友人にまで危害を加えているのである。

 クソッタレは、利己的に振る舞う。そのため配置転換や欠勤者、退職者の数が増え、社員のやる気が減退し、生産性が落ちていく。クソッタレがのさばる組織では、誰もが仕返しのチャンスを狙っている。そのため非協力的になり、組織のためになることをやろうと思わなくなる。ようするにクソッタレは、会社の経費や業績にも損害を与えるのである。

 そういうクソッタレが上司になると最悪だ。リクルートの調査では、退職理由の本音の第一位は「上司・経営者の仕事の仕方が気に入らなかった」(23%)である。クソッタレ上司は、思いつきで仕事をつくり、それを部下に押しつける。そして成果を自分の手柄にし、失敗は部下のせいにする。社内のルールを自己流に解釈して勝手に破り、周囲をひっかきまわす。リーダーシップと独裁を勘違いし、無理やり人を動かそうとするのである。

 指示待ち人間が生まれるのは、クソッタレ上司のせいである。ハーバード大学のリチャード・ハックマン教授によれば、意識しているか無意識かにかかわらず、上司は微妙なシグナルを発して、自らの権力を見せつけようとする。そうすると、部下は黙り込んでしまい、意見を言わなくなる。クソッタレ上司はこの傾向が強いため、部下は権力者には逆らわず、ミスをして怒鳴られないように、自ら動かないほうが賢明だと思うようになるのである。もちろんクソッタレ上司は、そういう部下を強く非難し、さらに権力を見せつける。こうして悪循環に陥り、組織は壊滅していく。

クソッタレ撲滅ルール

 サットン教授の唱える対策は、シンプルである。クソッタレを許すな、昇進させるな、追い出せ、である。

 サットン教授は、社内にいるクソッタレだけでなく、クソッタレ顧客にも同じように対処すべきだと述べている。顧客からいわれのない攻撃を受けたときなどは、組織として、今後は関わるなと、はっきりと言わなければならない。そのためには、上司が自己保身に走るクソッタレではいけない。部下を守るために頑張る人を上司にし、クソッタレ上司は追い出さなければいけない。

 ただし忘れてはならないのは、上司にもまた、クソッタレになってしまった理由がある、ということだ。コロンビア大学のハーヴィー・ホーンスタイン教授は、いい人も追いつめられるとクソッタレ上司になってしまうと述べている。部下に辛く当たっているのは自分でもわかっている。しかし、挫けそうになったとき、心の均衡を保つために部下のせいにし、攻撃してしまうのである。人間は、自尊心をなくすような状況では、利己的な行動に出てしまう。そうでもしないと、自己の存在意義がなくなってしまうように思われるのである。

 根本的な解決方法は、生き生きと働ける環境をつくることであろう。やりがいのある仕事、成長できる仕事を与え、ミスをとがめず、ノルマノルマで締めつけないことが、クソッタレを生み出さないためには必要である。人間は環境で容易に変わる。社員のやる気を引き出し、自ずから成果を上げようとする職場づくりから始めようではないか。

【クソッタレ撲滅ルール】

1. クソッタレ撲滅ルールを紙に書きだし、実践すること

2. 人事採用業務にタッチさせないこと

3. できるだけ早急に追い出すこと

4. クソッタレは「無能な社員」だとみなすこと

5. 権力格差と生産性のパラドックスを把握すること

6. 社員の昇進審査は慎重に行うこと

7. 日常的な小さなことに目を向け、改善すること

8. 建設的なケンカの模範を示し、鍛えさせること

9. 一人くらいのクソッタレは反面教師になると考えること

10. 会社の大きな理念と、社員の小さな努力を大切にすること

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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