Yahoo!ニュース

#ブギウギ の脚本家・足立紳「人間のみっともなさとすてきさは、ほとんどイコールみたいなもの」#朝ドラ

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
脚本家で、小説「春よ来い、マジで来い」を上梓した足立紳さん 撮影:川村夕祈子

“朝ドラ”こと連続テレビ小説「ブギウギ」の脚本を手掛けている足立紳さんの小説「春よ来い、マジで来い」は、自身の体験をもとにした自伝的小説である。

「ブギウギ」のお父ちゃん・梅吉(柳葉敏郎)は映画の脚本を書く夢を捨てきれないでいるが、小説の主人公も映画の脚本を書いている。

「春よ来い、マジで来い」は映画の脚本を書いているが、なかなか芽が出ない主人公とその仲間たちの笑えて泣ける青春もの。恋人は業を煮やして去ってしまうが、主人公は諦めきれない。果たして復縁はできるのか――。

仕事も恋もうまくいかないけれど、いい仲間はいる、誰にも覚えがある青春の時間。主人公の情けない(足立さんいわく「みっともなさ」)が、嫌いになれない絶妙な塩梅で書いてあり、他人事には思えず、応援したくなる。映画業界あるあるもあって、いい人もいるけどいやな人も、捨てる神あれば拾う神もいるよなあ、と共感しながら一気に読める。

足立さんの書く登場人物は、立派な人ではないけれど、それでも皆、とても魅力的。どうしてこんなふうに描けるのだろうか。梅吉を筆頭に、ちょっと頼りない人たちが出てくる「ブギウギ」の話も交えて語ってもらった。【前編】

小説では、実体験に寄せて書いているものが圧倒的に多いです

――「春よ来い、マジで来い」の主人公は、足立さんがモデルだそうですね。

足立「そうです。基本的に、僕自身が映画学校の仲間たちとうだうだやっていたことをそのまま書きました。阿佐ヶ谷のアパートに共同生活している4人には、僕を含め、モデルがいて、3人には書く前に一応許可を得ました。とはいえ、嘘っぱちもいっぱい入っていますけれど(笑)。本当のことに嘘をだいぶまぶしてデフォルメして書いています」

――とても面白い物語は嘘とほんとが入り交じっているんですね。嘘部分のアイデアはどんどん湧いてきますか。

足立「普段から盛って話す癖があるんだと思うんですよね(笑)。盛って話すのは母親の影響なんです。小学校のとき、連絡帳というものがあって。学校の先生に毎日、ちょっとした日記を提出していたのですが、僕は基本的に、母親の口述筆記をしていたんです。日々の出来事を正直に書いてもおもしろくないからと、事実をもとに、母親が脚色して、先生の返事を楽しみに待つ、みたいなことが母親の趣味になっていて。その経験から、事実に盛り付けしていくようになったのではないかと思っています」

――盛っているのだとしたら、小説を読んで、足立さんはこういう人なんだと思われたら困っちゃいますか。

足立「いや、でも……それよりももうちょっと、本当の僕はひどいです(笑)。もう少しろくでもないです(笑)」

――小説や映画の主人公を思い浮かべ、頼りなさげな感じのかたを想像していたら、そんなことなくて、ちゃんとしているように感じているのですが(笑)。

足立「ちゃんとしているように見えるなら、そう見せかけようとしている芝居だけは心がけているので、今日はうまくいっているのだと思います(笑)」

――これまでの作品は、「乳房に蚊」、「したいとか、したくないとかの話じゃない」、「それでも俺は、妻としたい」など、夫婦の物語が多かったですが、「春よ来い、マジで来い」の恋人・ユキさんは奥様がモデルではない?

足立「奥様ではないです。なので、奥様がなかなかこの小説に興味を示さないという(笑)」

――(笑)純愛みたいな感じだからですか。

足立「そうですね。僕はあんまり女性と付き合ったことがなくて、ユキさんは初めての恋人のかたをモデルにして書いてはいるので、なんか鼻で笑うような感じがあるんじゃないですかね、妻からすると」

――確かに、パートナーの元カノ、元カレの思い出を聞いて喜ぶ人はそんなにいないですよね。

足立「僕はどっちかというとちょっとマゾっ気があるので、聞いたりしますけど(笑)」

――それもまたネタにするんですか。基本的には人の話を聞いて、取り入れていくスタイルですか。

足立「けっこうそういうところはありますね」

――聞き上手でいらっしゃる?

足立「聞き上手かどうかはわからないですけど、誰かの話を聞いて、『こいつ、こんなことがあったんだ……そうなんだ……』と意外に感じた部分を、『ちょっと借りてもいい?』と許可を得たうえで書くことはあります」

――まったく未知なことを想像するよりも、自分の身近なことのほうが書きやすいですか。

足立「それはケースバイケースではありますが、身近なことはやはり書きやすいですし、小説では、実体験に寄せて書いているものが圧倒的に多いです」

――青春時代はすてきな恋人や友人がいて、結婚するとすてきな奥様がいて、どちらも映画の題材になっているんですよね。

足立「結局、誰の人生を描いても面白くなるんだと思いますけどね(笑)」

――「弱虫日記」が小学校時代、「14の夜」は中学時代、「春よ来い〜」は青春時代、「乳房に蚊」は結婚生活と、足立さんのサーガが出来上がっていっている。私小説的なものをずっと書いているんですね。

足立「西村賢太さんが好きですし、田山花袋の蒲団とかああいう小説が好きです。私小説が。僕はたまたまそうなっているだけで、西村賢太さんみたいな凄味はゼロですが」

――西村賢太さんもどうしようもない主人公を描き続けていましたね。

足立「僕は、人間のみっともなさとすてきさというのは、もうほとんどイコールみたいなもんなんじゃないかっていうふうに思っているんだと思います」

――昨今、「ダメな人は見たくない」というような世間の傾向があるなかで、「みっともなさ」もすてきという書き方にはすごくホッとします。

足立「ありがとうございます。なかなかそう言っていただけることはないのですごくうれしいです」

――創作ではそのみっともなさを盛るんですか? それとも、美談を盛るんですか?

足立「どっちを盛っているんだろうなあ。でも、みっともなさのほうが若干盛っているのかもしれないですね。美談はあんまり盛ると気持ち悪いですし。だから、盛るというか、なるべく気持ちに正直に書いています。正直に書けばみっともなくならざるを得ないですから」

――「ありのまま」という言葉もありきたりな言い方で申しわけないですが。

足立「でも、けっきょく言葉にしちゃうと、そういうことなんだと思うんですよね」

――最近は、ダメな人を見たくない視聴者のために、実はいい面もあるとか、内心こう考えていた、という描き方をする作品が増えてきました。

足立「『実はこういう面があった』っていう書き方にはなるべくならないようにとは思っています。けっきょく『実は』というのは、頭で考えて作った、なんか作りものっぽい感じがどうしてもして……」

「ブギウギ」より 梅吉とツヤ 写真提供:NHK
「ブギウギ」より 梅吉とツヤ 写真提供:NHK

自分のダメなところにはフタをしてダメな人を作ろうとするから

――いま放送中の朝ドラ「ブギウギ」にもちょっと頼りないお父さん(梅吉〈柳葉敏郎〉)が諦めきれず映画の脚本を書き続けている設定で、もしかして足立さんに寄せているのかなと思ったのですが。

足立「やっぱり自分を含めて近い感じの人たちを書いています。ただ僕、実は朝ドラをこれまでちゃんと観たことがなくて。それで、執筆にかかるにあたって、何作か見たんです。全話ではなく、ちょっとさわりだけでも勉強のために観てください的な感じでいくつかの作品を送っていただいたりもしたし、それ以外でも、オンデマンドで配信もされている作品を自主的に観たら、必ずと言っていいほど、ダメなお父ちゃんや家族が出てくるんですね。でも、これは批判ではないですが、僕から見たら、『こういう人をダメな人って言うんだ?』と思ったんですよ。ちょっと違和感があるというか、『こういうダメな感じってある?』って。リアリティがないって言いますか。うまく言えないですが、『ダメな人』というキャラクターを、一生懸命こさえようとしている感じがして。こんなダメな人はいないよ、と思うんですよね(笑)」

――極端にダメな人を作っている。もしかしたら、そんな人はいないという思いが、ダメなキャラを批判する流れになっているのかもしれないですね。

足立「実社会でもちゃんとした人って、実はそんなに見たことないなっていうのがあって(笑)。類友なんて言ったらよく一緒に仕事をしている人たちから怒られそうですが。どんなに社会的地位がある人でも、自分のことを正直にありのまま書けば、大体はダメになるんじゃないのと、僕は思うんですよ。それをみんな、自分のダメなところにはフタをしてダメな人を作ろうとするから、こんなダメな人いる? というようなキャラクターになっちゃうんじゃないかな、と思うんですけどね。『ジョー・ブラックをよろしく』のアンソニー・ホプキンスの演じた役のような方も稀にいらっしゃるとは思いますが」

――自分のダメなところにはフタをする、というのは鋭い指摘だと感じます。主人公・スズ子(趣里)のモデル・笠置シヅ子さんのお父さんは梅吉のような人だったのですか。

足立「ドラマもそう書いていますが、梅吉は育ての親で、でも資料を読むと、ちょっとダメな人だったんじゃないかと感じました。『夫婦善哉』で森繁久彌さんが演じた柳吉のような匂いをうっすらと感じて。その方向で書いていこうと思いました」

――お母さん・ツヤ(水川あさみ)のモデルのかたも、ドラマのようにしっかりした人ですか。

足立「しっかりはされているとは思いますが、ドラマほど分かりやすく子ども万歳な感じや、底抜けの明るさみたいなものを醸し出していらしたのかどうかは分かりません。史実のお母さんからはもうちょっと何て言うか、業の深さを感じました。それはもちろん魅力的な意味です。そこに僕の妻と母親を足したような雰囲気で書いています」

――業の深さは、いつもの足立さんが書く女性像とはまた違う?

足立「そういう面も、これまでの作品で書いているつもりではいます」

夢を見ている男の人を一生懸命支える女の人の話という見え方は好きじゃない

――小説でも、ユキをはじめとして、女性が皆、しっかりしています。それもまた、ともすれば今の時代、「女性が男性を支える図式はいかがなものか」というような意見は出てきませんか。

足立「映画『喜劇 愛妻物語』(20年)のときにも言われました。でも、支え合っていれば別に良いと思うんですよ。僕は50/50な人間関係というのも、なかなか成立しないのではないかという気がして……。夫婦関係が濃密になればなるほど50/50の関係というのは難しいのではないか、という思いもあります。もちろんそうなれば理想的ですし、そこを目指すべきなんでしょうけど。でも、例えば『〜愛妻物語』の奥さんだとしたら、彼女には『こういうふうになりたい』という野心は特になくて。それの何が悪いのかという気が僕はするんです。むしろ、野心がなく、他者を支えていることを責められているみたいな気分にもなってしまうのではないかなと。傍から見れば、男の人を支えてるということにはなっちゃうのかもしれないんですけど……。僕は、夢を見ている男の人を一生懸命支える女の人の話という見え方は好きじゃないし面白いと思いません。男側の一方的に理想的な女性像に見えるかもしれないけれど、そうじゃなくて、ちゃんと精神が自立していたり、生活に意味を見出していたりすれば、仮に旦那に稼ぎがなくて、表面的に女性が家計を担っているというふうに見えるとしても、女性がちゃんと誇りをもったり、ときにはこれでいいのかと迷ったり、相反するようなものを持ちながらも、必死に生きているんだ、ということが見えれば良いのかなと思っています。それは男女問わずどんなキャラクターでもそうだと思いますけど」

――「ブギウギ」大阪編では、梅吉のほかにも、アホのおっちゃん(岡部たかし)、股野(森永悠希)など、いささか頼りない人がたくさん出てきましたが、東京編はどうなりますか。

足立「やっぱり基本的に、男の人はどっちかというと、いわゆるダメなタイプ、ダメという言い方も好きではないですが、苦手なことが多い人間だから俺、と妻には言いますが、そんな人が多いです。例えば、下宿先も、チャッチャカ働く奥さんチズ(ふせえり)と、元力士で、ほぼろくにしゃべらない旦那さん・吾郎(隈本晃俊)という組み合わせですし。羽鳥善一(草彅剛)の夫婦関係も、どちらかというと、音楽の才能はあるけども他のことは何にもできない羽鳥と、音楽に全く興味がなくて、でも、自分がこれをやりたい!という野心も特にはなく、そこにきっとかすかに複雑な思いも感じながら、時に羽鳥に毒づいてるというような奥さん・麻里(市川実和子)という設定になっています。やっぱり基本的に男の人は出来ないことが多いという役柄が多いですかね。ただ、できないことに胡坐をかいている人はいやだし、できるようになろうと頑張る人もキャラクターとしては出したくない。他人に感謝しながらもたれかかって生きているという人が多いですね」

――そのぶん、女性が輝く?

足立「輝かざるを得ない、という感じになっています(笑)。でも、こういう言い方は女性に甘えさせてくれよって言ってるんだろうなと思います。吐き気がすると妻から言われる部分です」

――これから出てくる、スズ子の最愛の人物も、ダメな人なのでしょうか。

足立「かなりのぼんくらにしたかったのですが、主人公が惚れる人物なので、格好良くというか、こういうところが好きになっていったんだな、というようなことがわかる描き方はしています。基本的には、登場から少しダメな部分が目立つというタイプの人ではあります」

――そうすると、ヒロインもまたダメな人を支えることになってしまうという?

足立「いや、支えるというか、どっちかというと、ヒロイン自身もあえて恋愛に慣れてない感じで描いてきたので。なんかこう、やや痛いカップルに見えてもいいんじゃないかな、と思って(笑)。」

――朝ドラのほか、「拾われた男」や「六畳間のピアノマン」などNHKドラマの脚本を足立さんは手掛けているので、「春よ来い〜」をNHKでドラマ化してもいいような気がしますね。

足立「NHKでもどこでも構いませんが、連ドラにしてくれるなら、原作料なんかいらないくらいですね。お願いしますからしてくださいと、頭なら何百回でも下げます。ただ、テレビドラマだとエロシーンだけはどうするか、という懸念はあります(笑)。ドラマにするなら切ってもいいんですけどね。というか切らざるを得ないでしょうし。『春よ来い〜』には、読む人によってはちょっと……と思うような描写もありますが、大丈夫でしたか?」

――私は大丈夫でした。艶笑譚的なところも足立作品の特徴で。それこそ、そういう部分にフタしていく時代に抗っている足立作品は素晴らしいですよ。

足立「(笑)。フタし過ぎですよね、今はほんとに」

――そういう時代に「抗うぜ!」と強気でいくと引かれちゃうけれど、足立さんみたいにやんわりとニコニコやるのがいいのかもしれません。

足立「本当は強気になりたいんですけどね」

――そうなんですか。

足立「なりたいけれど、自分に自信がまったくないんですよね(笑)」

インタビューは後編に続きます。近日公開。

「雑魚どもよ、大志を抱け!」のプロデューサーで、妻の足立晃子さんと足立紳さん 撮影:川村夕祈子
「雑魚どもよ、大志を抱け!」のプロデューサーで、妻の足立晃子さんと足立紳さん 撮影:川村夕祈子

profile

あだち・しん

1972年、鳥取県生まれ。2014年「百円の恋」が第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。映画監督作に、「14の夜」「喜劇 愛妻物語」「雑魚どもよ、大志を抱け!」など、テレビドラマの脚本に「拾われた男」、連続テレビ小説「ブギウギ」など、小説に「乳房に蚊」(文庫版は「喜劇 愛妻物語」に改題)「それでも俺は、妻としたい」「したいとか、したくないとかの話じゃない」などがある。「雑魚どもよ、大志を抱け!」がTAMA映画賞、作品賞受賞。

「春よ来い、マジで来い」足立紳:キネマ旬報社

脚本家を目指す大山孝志は、助監督、ピン芸人、小説家志望の男たちと4人で、阿佐ヶ谷のアパートで共同生活を送っていた。長くつきあっていた恋人に別れを切り出されると泣いてすがったり、実家の母に仕送りを無心したり、脚本コンクールに応募するにあたり有名な作品をパクったり……。孝志のちょっとみっともない青春の日々の物語。

「春と来い、マジで来い」の書影
「春と来い、マジで来い」の書影

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事