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アメリカも日本も無能力の候補者が宣伝力だけで権力者に担ぎあげられる民主主義の欺瞞

田中良紹ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

フーテン老人世直し録(770)

長月某日

 いまアメリカ大統領選挙と自民党総裁選が並行して行われている。どちらの選挙も能力のない人物をメディアが持ち上げ、宣伝の力でトップの座に押し上げようとしている。それを見させられ民主主義はついにここまで来たかとフーテンはため息をつく。

 古代ギリシアの哲学者プラトンやアリストテレスは民主主義を嫌悪し、人類は民主主義が優れた制度ではないことを紀元前5世紀にはすでに学んでいた。だから古代ローマは共和制を採用し、ベネチア共和国は衆愚政治にならないよう議員を世襲制にした。ところが18世紀半ばに始まる産業革命が人類を変え、当時流行した啓蒙思想が再び民主主義を生き返らせた。

 産業革命によって自然を変革する力を与えられた人類は、地球の自然環境を破壊し始め、250年後のいま気候変動が人類を襲っている。一方の民主主義も選挙による代表制は機能しないことが明らかで、学者は「代表制民主主義は終わった」と言う。そうした中でアメリカ大統領選挙と自民党総裁選は行われている。

 アメリカ大統領選挙は日本時間の11日、民主党のカマラ・ハリス副大統領と共和党のドナルド・トランプ前大統領が初のテレビ討論を行った。世界一の経済力と世界最強の軍事力を持つアメリカの権力者が何を考えているか。それを知らなければ世界の政治は動けない。

 議論すべきは経済と外交である。アメリカはインフレから経済をどう立て直し、ウクライナと中東ガザで続く戦争をどう終わらせるのか、その議論をフーテンは聞きたかった。しかしテレビ討論は何も答えてくれなかった。

 「4年前に比べアメリカ経済は良くなっていますか?」というハリス副大統領に対する質問から討論は始まった。ところがハリスは「私は中間層の生まれで、中間層を知っている。その人たちの生活を良くする計画を持っている」と話し始め、「対立候補は富裕層のための減税をやろうとしている」とトランプを批判した。

 現職の副大統領はアメリカ経済の動向を注視する立場にある。それなのにハリスは経済の現状について質問に答えず、のっけから自分は中間層の味方であると自己宣伝し、トランプを富裕層の味方だと批判した。フーテンは唖然とした。まるで現実と異なることを言い始めたからだ。

 共和党が金持ちの党、民主党が労働者の党というのは既に終わっている。今や底辺の労働者がトランプを支持し、民主党はITで成功した金持ちが支持する政党である。その傾向が顕著になったのは民主党のクリントン政権時代で、毎日のように「ダウンサイジング・オブ・アメリカ」というニュースが流れた。それは繁栄の中で中間管理職が大量失業する話だ。

 なぜそれが起きたか。ブッシュ(父)政権時代の湾岸戦争で、精密誘導兵器が登場したことから始まる。戦争にITが使われるようになり、ピラミッド型だった軍隊組織に革命が起きた。戦場の兵士が本国の司令部と直接ITで結ばれる戦争では、頭脳部分と手足が直接つながるので中間の伝達段階が要らない。ピラミッド型は上から下へ情報を伝達する組織だったが、軍隊組織はネットワーク型に変わった。

 それを民間企業が真似するようになる。企業の頭脳セクターと末端の労働者がコンピューターで結ばれ、中間管理職が不要になった。中間管理職の世代は子供も大きく、大抵はローンを抱えているので解雇されると大変だ。その悲劇が毎日ニュースに流れた。

 民主党を支持していた中間層の民主党離れが進み、また高卒の白人労働者が大量に民主党支持をやめたこともニュースになった。そしてその層に手を差し伸べろと主張したのが共和党非主流派だ。彼らは米国人労働者の雇用を守るため、グローバリズムや自由貿易主義に反対し、輸入関税を上げろと主張した。トランプはその路線を継承している。

 だからフーテンは冒頭のハリス発言に驚いた。ところがその後もハリスは質問に答えず、言いたいことだけを言う。何度も練習してきたことを繰り返しているようで、自分の頭で考えてしゃべっていない。一方のトランプも、正面を向いてハリスの顔を見ない姿勢を貫き通し、ぎこちなさだけを感じさせた。

 討論もひどかったが、もっとひどいのはメディア報道だ。新聞やテレビは一斉に「ハリスが勝った」と報道した。評価に値するレベルの議論でないのに勝ったも負けたもない。メディアはなぜ議論の中身を問題にしないのか。そして討論が終了すると、若い世代に人気のある歌手テイラー・スィフトがインスタグラムでハリス支持を打ち出す。仕組まれた宣伝以外の何物でもない。

 この程度の能力のハリスが大統領になれば、世界は破滅的な混乱に陥るだろうと思った。能力のない人間に権力を与えることほど恐ろしいものはない。しかしそれが現実になりつつある。そしてそれと同じことが自民党総裁選でもはっきり見えてきた。

 自民党裏金事件が引き金となって岸田総理が総裁選不出馬を決め、「自民党を大きく変える」と言って始まった総裁選なのに、裏金事件の中心人物である森喜朗氏が、菅義偉前総理を後ろ盾とする小泉進次郎氏を担ぎ出した。

 するとメディアは総裁選が告示される前から小泉内閣が誕生するかのような報道を始めた。政治通と称する人たちが異口同音に小泉勝利を宣伝し、その宣伝によって大衆に小泉政権誕生を確信させ、それ以外には選択肢がないという心理に国民を追い込む。そうなると「右向け右」で動く日本人はそれに逆らえなくなる。

 フーテンは候補に名乗りを上げていた野田聖子氏が立候補を断念し、小泉進次郎氏の推薦人に回ると聞いたとき、総裁選の裏舞台に「恐喝」と「買収」があることを確信した。フーテンが見てきた自民党の権力闘争には決まって「恐喝」と「買収」があり、この総裁選もそれが繰り返されるのだ。

 野田聖子氏は立候補を断念する前夜、日本テレビ系列のBS番組「深層ニュース」に出演し、推薦人集めの難しさを語る中で「菅前総理の壁」が厚いことに言及した。つまり菅前総理が障害となって立候補できなかった。ところが番組出演直後に「野田氏が小泉進次郎氏の推薦人になる」というニュースが流れた。

 そもそも野田氏は郵政民営化に反対し、小泉純一郎総理に自民党公認を取り消され、衆議院選挙で「刺客」を立てられた政治家である。野田氏は落選しなかったが、自民党籍を失った。それを救ったのが安倍晋三元総理で、郵政民営化反対派は安倍氏によって復党を許され、そのため小泉氏と安倍氏の関係は微妙になった。

 安倍氏は進次郎氏を味方と思っていない。その人間関係から言うと、安倍氏に恩がある野田氏が進次郎氏の推薦人になることは考えられない。「脅し」なのか「買収」なのかは分からないが、菅前総理の働きかけがあったということだ。そしてその時野田氏は森喜朗氏とも面会したというから、森―菅連合軍に屈服した結果が推薦人引き受けの背景である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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