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ユマニテ社長の感情だだ漏れ声明に漂う“昭和芸能界しぐさ”──東出昌大退所報道の「契約解消」とは

松谷創一郎ジャーナリスト
photo : pexels

感情むき出しのユマニテ社長

 2月15日、芸能プロダクション・ユマニテが、俳優・東出昌大との「専属契約の解消」を発表した。

 芸能人の“退所”はいまや珍しいことではなくなったが、今回の件が注目されるのは、東出のプライベートにおける女性関係が以前から注目されてきたからだ。

 加えて、東出が所属していたユマニテ・畠中鈴子社長が直々に声明を出し、その文言が注目されている。

弊社は2022年2月14日をもって 東出昌大との専属契約を解消いたします。

(略)

しかし 昨年秋、東出の配慮に欠ける行動で

その再生への道は頓挫いたしました。

その時 私たちが感じたものは

怒りというよりも、徒労感と虚しさでした。

そして熟慮の末に、これ以上 共に歩くことは

できないという結論に達しました。

畠中鈴子「東出昌大についてのお知らせ」(2022年2月15日)

 そこでは、「徒労感と虚しさ」などかなり感情的な表現が散見される。

 しかし、両者の関係が個人事業者(芸能人)と法人の契約(取引)であることを踏まえれば、ひとつの取引先相手についてこうした発表を公にしてしまうことは、どれほど妥当性があるのだろうか。

芸能マスコミの「退所」ときどき「契約解消」

 スポーツ新聞など芸能マスコミは、案の定この声明の文言を使って騒ぎ立てている。

 たとえば以下の大手3紙と『オリコン』の記事すべてに共通するのは、今回の一件を「契約解消」と表現していることだ。これも畠中社長の「お知らせ」にある文言だ。列挙すると以下のようになる。

 全紙が「契約解消」と表現している。それは畠中社長の声明で使われている文言なので一見不自然ではないものの、実はこれは芸能マスコミのダブルスタンダードのひとつである。なぜなら、ふだんは「退所」という表現を用いるからだ。

 そのほとんどが個人事業者である芸能人は、芸能プロダクションと2~3年単位で「専属契約」しているケースが一般的だ。プロスポーツ選手が特定チームと年単位で契約するのと同じように、芸能プロダクションに属している。だからこそ、スポーツ選手の「退団」と同様のニュアンスで「退所」を用いる。だが、今回は「契約解消」だ。

 「退所」ときどき「契約解消」──芸能プロダクションとマスコミはこの表現を使い分けることで、“状況”を創る。なぜなら「契約解消」や「契約解除」は、芸能人とプロダクションのあいだでなんらかの衝突があったことを示すニュアンスとして使われるからだ。

手越祐也は「契約解除」や「契約終了」

 こうした現象は過去にも見られた。たとえば、2年前にジャニーズ事務所を退所した手越祐也(元NEWS)のときもそうだった。

 唯一、日刊スポーツだけ「退所」と表記しているが、他の3媒体は初発の記事では「契約解除」や「契約終了」と表現している(その後の記事は「退所」としている)。

 これもジャニーズ事務所の発表を受けての表現だ。当時ジャニーズは「手越祐也との間で専属契約の終了について話し合い、本日をもって専属契約を合意解除することになりました」としている。

 そしてスポーツ報知にいたっては「ジャニーズ事務所“が”契約解除」と、一方的に手越を突き放したような表現をしている。だが、記事にもあるようにジャニーズは「合意解除」と表明しているので、それはかなりバイアスのかかった見出しだ。今回のユマニテ発表とそれを受けた芸能マスコミの手法も、この手越のときとほぼ同じだ。

「契約終了」がネガティブな日本社会

 実際のところは、円満な「退所」も衝突による「契約解消」や「契約終了」も、一般的な意味においてはどちらも単なる契約の終了を意味しているに過ぎない。

 たしかに、契約期間内での契約解除は多くないだろう。ただ、スポーツ選手がシーズン途中に退団することがしばしばあるように、契約書にそれについて明記されていれば契約を解消することは特段の問題はない。

 しかし、「退所」ではなく「契約解消」と表現することで、極めてネガティブなニュアンスが生じてしまう。芸能プロダクションと芸能マスコミは、こうしたちょっとした表現を使い分けることで日本芸能界に漂う閉鎖的な“空気”を作る。

 筆者もこれまで長らく「退所」という表現を使ってきた。それが単なる契約終了であるにもかかわらず、「契約終了」と表記してしまうとネガティブに受け止める読者がいることを想定しているからだ。

 「契約終了」がネガティブに捉えられるのは、日本社会の文化的な問題によるところが大きい。個人は会社にお世話となり、可能な限り居続けることが善きこととされる──そんな風潮だ。それは終身雇用制が完全崩壊してしまった現在も、過去の記憶がもたらすニュアンスとして機能してしまっている。

 「契約終了」とそれにともなう人材の流動化が善くないこととして捉えられるのは、単に過去の記憶と現在の実態がミスマッチを起こしているにすぎない。

ユマニテのブラック体質が露呈

 ユマニテ・畠中社長の声明はかなりの部分で本音なのだろう。とくに「徒労感と虚しさ」という表現にそれは顕れている。

 たしかに東出の過去のプライベートにおけるスキャンダルは、同社にダメージを与えたはずだ。とくに多くが打ち切られたとされるCMの違約金をはじめ、少なくない損害を受けたことが予想される。日本の芸能プロダクションにとってCMはもっとも重要な収入源だが、それを台無しにする可能性のある女性関係はリスクだと捉えられたのだろう。ならば契約を解消する──経営的にそう判断したのだろう。

 だが、ここで問題があるのは、東出に対するかなり厳しい感情を公然とむき出しにしていることだ。状況的には、芸能プロダクションの社長が取引先(東出)に対し、「徒労感と虚しさ」とか「共に歩くことはできない」などと公言したということだ。

 これはかなり異常な声明だ。

 一般的には、B社がA社の納得できる業績を挙げられず、結果的に契約解消となったときに、A社が「徒労感と虚しさ」とか「共に歩くことはできない」などと言うことはない。しかしこうしたことを公然と表明し、そして芸能マスコミも同調して煽り立てる。

 ユマニテ・畠中社長の気持ちはわからなくもないが、そんな感情をだだ漏れにすることは一般の社会ではありえない。それを平気でやることとは、単にユマニテがブラック企業体質であることを露呈していることにほかならない。

 しかもこの発言は、独占禁止法において問題となる可能性もある。

東出の今後の活動を阻害するユマニテ声明

 ジャニーズ事務所が元SMAPの3人に「圧力をかけた疑いがある」として公正取引委員会に注意されたのは、2019年7月のことだった。この直後には、吉本興業が所属タレントと正規の契約を結んでいなかったことに対し公取委が「問題がある」としたことで、吉本が慌てて契約書を交わすこともあった。

 これらのケースで公正取引委員会が存在感を発揮しているのは、独占禁止法の適用範囲が個人事業者にも拡げられたからだ。たとえ法人と個人の取引であっても、その関係は対等であり、かつ健全な経済競争が行われなければならない──公取委はこう捉える。

 だが、今回のケースからは、どれほどその理解が進んでいるかが見えない。なぜなら、このユマニテ・畠中鈴子社長の声明とは、おそらく本心である「徒労感と虚しさ」をだだ漏れにすることで、結果的に東出にネガティブな印象を植え付けることになっているからだ。

 つまり、契約を解消した相手の今後の経済活動を阻害する発言とも受け止められる。そして実際に、このユマニテ・畠中社長の声明と一部芸能マスコミの盲目的な追従によって、東出は今後の俳優活動に大きな支障を来す可能性が高い

 しかも、そもそも東出の最近のゴシップとは、単なるプライベートの関係を写真に撮られただけだ。そこに違法性はなにひとつとしてない。よって、そのことを踏まえて「共に歩くことはできない」と公然に述べ、それによって東出の今後に影響を与えるのであれば、それこそ「圧力につながるおそれのある行為」と認識されても不思議ではない。

“昭和の芸能界しぐさ”の終焉

 現在はこうも旧態依然とした芸能プロダクションと、それに疑問を抱かずに追従する芸能マスコミに対し、日本の芸能人が徐々に見切りをつけている状況でもある。一般的には「ジャニーズに切られた」と見られている手越祐也も、実際のところはインターネットメディアとグローバル展開を視野に入れた手越のほうがジャニーズを見切ったと捉えられる(「変化する芸能人、変化しない芸能プロダクション──手越祐也・独立記者会見から見えてくる芸能界の変化」2020年6月25日)。

 また、2019年の公取委のジャニーズ事務所に対する「注意」以降、多くの芸能人が独立・移籍をしている。ユマニテもその例に漏れることはない。同社に所属していた満島ひかりと満島真之介の姉弟もともに独立し、現在は独自の活動を続けている。

 彼らがこうした行動を取るのは、従来の芸能界とそれを取り巻くメディア環境が大きく変化しているからだ。そこでは、20世紀に構築された従来の芸能界の枠組みに囚われず、個人で判断して仕事をする芸能人が増えている。とくに、Netflixドラマ『全裸監督』シリーズや『愛なき森で叫べ』で存在感を高めた満島真之介はその代表的存在だ。

 その一方で、34歳の独身俳優が恋人との写真を撮られただけで、契約を解消した所属プロダクションの社長に「共に歩くことはできない」と言われ、旧態の芸能マスコミはネガティブなニュアンスで「契約解消」とはやし立てる。

 だが、実際のところこれは対等な立場での契約解消=退所でしかないのだから、東出もユマニテと「共に歩くことはできない」と認識しただけだと捉えられる。ユマニテと違うのは、東出はけっしてそんなことを口にしないことだ。

 結局、今回の一件から感じられることも、やはり“昭和の芸能界しぐさ”だ。それが機能不全になりつつあることを理解しなければ、これからも旧い芸能プロダクションは芸能人に見切られ、そして日本のエンタテインメントは外国資本のメディアやコンテンツに取って代わられていくだけになるだろう。

 いい加減「昭和97年」の夢から覚めて、2022年の現実を見る必要があるのではないか──。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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