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映画「ルックバック」の興行収入1位の快挙を生んだファンのクチコミの影響力

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:ルックバック公式SNSアカウント)

6月28日に公開された映画「ルックバック」が、オープニング3日間で興行収入2億4000万円を記録し、興行収入1位となったことが業界で大きなニュースになっています。

この「ルックバック」は、「少年ジャンプ+」の人気漫画「チェンソーマン」でもお馴染みの藤本タツキ先生原作の読み切り漫画を映画化した作品ですので、人気漫画の映画化なら興行収入1位も当然と思われる方も少なくないかもしれません。

ただ、今回の映画「ルックバック」の興行収入1位獲得は、あきらかに日本の映画業界において歴史を塗りかえる快挙なのです。

上映館数119館でのスタート

映画業界において、今回の映画「ルックバック」は明らかにダークホースと言える存在でした。

それを象徴する数字と言えるのが、映画「ルックバック」の公開時の上映館数がわずか119館だったという点です。

日本には全国に592の映画館があると言われていますが、いわゆる大作映画となるとその公開のタイミングでの上映館数は300以上となるのが一般的です。

実際に同日に公開され、観客動員数では映画「ルックバック」を上回った映画「それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン」の上映館数は319ですし、7位に入っている「名探偵コナン 100万ドルの五稜星」に至ってはなんと380の映画館で上映されています。

参考:国内映画ランキング(2024年6月28日~2024年6月30日)

上映館数が少なければ、それだけ近所の映画館で見られる人が少なくなりますし、通常は興行収入も低くなりがちです。

しかし映画「ルックバック」は、ライバルの3分の1ほどの上映館数にもかかわらず、興行収入1位を取ってしまったわけで、明らかに歴史的快挙と言えるでしょう。

上映時間は58分の「ODS」作品

今回の映画「ルックバック」は、上映時間が58分と通常の映画に比べると短い作品になっており、映画の分類も「ODS」といういわゆる非映画作品として公開されています。

さらに製作委員会にAmazon MGM Studiosの名前が確認できることから、この作品自体が、劇場公開よりもAmazonプライム・ビデオでの配信を前提に制作された可能性が指摘されています。

参考:『ルックバック』今年屈指の満足度!鮮烈ヒットの気になる理由と背景に迫る

また、原作である漫画「ルックバック」は、2021年7月19日に「少年ジャンプ+」で公開されると、すぐに多くの人の間で話題になりツイッターのトレンド1位入りし、その年の「♯Twitterトレンド大賞」の審議委員会特別賞を受賞したり、「このマンガがすごい!2022」のオトコ編で1位を獲得したりするなど、非常に話題になった作品です。

参考:このマンガがすごい!今年の1位は「ルックバック」と「海が走るエンドロール

ただ、読み切りマンガだったことや、マンガの完成度が非常に高かったこともあり、コアなファンの間では、映画という形式でのアニメ化にはボリュームが足りないことや、マンガの空気を再現できないのではと、逆に映画化を不安視する声も多くあったようです。

そうした映画自体の構造や、コアファンの不安の声などの複数の要因が、今回の映画「ルックバック」が公開時の上映館数がわずか119館だった背景にあったと言えるでしょう。

公開日にもXのトレンド1位入り

しかし、実際に映画が公開されると、原作の空気を壊さずにアニメ化したクオリティの高さや、アニメ化ならではの表現などに絶賛の声が大量に上がる結果となり、公開日のXのトレンド1位に飛び出してくることになるわけです。

筆者も実際に映画館で視聴しましたが、原作のマンガのコマや台詞を忠実に活かしながら、主人公の藤野の雨の中でスキップするシーンなど、アニメだからこそできる素晴らしい表現の組み合わせで、本当に素晴らしい仕上がりになっていました。

その背景には、原動画にクレジットされた8人を中心に、原画マンが描いたラフな絵をそのまま仕上げにまわす、アニメ史に残る制作スタイルがあったという話もあるようです。

参考:「ルックバック」アニメーター井上俊之が語る、“アニメ史に残る”制作スタイルの裏側

実際に映画「ルックバック」公開後のXの投稿数の推移を見ると、公開日から翌日にかけて大きく話題が盛り上がっていることが分かります。

「ルックバック」の投稿数推移(出典:Yahoo!リアルタイム検索)
「ルックバック」の投稿数推移(出典:Yahoo!リアルタイム検索)

こうした公開直後の話題化が、映画「ルックバック」が上映館数わずか119館にもかかわらず、他の作品を抑えて興行収入1位になったエネルギーとなったのは間違いありません。

さらに、興行収入速報で有名なタロイモさんによると、公開2週目も映画「ルックバック」はクチコミで大きく客足を伸ばし、動員も興収も1位になる見込のようです。

この大きな反響を見て急遽映画「ルックバック」の上映対応をする映画館も増えているようで、7月12日からは公開当初から50館近く増えた168館で上映されると報道されています。

通常の映画は公開初日が最も上映館数が多く、その後は時が経つ毎に減っていくのが普通であることを考えると、この映画「ルックバック」のヒットは間違いなく歴史的なものになる可能性が高いと考えられるわけです。

良い作品がクチコミで拡がる時代になるか

日本の映画の過去最大のダークホースのヒットと言えば、2018年にミニシアター2館の公開からその年最大の話題作の一つに上り詰めた映画「カメラを止めるな!」が挙げられます。

参考:カメラを止めるな!は、どのように日本アカデミー賞に辿り着いたのか

この際にもツイッターを中心にファンのクチコミが、ヒットを生んだという分析がされていましたが、当時、映画業界の方は口を揃えて、このような奇跡はもう2度と起こせないだろうと話されていました。

ただ、あれから5年以上の月日が流れ、SNSの普及によってファンのクチコミの影響力は間違いなくその力を増しています。

元々は映画業界においてはダークホースだった映画「ルックバック」がファンのクチコミによって興行収入の1位を取ったように、今後も公開当初は注目されていなくても、本当にファンが感動する作品であれば、クチコミの拡がりで大きなヒットになるというケースは増えてくるはずです。

まずは、映画「ルックバック」のヒットがどこまでの拡がりをみせてくれるのか、注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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