朝ドラ作家・足立紳 登場人物のモデルは身近な人たち #春よ来い、マジで来い #ブギウギ
小説創作秘話から朝ドラ裏話まで
笠置シヅ子さんをモデルにした昭和のスター歌手をヒロインにした“朝ドラ”こと連続テレビ小説「ブギウギ」が注目されている。ヒロイン・スズ子(趣里)が大阪から上京し、歌手として本格活動。でも決して順風満帆ではなく、ジダバタすることは目白押し。
脚本を手掛けている足立紳さんは、人間のみっともなさとすてきさはイコールであると、そして、誰もが自分のことを正直に書けばダメなところもあるものなのにそれにフタをしている、と思っていると語る。
(足立紳インタビュー前編より)
足立さんの小説「春よ来い、マジで来い」は足立さん自身の体験をもとにした自伝的小説で、ダメなところをフタすることなく、みっともなさを赤裸々に描いてすてきだ。
足立さんが映画「百円の恋」(2014年公開)で注目され、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞したのは40代になってから。若い頃はなかなか認められなかったもがきが「春よ来い、マジで来い」のなかでのたうちまわっている。
「ブギウギ」も実際のモデルに、自身の身近な人をプラスして造形しているそうで、いろいろな作品にモデルのように登場する、足立さんと関わりのある身近な方たちのお話や、映像脚本と小説の書き方の違いなどを伺う。朝ドラの裏話もあります。
漫画「若者たち」とか「まんが道」とか「トキワ荘の青春」のような集団生活ものがやりたくて
――ご自身の作風が世間に受け入れられるようになるまでに時間がかかった理由をどう思いますか。
足立「今でも受け入れられているとは思ってないです。大ヒットしたような作品もないし。ただ、やっぱりなかなか作品化されなかったわけは、技術が追いついてなくて、伝わらなかったのかなとは思います。それがようやく、少しまともに書けるようになってきて、作品化されていくようになったのかな」
――「弱虫日記」が「雑魚どもよ、大志を抱け!」に、「14の夜」は同名の映画に、「乳房に蚊」は「喜劇 愛妻物語」にと、足立さんの作品は、小説が先行し、その後、映画化されています。映画化したいという気持ちがあって小説を書いているのでしょうか。
足立「『乳房に蚊』が初めて書いた小説で、きっかけは出版社のかたから『小説のネタになるようなものありませんか』という問い合わせでした。ボツになった映画化企画でも良いと言われたので、映画のプロットをお見せしたんですよ。そしたら、これを小説にしましょう、と言われて」
――これまでも何作も小説を書かれている足立さんが、「キネマ旬報」で小説「春よ来い、マジで来い」を連載したきっかけはなんだったのでしょうか。
足立「担当編集者の川村夕祈子さんから『何か書きませんか』『小説はどうですか?』『せっかくなら映画化されるようなものを』みたいな感じで声をかけられて、『あ、じゃあ』と。そのときは題材も内容も何も頭になかったですが、せっかくそういう話をいただいたなら書かせてくださいということで始まりました。永島慎二先生の『若者たち』とか藤子不二雄先生の『まんが道』とか映画『トキワ荘の青春』(96年)のような集団生活ものがやりたくて、ちょっとしたプロットみたいなものを以前に書いてもいたので、それをお見せして、『これを小説化してもいいですか?』というような感じで提案しました」
――映画の雑誌だから映画学校の話を書いたわけではない?
足立「僕の30歳前後の頃が映画に関する出来事が多かったので、それはもう、それをそのままっていう感じです。ただ、プロットはごく短いものだったので、そこから膨らませています」
――ご自身の体験談を嘘と本当を混ぜて描かれるとのことで。それはお母様が、子供の頃、作文の書き方を指南してくださったというお話を聞きましたが、すてきなお母さまですね。
足立「すてきな面もあれば、どうしようもないところもあるんですけどね(笑) 『ブギウギ』の水川あさみさんが演じる母親の親バカなところは似ていて、こないだ父親と母親が出かけたときに『ブギウギ』の話をしている人がいて、母親が『うちの息子が書いてるの、おもしろいでしょ』と見ず知らずの人にいきなり言ったみたいで、そういうところは素敵さとみっともなさが同居していて、思わず作品のキャラにしたくなります」
――お母様も創作的なお仕事をされているかたですか。
足立「いえ、全然してなくて。でも、もしかしたら何らかの表現者みたいなものになりたかったんだろうなというのは、後になってから感じだしました。結婚するまでは、少しだけ出版社で働いていて、そこを辞して、鳥取の田舎に嫁いだんです。僕の中では、何かの夢を諦めたのかなとか、もしかしたら結婚に逃げたんじゃないかなと大人になってから親の人生を想像したりしていました(笑)。母親は今でも絵の教室とかに通って、必死に何かいろんなコンクールに応募したりしていますよ」
――お父様は。
足立「うちの親父はボンボンで、おじいちゃんが医者なんです。で、親父のお兄さん、僕の伯父さんも医者で、親父も医学部を目指していたようですが、根が僕に近いと言うか、僕が親父に近いんでしょうが、勉強が好きじゃなかったんでしょうね。それでも東京の大学には行って、卒業してからも一応は働きながら、でも美味いものばっかり食ってたみたいです。今でも食べることが大好きです。互いに学生時代に父と母は出会ったんですが、父は医者のおじいちゃんに早々に鳥取に戻されて、ガソリンスタンドを作ってもらってそこをやりはじめました。東京でブラブラしている父親をおじいちゃんは見かねたんじゃないかと僕は思ってるんですけどね(笑)」
――足立さんの作品だと、男の人が創作の夢を持っていて、女性が支え、叱咤激励するという構造ですけれど、足立家は、お母さまのほうが創作を夢見ていた?
足立「父親はそんなに野心家ではないですね。母親は今でも割と野心むき出しみたいな感じですけど(笑)。母親はほんとに今でもかなり熱心に絵をかいてますよ。すっごい大きなキャンバスとかにも。数人の友達と掘っ建て小屋みたいなのを借りてアトリエかわりにしていたこともありました」
「しょうがねえな、お前ら」と大目に見てくれる人たちのおかげで今までやってこられました
――「春よ来い〜」の主人公は、足立さんのご両親を混ぜたような感じなのかもしれないですね。今回、ご自身の青春時代の葛藤や、仲間たちのことを小説に書いたことで、改めてその時代や関わった人たちについて思ったことはありますか。
足立「おもしろいやつらがいたんだなっていうことは改めて思います。いつの時代も僕は、周囲にいる友人たちに恵まれたかもしれません。それは決して、友達同士で助け合うとか、そういった美しいことではないですけど(笑)、映画や小説のキャラクターになる、ユニークなやつらがいたんだなって」
――映画の現場にはこんなに人情のあるいい人たちがいるんだな、と思いました。
足立「イヤな人のことは書いてないですね」
――いやな人たちあるあるとして笑えるものになっていて。しゃれにならないイヤなこともあったんでしょうね。
足立「もちろん、イヤなこともいっぱいありました」
――今、映画の世界はハラスメント防止に努めていますが、人情のあるいい人たちもいるんですね。
足立「小説に出てくる助監督の多田さんとか僕のような人と仕事をするには、やっぱりいい人じゃないと無理だと思うんですよね(笑)。映画の現場に入って一日で『お前、無理だから帰れ』と言われちゃったりするような僕らを、『しょうがねえな、お前ら』と大目に見てくれる人ってほんとにいるんです。仕事に限らずそういう人たちのおかげで何とか今までやってこられました」
――人物描写をはじめとして、さりげない描写にリアリティを感じます。「春よ来い〜」では、例えば、アパートの壁にアスベストが使用されているんじゃないかって気にするところで、古いアパートに住んでいたんだなと感じました。
足立「20年以上前のことで。壁の素材がポロポロポロポロ剥がれ落ちてきて、キラキラしているというような壁は最近あまり見ないですよね。そのときでもあんまりなかったですけれど。たぶんそのころに、アスベスト被害のニュースが報道されていたから気になったんでしょうね(笑)」
――映画やドラマの脚本家が小説を書くことも少なくないですが、脚本家のかたの小説はセリフが多い気もして。でも足立さんはそうではなく、ディテール描写に読み応えがあります。
足立「僕は、小説に関してはやっぱり素人だと思いますけれど……。ダイアローグだけで5ページも6ページも書いてしまうと、小説の意味はないんじゃないかというような気もしますから、いかにも脚本家がサクッと書いた感じにならないように、気をつけてはいます。なるべく、密度が濃そうに見えるように(笑)。脚本では、基本的に、人物の心情をはじめ、目に映らないものは書いちゃいけない、みたいなことを言われてきたので、そういう部分を描写することに飢えているところはあるのだろうなと思います」
――台本では「ト書きはあまり書かないほうがいい」と言われると聞いたことがあります。
足立「そうですね。なるべく簡潔に、と言われます。書きすぎると、要は、読むスタッフや俳優の想像力を刺激しないということなんです。こちらとしては『これぐらいのことは指定したいけれど』という部分もちょっと我慢して、そこはスタッフや俳優に委ねたほうがおもしろくなる可能性もあるから、というような。ただ、海外の脚本は違うみたいですけれど。もうちょっと小説に近いというか、具体がもう少し書いてあるみたいです」
――足立さんの脚本は簡潔になっているのですか。
足立「いえ、僕はけっこう書いちゃうほうなんですよね。特に、ここぞっていうところは、登場人物の気持ちや比喩を書きますね。例えば、朝ドラでは、映画の台本よりは心情的なものを書くことに寛容という印象があって、書き込むこともあります。朝ドラは1話15分と短いので、セリフだけのやり取りに終始すると、たとえ、スタッフと打ち合わせしていても、伝わりきれない気がして。ここは割と複雑な心境だから、一行、入れとくか、というようなことはしました。あと、朝ドラだと、ナレーションが入ることが当たり前のようになっていて、『ここはナレーションを入れておいたほうがいいですよ』とアドバイスを頂きました。僕としてはナレーションを入れなくても大丈夫じゃないかなと思うようなところにも、念のため入れています」
「ブギウギ」裏話 六郎のモデルは 大和と橘の関係は
――朝ドラの話が出たところで、「ブギウギ」では六郎くんに思い入れがあるのだと番組のプロデューサーから伺ったのですが。
『朝ドラのつかみは子役にかかっている 「ブギウギ」澤井梨丘(ヒロイン)と又野暁仁(弟役)はいけるぞ』
足立「六郎は、自分の息子をモデルに書いたんです。小5の息子がドラマを観ながら『六郎、お前、空気読めよ!』とか言っていて。お前のことだよって思いながら観ています(笑)」
――自分がモデルであることはわかっているんですか?
足立「それは言いましたけどね」
――喜んでいますか?
足立「どうなんでしょう、喜んでいるんだか喜んでいないんだかよくわかんないです(笑)」
――でも観ているんですね。
足立「『俺?』とか言いながら。『もっとひどいでしょ、俺』とか自分で言ったりしています」
――ペットの亀は、なぜ亀なんですか?
足立「うちの息子はカエルが大好きな時期があって面白いなこいつと思ってみていたんです。でもカエルを映像で出すのはちょっと難しいと思って、亀にしました。亀だったら簡単に用意できるし、扱いやすいので。息子もそうなんですが、なにかひとつのことに執着して、すごく詳しくなることってあるんですよね。そういう感じを描きたいと思いました」
――帽子にまでなって。台本に書いてあったんですか、帽子は。
足立「書いてあります。うちの息子はホラー映画もすごく大好きで、しょっちゅうブギーマンなどのマスクをかぶってうろうろしているんですよ。そういうキャラクターもいつかドラマや映画に出したい。いるだけで面白い。実生活は疲れることも多いですけど」
――朝ドラに関して、もう少しだけ教えていただきたいところがあって。「あさイチ」に大和礼子役の蒼井優さんが出たときに、橘アオイを名前で呼ぶシーンがなかったという視聴者の問いに、蒼井さんが、本名で呼んでいると解釈したというようなことを言って、それがネットで「すてきな解釈!」「尊い」と盛り上がっていました。足立さんはなぜ名前を呼ばせなかったんですか。
足立「なんでだろうなあ……たぶん、橘アオイが大和礼子を『礼子』と呼びかけているところもないんじゃないかと記憶していて。それは恐らく、漫才コンビなども、付き合いが長くなるとほぼ、名前を呼び合わないっていうような感じなのかなと自分では思っています」
――夫婦でも「おい」とかしか言わないというような。
足立「だから、あの二人が連れ立って、梅丸少女歌劇団の近所の、ジャルジャルさんが演じているカレー屋さんに行くこともないと思うんですよね。お笑いコンビとかも駆け出しの頃を過ぎて長くいると、二人きりで食事することってほとんどなくなると聞きます。礼子とアオイも、桃色争議のような、ものすごく大変な局面になったときは、裏で二人で話すこともあるでしょうけど。二人の関係は僕の中ではいろいろなことを超えちゃっている気がします」
――ドラマも小説も、そういうディテールに人間くさいリアリティが宿っている気がします。足立さんのプロットが続々と小説になり、映画化されています。文学の道と、映画の道、どちらかを選べと言われたら?
足立「小説家の道はないと思っています。なにか書きませんかと言われたらもちろん書きますが。小説家の人からすると『あんなやつのなんて、小説じゃねえよ』っていうぐらいの感じだと思うので(笑)。小説家としてやって行くぞ、なんてことは思ったことも考えたこともないです」
――やはり映画人であると?
足立「まあ、そうですね。いや、映画人であるというようなそんな偉そうなことではないですけれど(笑)。そっちしかできないですからね」
profile
あだち・しん
1972年、鳥取県生まれ。2014年「百円の恋」が第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。映画監督作に、「14の夜」「喜劇 愛妻物語」「雑魚どもよ、大志を抱け!」など、テレビドラマの脚本に「拾われた男」、連続テレビ小説「ブギウギ」など、小説に「乳房に蚊」(文庫版は「喜劇 愛妻物語」に改題)「それでも俺は、妻としたい」「したいとか、したくないとかの話じゃない」などがある。「雑魚どもよ、大志を抱け!」がTAMA映画賞、作品賞受賞。
脚本家を目指す大山孝志は、助監督、ピン芸人、小説家志望の男たちと4人で、阿佐ヶ谷のアパートで共同生活を送っていた。長くつきあっていた恋人に別れを切り出されると泣いてすがったり、実家の母に仕送りを無心したり、脚本コンクールに応募するにあたり有名な作品をパクったり……。孝志のちょっとみっともない青春の日々の物語。