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ますます分かれるスーパーの明暗 消費者が求めるのは「安さ」ではない

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:イメージマート)

 物価の値上がりが続くなか、スーパーなどの小売業界各社の業績もまた、かんばしくない状態が続いている。

 まず、イオンの2025年2月期第2四半期決算では、総合スーパー事業全体で82億6000万円の営業損益となった。また、ライフコーポレーションは営業利益が前年同期比1.4%減の122億円。オークワについては、営業利益65.1%減の2億4,600万円と大幅な減益。東京では、マルエツなどを運営するユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスもまた、6億5,000万円の営業損失を計上。地方でも、中国・四国エリアに店舗展開するフジは、営業利益14.6%減の51億円という状況である。

 物価の値上がりに対する消費者の買い控えへの対策が、功を奏さなかったことが原因であろう。記事を読むかぎり、新規出店や新たな施策により売上は増収となった企業も多いが、食料品などの生活必需品に関して、物価上昇分に相当するほどの支出を、一般の家計事情は許さなかったようである。

 ところで、経済学やマーケティングの用語において、生活必需品と対義語となる言葉に嗜好品がある。必需品は生活の上で欠かすことのできないものを指すが、対して嗜好品とは、なければないで生活には困らないものを指す。食料品の場合、前者が栄養やエネルギーを摂取すること、後者は味や風味などを楽しむことを目的としている。あるいは、前者を身体の健康、後者を心の健康と読み替えても、ひとまず差し支えなかろう。

 しかるに、いまの時代に純粋に栄養やエネルギーを摂取するための食事など、あるものだろうか。およそ高度経済成長期ごろから、毎食には楽しみの要素が増えていき、食事は豪華なものへと変わっていった。つまり食のほぼすべてが嗜好品の類となったのだが、むろん嗜好品にも、栄養やエネルギーは含まれる。食の楽しみは求めれば際限がないのだから、昨今、肥満や生活習慣病が問題となったのは当然といえば当然である。

 ようするに、貪るばかりに摂取してきた今までが異常だったのであるが、さりとて人は、快楽や充足を求め続けるものである。そうであれば、新たな嗜好、新たな人びとの満足のあり方を創出できれば、他のスーパーとは異なる独自価値を示すこともできるようになろう。

ドンキには安いから訪れるのか

 ドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは、2024年6月期の決算時において売上高2兆950億7700万円と2兆円を突破し、35期連続の増収増益を達成した。純利益では、はじめて800億円を超えている。

 ときに、ごちゃごちゃ感がドンキの魅力と評する人がいるが、経営が分かっていない。ごちゃごちゃは結果であり、目指すものではないのだ。ドンキの企業原理は、顧客最優先主義と、それに伴う徹底的な現場主義である。よってドンキでは、店舗を企業の「売り場」ではなく、消費者一人ひとりの「買い場」として捉え、各種の施策を打ち出している。

 顧客最優先主義ということは、顧客に近い現場に対し、最大限に権限移譲するということだ。吉田直樹CEOの著書『ドンキはみんなが好き勝手に働いたら2兆円企業になりました』によれば、ドンキでは各々の事業責任者が大きな裁量権をもち、物事を「好き勝手」に進めるのだという。同様に社員もその文化の中で活動し、「空気を読んで中庸を求める集団ではなく、『目標に向けて、一人ひとりが自律しており、戦う集団』になっている」。

 例えばプロテインブームが到来したが、パッケージをそのまま販売しても、一般消費者には何が自分の味覚に合う商品なのか分からない。だからドンキでは、まずは気軽に一杯100円で確かめてもらうべく、プロテイン自販機を設置した。良いと思ったら、1kgほどの既製品を買ってもらえば、その後の消費者の満足は保証される。消費者の動向や振る舞いを観察しなければ、打ち出せない施策である。

 PBの情熱価格においても、安さやコスパの追求ばかりでなく、消費者から商品に対するダメ出しを募集し、その声をもとに商品の改善に取り組んでいる。PBはプライベートブランドではなく「みなさんと一緒につくるピープルブランド」。よってドンキでは、まずコミュニティサイト「ダメ出しの殿堂」を設置し、さらに進化させた「マジボイス」により、商品の魅力を高めている。

 たしかに安さは重要だが、実際には消費者は、安ければ何でもよいとは思っていない。それよりも、いま自分が抱えている要求や欲求を理解してくれて、最適な手段で提供してくれることを望んでいるのだ。その上で価格が適正であれば、「安物買いの銭失い」よりも、得られる満足が大きいことを消費者は理解している。

現場でゴリゴリやる姿勢

 前にも書いたが、伊丹十三の映画に『スーパーの女』という作品がある。これは事業の立て直しにおいて、一人ひとりの現場担当者の姿勢やマインドが、いかに大切かを表した作品である。

 実際には必需と嗜好の両方が求められる食料品においては、必需品においても人の嗜好を正しく捉える必要があるが、しかし嗜好は、売り手があらかじめ把握できるものではない。酒を飲んだことのない者には酒のよし悪しが分からないし、二郎系ラーメンが世に存在しない状態では、食べたいと望む者は一人もいないのだ。

 よって、まずはテスト品となる現物を作って、消費者に示してみる必要がある。試食会も悪くはないが、それでは実際に購入され、また好評が得られるか分からない。そのため実際に陳列棚に並べることで、訪れる消費者の反応を確かめる必要がある。そこから、何をどう改善し改良すればよいかを判断して、本格的に展開する方法を考えるのである。

 購買データも参照した方がよいが、より重要なのは、人の目で見、耳で聞いて、感触を確かめることだ。消費者の声は大切というが、消費者は本音と建て前は表明してくれるものの、自身の本心や無意識には気づいていない。そのため、観察の際には消費者の様々な行動にたえず疑問をもち、仮の答えを提示した上で、さらなる観察を通して、真意や真相を理解するよう努める必要がある。

 事業開発にせよ商品開発にせよ、現場の感触を得て、そこから学ぶことが成功への道である。よってビジネスの世界では、トライアル&エラーの手法が説かれるが、エラーで終わらせては困る。本当に必要な姿勢とは、テスト&ラーンであり、学びを次の行動に活かす姿勢である。学習と行動の連続サイクルにより、事業が次に進むためのポイントを把握し、都度の施策を打ち出しながら、学習と行動のサイクルを機敏(アジャイル)に回し続けるのである。

 多くの人の勘違いは、事業にせよ人生にせよ、物事の成否は身に付けた技術や能力で決まると思っていることだ。実際には、成否はマインドや考え方、プロセスで決まる。どれほど研がれた包丁を手にしても、よい料理を作りたいとのマインドと、実際に料理をふるまうプロセスを知らなければ、料理人として大成しないのと同じである。

 顧客から学び、現場から学び、同僚から学ぶのである。蓄積された経験知=暗黙知の中から、実践における具体的かつ妥当性のあるアイディアが生まれ、そして新たな学びの機会を得ることができる。そのように一人ひとりが意識し、また相互に働きかけ影響しあうとき、企業は顧客とともに発展し、また強固な関係を築くのである。

 最後に恒例の、皇學館大学の経営革新オンライン講座を案内したい。ドンキと同様に業績好調のベイシアグループは、カインズやワークマンを擁し、2020年には売上1兆円に到達した。グループ内の総合スーパー事業を担う株式会社ベイシアの執行役員・マーケティング統括本部長である井上博之氏は、まさしく現場感をもち、ゴリゴリやる姿勢で成果を収めてきた方だ。一般開放型の無料オンライン講座であるから、ぜひご聴講願いたい。

お申込みURL

https://forms.gle/tTSaF2tLzy76te1r6

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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