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花粉症対策が日本の森を破壊する

田中淳夫森林ジャーナリスト
全国で進む皆伐。今度は花粉症対策が持ち出された。(写真:イメージマート)

 ある小さな会合に出席したことがある。メンバーの多くが大手住宅メーカーの関係者。そこで木造建築を進めることで日本の森を守る、炭素を蓄積して気候変動に対応するという意見が多数出たのだが……。

 私はつい「みなさんが家を建てたら、はげ山が増える。だから建てないでください」と発言した。もちろん場はしらけた(笑)。

 国は、国産材の生産量を増やそうと躍起になっており皆伐を進めているが、伐った跡地の約3割しか再造林されていないことを指摘したのだ。つまり木材の消費が増えれば増えるほど、伐ったまま放置された山(はげ山)が増えるということを訴えたのである。

 もちろんこれは煽り発言だ。ただ建築関係者の「おれたちが木材をどんどん使えば、日本の森は守れるし、建築物の形で炭素を蓄積するから気候変動対策になる」という能天気な発想に一石を投じたかった。

 そもそも木を伐り木材を使えば森林がよくなり、脱炭素になるという国の言い分を信じてよいのか。いくらでも反証できる。

木を伐り木材を使えば脱炭素? 摩訶不思議な理屈を断ずる

 伐採跡地に次世代の木が育たなければ、脱炭素どころか、林業の持続性も失う。

 なぜ伐採跡地の再造林が進まないのか。簡単に言えば、林業の将来に期待が持てなくなったからである。

国土の2割がスギとヒノキの山

 しかし、国はさらなる伐採を進めるつもりのようだ。気候変動対策と林業振興に加え、今度は花粉症対策でスギの伐採量を増やす方針を打ち出した。スギの伐採促進と国産材需要増を閣僚会議で首相が指示したのだ。

 ちなみに日本の国土の約12%はスギ林だとされる。ヒノキ林を加えたら20%近くになる(国土の7割が森林で、そのうち4割が人工林。その7割がスギとヒノキの植栽)。

 つまり花粉症の元となる木をなくそうと思ったら、国土の2割をはげ山にしなくてはならないことになる。

 皆伐でなく間伐なら森林を健全にして花粉の飛散量は減るはず、という声もあるが、それが怪しいことも知っておいてほしい。

花粉症対策の嘘。間伐すればするほど花粉飛散量は増え補助金で潤うカラクリ

 皆伐した跡地には花粉を飛ばさない(少ない)スギの苗を植えるという考えもあるかもしれない。しかし、これも現実は進んでいない。まず無花粉スギの品種は6種類、少花粉スギは146種類(2019年度)開発されているが、この品種のスギが植えられているのはスギ林の中でもほんのわずか(1%未満)なのだ。

 何より林業家は、無花粉スギの苗に懐疑的であまり採用しない。花粉を飛ばさない形質はあるが、成長はよいのか、病虫害に強いのか、真っ直ぐ伸びるのか……などが確認できていないからだ。スギが成熟するには少なくても50年以上かかるが、まだ新品種が誕生してから年数が経っていないので確実でないのだ。使い物にならない木に育ってから(あるいは途中で枯れてから)では遅すぎる。

 それに、これらの新品種はクローンで増やしているから、同じ遺伝子を持ったスギだけを植えることになる。それでは病害虫や風水害などを受けたときに、全滅する可能性が高まるかもしれない。

 だから今も再造林されているのは、たいてい通常の(花粉を出す)スギやヒノキの苗である。おそらく十数年後には育ったスギやヒノキから花粉が飛散するだろう。

世界中で激増する花粉症患者

 そもそも花粉症を日本特有の(スギとヒノキがあるから起きる)病気と思いがちだが、それが勘違いだ。実は、世界中で花粉症は激増している。花粉症を引き起こす植物はスギやヒノキに限らない。有名なのはブタクサだが、ほかにもナラやアカシア、カエデなど多様な草木の花粉で症状が起きる。アメリカ人の4人に1人がブタクサ花粉症であり、世界的には国民の2~4割が花粉症だ

地球温暖化で花粉量は1.2倍に。世界中で花粉症はなくならない

 日本では60種あまりが花粉症の原因になると確認されている。スギとヒノキ以外の花粉症も徐々に増えてきた。北海道ならシラカバが有名だし、イネやバラの花粉症もある。

 つまりスギを減らしても、別の花粉症が広がる可能性は十分にある。

 一方で、木材を多く生産しても使い道があまりない。

 日本は年々人口が減り、高齢化の進行が進むことで木材需要が落ちている。オフィスビルも木造にしようと掛け声はあるが、実態は進んでいない。結局、バイオマス発電燃料として燃やす用途が増えるだけだ。価格は安いし、何十年も育てた木を燃やすというのは、マジメな林業家ほど嫌気がさす。

 これでは林業家に再造林するインセンティブがない。今ある木を伐って小金を得たら、その後は林業を打ち止めにする気持ちになってしまう。

 かくして補助金で伐採を煽れば煽るほど、日本にはげ山が広がるのである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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