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カメラを止めるな!は、どのように日本アカデミー賞に辿り着いたのか

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
カメ止めブームは今年も止まらず、ついにネスレ日本協賛でスピンオフも(筆者撮影)

 いよいよ今日は日本アカデミー賞の授賞式です。

 今年の日本アカデミー賞で注目すべきは、やはり何と言っても映画「カメラを止めるな!」でしょう。

 いまやカメラを止めるな!やカメ止めと言えば、多くの人が映画のことと分かると思います。

 テレビでカメ止めの出演者を見る機会も、本当に多くなりました。

 2018年の流行語大賞にもノミネートされましたし、日本はもちろん世界でも様々な映画賞を獲得しており、まさに2018年を代表する映画作品の1つだというのは誰も否定しないでしょう。

 2018年は、まさにポンデミックと呼ぶべきカメ止め現象が吹き荒れた年でした。

 今年に入ってもその勢いは衰えを知らず、昨日はネスレ日本がサポートする形で、カメラを止めるな!のスピンオフ「ハリウッド大作戦!」の試写会が開催。

 明日3月2日の夜10時に公開されることが決まっていますし。

 来週の3月8日の金曜日の夜には、金曜ロードショーで放映予定

 しかも冒頭の37分のワンカットシーンにはCMを挟まない特別扱いの予定だと聞いています。

 さらに日本アカデミー賞においても、作品賞や監督賞をはじめ8部門で優秀賞を受賞。

 最優秀賞をいくつ獲得できるかに注目が集まっているわけです。

■カメ止め現象は普通の映画のブームではない

 ただ、その話題をあまりに普通に目にするようになったので、多くの人がカメ止め現象が、いかに従来の映画界の常識で考えたらありえない現象だったかというのは、ピンときていないケースも少なくないようです。

 せっかくですので、日本アカデミー賞の授賞式の前に、カメ止め現象の軌跡を振り返っておきましょう。

 まずツイッタージャパンさんにツイート数のグラフの推移を頂いたので貼っておきます。

(出典:ツイッタージャパン)
(出典:ツイッタージャパン)

 

 一般公開から右肩上がりに話題が盛り上がっているのが良く分かると思います。

 主な出来事を時系列に並べてみるとこんな感じ(長い)です。

2017年3月 オーディション実施

2017年6月19日 クラウドファンディング開始

2017年6月21日 クランクイン

2017年7月31日 クラウドファンディングで156.9万円を集める(支援者162人)

2017年11月4日 新宿K's cinemaにて6日間限定のイベント上映 (累計観客約500人)

 

2018年1月22日 6月の劇場公開決定

2018年3月19日 ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で3冠を獲得

 

2018年4月 並行して町山智浩氏や水道橋博士氏が絶賛

2018年4月29日 ウディネ・ファーイースト映画祭で観客賞2位を獲得

2018年6月 並行して上映予定劇場が増えていく

2018年6月22日 ニコニコ生放送にて生配信実施 (来場者数10686人)

 

2018年6月23日 一般公開初日 

        (新宿K's cinema、池袋シネマ・ロサの2館(300席弱))

2018年7月25日 TOHOシネマズ日比谷ほか全国40館以上で拡大上映決定

2018年7月25日 ZIP!で取り上げられる

2018年8月10日 NHKニュースチェックで取り上げられる

2018年8月17日 サントラやグッズの発売が決定(累計上映館数190館)

2018年8月21日 FLASHに著作権侵害疑惑記事掲載

2018年8月31日 観客動員数100万人達成(累計上映館数249館)

2018年10月20日 観客動員数200万人達成(累計上映館数340館)

2018年11月7日 新語・流行語大賞に「カメ止め」がノミネート

2018年12月5日 カメラを止めるな!Blu-ray&DVDの発売

2019年1月15日 第42回日本アカデミー賞の8部門で優秀賞受賞

→イマココ

2019年3月1日 日本アカデミー賞授賞式

2019年3月2日 スピンオフ作品「ハリウッド大作戦!」放映予定

2019年3月8日 金曜ロードショー放映予定

 一つ一つの項目を丁寧に見て頂くと、カッコに書いてある数値が徐々に増えているのが分かって頂けると思いますが。

 普通の映画と比べると、時系列が不思議なところがいくつもあることに気がつくと思います。

 カメラを止めるな!は2018年6月に公開された映画ですが、2017年11月に6日間先行公開されていますし、サントラやグッズの発売が決定したのは、6月の本公開がはじまってから2ヶ月も後のことです。

 普通の映画ではありえませんよね。

 試写会はあっても先行公開は普通しませんし、サントラやグッズは映画公開と同時に発売されるのが普通です。

 実は、カメラを止めるな!はもともと、ENBUゼミナールのシネマプロジェクトという企画で制作された映画であり、一般公開がされること自体が凄い、という位置づけの企画だったようです。

■1年前のカメ止めの観客動員目標は・・・

 われわれ素人からすると良く分からない話ですが。

 映画の世界においても、複数の映画館で同時公開される大作と、一部の映画通だけが知るミニシアター系の映画の間には大きな溝があり、この溝を普通の無名の映画が渡れることというのは滅多にありえないんだとか。

(スピンオフ作品を紹介する上田監督:筆者撮影)
(スピンオフ作品を紹介する上田監督:筆者撮影)

 その証拠に、2館上映が決まったときの上田監督の喜びの声が、当時の記事に残っています

「なななんと、映画「カメラを止めるな!」2018年6月、新宿K’s cinemaと池袋シネマ・ロサにて2館同発での劇場公開が決定しました!

 いやぁ、こいつはおったまげました。この規模のインディーズ映画が、都内2館同初というのは中々ないこと。K’s cinemaさん、池袋シネマ・ロサさんの英断に感謝です。」

 このあと、上田監督と出演者の方々は、なんとか手にした一般公開の機会を最大限盛り上げようと、ツイッターアカウントと5万枚のチラシを唯一の武器に、様々な事前告知に取り組むわけですが。

 その時の観客動員数の目標は、なんと・・・5000人。

 打ち間違いではありません。

 5千人です。

 でも、実はこれも「インディーズ映画」においては十分に高い目標なんです。

 そもそも新宿K's cinemaの座席数は84席。

 池袋のシネマ・ロサは少し広いですが200席。

 両方合わせても300席ありません。

 当初の上映期間の想定は3週間だったと聞きます。

(池袋のシネマ・ロサでのスピンオフ試写会舞台挨拶の様子。筆者撮影)
(池袋のシネマ・ロサでのスピンオフ試写会舞台挨拶の様子。筆者撮影)

 

 仮に週末が全て満席になったとしても、週末は土日が三回ずつしかありません。

 もし平日がガラガラだったら、5000人はなかなか届かない高い壁になってしまうわけです。

 ENBUゼミナールの過去の最高記録が6000人だったといいますし、上田監督や出演者の方々も3週間でなんとか5000人に観てもらうために、いろんなところにチラシを配ったり、ツイッターでカウントダウン投稿をしたり、と様々な工夫をしたと聞きます。

 それが、初期のファンの方々の熱心な布教活動や映画賞受賞の影響もあり早期に上映館が増え、ラジオや新聞での映画専門家による推奨や、上映開始後に満席の回が続出したことが話題を呼び、いろんな偶然も重なって早くにアスミックエースが配給を手掛け、TOHOシネマズが夏休み映画のかき入れ時にカメラを止めるな!の上映館数を増やすという英断をし、怒濤のカメ止め現象が広がっていくわけです。

参考:「カメラを止めるな!」の超ヒット生んだ本質

 

 観客動員数5000人が目標だった映画が、結果的に200万人以上を動員するというのが、どれぐらい凄いことか皆さんにはイメージできますでしょうか。

 通常の大作映画は、だいたい最初から公開館数が300を超えています。

 一方で、カメラを止めるな!の公開館数は2つからです。

 ちょうどカメラを止めるな!が初めてトップ10入りしたときのリストがこちらにありますので、是非見てみて下さい。

参考:国内映画ランキング(2018年8月4日~2018年8月5日) - 映画.com

 トップ3のコードブルー、ミッション・インポッシブル、インクレディブル・ファミリーのどれも上映館数は345とか366とか。

 10位のカメラを止めるな!の「2」が、いかに小さい数値か良く分かると思います。

 

■映画でもシンデレラストーリーが現実に

 もちろん、こうしたシンデレラストーリーは、インターネット動画であればあり得ない話ではありません。

 素人のアップした写真や動画が、ツイッターなどで大きく拡がり、テレビでも取り上げられるようになるという現象は、今や珍しくはありません。

 普通の女子高生が投稿した写真である「マカンコウサッポウ」もそうでしたし。

 バカッターやバイトテロと呼ばれるような不適切動画騒動も同じ構造です。

参考:くら寿司動画炎上で考える、バイトテロが繰り返されてしまう理由

 ただ、映画のような物理的な上映場所が必要なものにおいては、なかなかネットで話題になったからと言って、すぐにメジャー上映の門戸が開かれることはありえないのが普通でした。

 まずは、知る人ぞ知る有名な「インディーズ映画」を目指し、次回作以降でメジャーを狙う、というのがカメラを止めるな!以前の映画界の常識だったと言えるわけです。

 しかし、カメラを止めるな!はそんな常識を根底から変えてしまいました。

 ある意味、今日の時点で多くの人が知らない監督が無名の役者と作った映画が。

 本当に観客の感動をよび、多くの口コミが感染していけば、来年の日本アカデミー賞の授賞式の場に立つ、というのは不可能ではないということを、証明してしまったということなのです。

 特に印象的なのは、上田監督や出演者の方々が、ツイッターを効果的に活用し、その奇跡を実現したという点でしょう。

 ツイッタージャパンの調査によるとカメラを止めるな!を一番最初に知ったのは、テレビ番組の次にTwitterと答える人が多かったそうです。

(出典:ツイッタージャパン)
(出典:ツイッタージャパン)

 想像以上に、ツイッターと他のソーシャルメディアで差が開いている点には本当に驚きますが。

 出演者の方々が唯一活用していたのがツイッターであり、観客動員100万人達成の時にも「ツイッターの皆さんのおかげ」と発言していた出演者がいたことを考えると、それほど間違っていないデータのように思います。

 さらに印象的なのは、ツイッタージャパンが作成したカメ止め公開前からのツイートのやり取りの可視化動画。

 是非下記の動画を最大化して、見てみて下さい。

 カメ止めにおいては、上田監督やしゅはまさんをはじめとした出演者の方々が、映画の感想を投稿した人達に丁寧にリプライをしたり、いいねをつけたりされています。

 WEB広告研究会の授賞式で上田監督は「毎日毎日見てくれた方の感想ツイートに、ありがとうという気持ちを込めて、スタッフ総出でいいねを押していくのを1年間ずっと続けてきた。全員のいいねの数を数えたら100万回を超える。その100万回のありがとうが起こした奇跡なのかなと思っている」と発言されていました。

 まさにこの動画は、そんな100万回のありがとうのやり取りが可視化されている動画と言える気がします。

■カメラを止めるな!は最優秀賞を獲得できるか

 今回の日本アカデミー賞で、カメラを止めるな!が8部門の優秀賞だけでなく、最優秀賞まで獲得できるかどうかは分かりませんが、そもそもインディーズ映画が日本アカデミー賞で優秀賞を受賞すること自体が、すさまじい快挙だと言えます。

 カメラを止めるな!は、ただ単に制作費が安い映画がヒットになったという話ではなく、今までではあり得ないレベルでの「革命」を起こした映画と受け止めるべきでしょう。

 とはいえ、やはり注目したいのは日本アカデミー賞において、カメラを止めるな!が最優秀賞を獲得できるかどうか、という点です。

 

 実は、日本アカデミー賞について、2014年に北野武監督が「日本アカデミー賞最優秀賞は松竹、東宝、東映、たまに日活の持ち回り。それ以外が獲ったことはほとんどない。」と発言して物議を醸したことがあります。

参考:日本アカデミー賞の存在理由――北野武監督の批判と岡田裕介会長の反論

 

 当然ながら、カメラを止めるな!が最優秀賞を獲得すれば、日本アカデミー賞の歴史をかえるレベルの快挙と言えるはずです。

 

 日本アカデミー賞は、日本アカデミー賞協会員による投票で選ばれるそうで、協会員は日本の映画関係者によって占められていると聞きます。

 カメラを止めるな!が最優秀賞を獲得できるかどうかは、日本の映画関係者が今回のカメラを止めるな!の革命をどう受け止めているかによって変わってくると言えるかも知れません。

 今回の日本アカデミー賞が、日本映画業界に明確に革命が起こった日と記憶されるのかどうか、授賞式を楽しみにしたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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