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男児が犬に咬まれる #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
画像はイメージであり、記事の内容とは関係ありません(筆者)。(写真:アフロ)

 犬による咬傷は、比較的よく知られた傷害のひとつである。先週、犬に咬まれたこどもを診る機会があった。よく慣れた犬でも咬まれることがあり、情報提供することとした。

筆者が診察した事例(事例1)

 10か月男児。2024年6月27日、午後4時頃、自宅で犬に陰嚢や陰茎を咬まれ、午後5時少し前に筆者のクリニックに来院。診察すると、陰部のあちこちに血がにじんだ傷跡があった。陰嚢の表面には5mmくらいの幅のキズが7〜8か所、陰茎の先の包皮部分にもキズがあった。キズは深くなく、出血もほとんどなかった。男児は、4種混合ワクチンは接種済みで、犬も予防接種をしていたので経過観察だけとした。4日後、キズの状態を確認すると、発赤も腫脹もなく、キズへの感染は生じなかった。

事例1の詳しい発生状況

 家族は、両親と4歳の姉、本人の4人家族。犬は、ミニチュアダックスフンドで、犬の年齢は7歳、メス、体重は5kg。姉が生まれる前からこの犬を飼っていた。これまで、こどもが犬の耳やしっぽを引っ張っても、犬は鼻で突くくらいで、咬みついたことはなかった。今回は、母が洗濯物を取りに行って戻ってきたら、犬が男児のおむつに顔を突っ込み、ウンチを食べていたとのこと。

類似事例

 今回のケースを診て、かつて日本小児科学会の傷害速報欄に出た事例を思い出した(参考文献 1)。事例3のような類似例も報告されている(参考文献 3)。

事例2:4か月男児。母親の実家の居間の床に敷いた布団で昼寝をしていた。母親が部屋を離れ、15分後に祖母が様子を見に行ったところ、おむつに犬に咬まれた跡があり、外陰部から出血していた。救急搬送され、出血がひどいために輸血され、右の精巣が摘出されて26日間入院した。犬は、メスのミニチュアダックスフンドで2歳、体重は6kgであった。(参考文献 1、2)

事例3:10か月男児。2019年3月、午前2時30分頃、床に敷いた布団で寝ていた。母親が陰部から出血していることに気づき、救急要請をした。陰嚢や精巣がなくなっており、陰茎の亀頭も部分欠損していた。手術が行われ、48日間入院した。(参考文献 3)

なぜ咬みついたのか?

 「事例1」では、こどもの便の臭いに反応して犬が咬んだのではないかと推測される。この犬は男児が生まれる前から家にいたので、今回咬まれるまでにこどもがおむつの中に便をする状況は毎日あったはずである。なぜ今回に限って咬まれることになったのか、その理由はよくわからない。

 「事例2」は4か月児で、犬が嫌がる動作をすることができる月齢ではない。この2例は、同じ犬種で、同じような状況で起こっているので、乳児の便や尿に犬が反応することがあるということは事実であろう。咬みつく犬種の報告はたくさんあるが、乳児の場合、「事例1」や「事例2」のようにミニチュアダックスフンドという報告がいくつかある。小型犬で、室内で飼いやすい、小さいので咬まれたとしてもたいしたことはない、と思われているのかもしれない。現時点では、小さくて、人によく慣れている犬でも、突然、男児の陰部に咬みつくことがあるということを知っておく必要がある。

犬による咬傷を防ぐには

 まとめてみると、男児の陰部は、犬が咬みつきやすく、また軟部組織であるために噛み切られやすいといえる。自宅だけでなく、実家や知人宅でも起こりうることを認識する必要がある。これまでに、陰茎切断、精巣摘出など重傷例が報告されている。今回、私が診た事例や、これまでの報告から、『おむつをしている男児だけが、室内犬といっしょの空間にいる時間をなくす』必要がある。

 オーストラリアでは、犬の飼育について以下のように指摘している。

自宅で犬を飼う場合は、一番下のこどもが5歳になってからがよく、なるべくメス犬で、家族の状況にあった犬種を飼い、十分な訓練を行い、犬とこどもだけという状況にならないようにすることが基本である。少なくとも乳児のあいだは、乳児と犬が同じ平面で接触できる状況は短時間でも避けるべきである。低月齢児はベビーベッドで寝かせ、中・大型犬やジャンプ力に優れた小型犬の場合は、ペットゲートやサークル、ケージの使用を検討する必要がある。

参考文献

1 犬による咬傷 日本小児科学会「傷害速報」より

2 室内飼育犬による外陰部唆傷のため 右精巣摘出術を施行した4ヶ月男児の一例 日本小児救急医学会雑誌 6巻2号 230-234 (2007年)

3 犬による外陰部外傷(No.02 犬による外陰部外傷の類似事例1) 日本小児科学会「傷害速報」より

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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