聖火リレーの出発式で最も存在感を示したのは不在の「森さん」ではないか
フーテン老人世直し録(572)
弥生某日
東京五輪の聖火リレーがスタートした。7月23日まで121日間をおよそ1万人の走者がコロナ禍で感染が懸念される47都道府県を走るという。
前回1964年の東京五輪の聖火リレーは、敗戦の傷跡から復興する日本の姿を世界に見せようとする意図があった。ギリシャをスタートした聖火は、中東からアジア各国を巡り、日本に入ったのは米国統治下の沖縄だった。
そこから聖火は九州の鹿児島と宮崎、そして北海道の千歳を起点とする4つのコースに分かれて東京を目指し、10万人余りがリレーに参加した。最終走者は敗戦の年の8月6日、原爆投下の3時間後に広島で生まれた19歳の坂井義則君である。
聖火は激しい地上戦に一般住民も巻き込まれた沖縄から入り、原爆投下の日に広島で生まれた若者の手によって聖火台に点火された。戦争で焼け野原となった日本がここまで復興したことを世界に示す聖火リレーであった。
今回の聖火リレーは世界に何を示すことになるのだろうか。東日本大震災で原発事故に見舞われた福島県からスタートすることで、復興の足取りを示そうとしたのだろうが、しかしメルトダウンした原発容器の廃炉作業の先行きは全く見通せない。
また福島県内の2.7%、東京23区に匹敵する土地が人間の立ち入りを禁止されている。聖火リレーはそこを避けて行われる形だ。一方でコロナ禍の影響も深刻だ。2月に収まりかけた福島県の感染者数は再び増え始め、23日の病床使用率は52.9%と「ステージ4」の段階にある。
さらに聖火リレーの参加を辞退する人も相次ぐ。この日までに全国で91人、福島だけで24人が辞退した。聖火リレー1日目、第一走者の「なでしこジャパン」では、元キャプテンの澤穂希さんら5人、第三走者の東京五輪男子マラソン内定の大迫傑選手、第四走者の香川照之さん、そして最終走者だった「TOKIO」のメンバーが辞退した。
午前9時から福島県楢葉町の「Jビレッジ」で始まった聖火リレーの出発式典をテレビで見たが、東京五輪聖火リレーアンバサダーのお笑いコンビ「サンドイッチマン」が聖火を持って登場し、「あれっ、森さんいない」とボケをかました。
綺麗ごとの挨拶が続く中、この一言が強烈に印象に残った。森さんもいないし、安倍さんもいない。そして菅総理もいなかった。
菅総理はその頃、国会の参議院予算委員会に出席していた。しかしこの日に予算委員会をやる必要が本当にあったのか、フーテンは疑っている。聖火リレーの出発式典に出ないための口実としてわざわざ委員会を設定させたのではないか。
しかしそれが結果的には良かった。午前7時過ぎに北朝鮮が2発の弾道ミサイルを日本海に向けて発射し、菅総理は国家安全保障会議(NSC)を緊急に開いて対応を協議しなければならなかった。バイデン政権の誕生で北朝鮮はこれからも挑発行為を続け、米国の出方を探る可能性がある。
バイデン政権が強硬姿勢を取れば挑発はエスカレートする。東アジアの安全保障環境は再び緊張の度合いを強めることになり、コロナ対策と安全保障問題が東京五輪より優先される課題となる。
そして何よりも本当に東京五輪を開会できるかどうかまだ確たる保証はない。菅総理として前のめりの姿勢は見せない方が得策だ。コロナ感染状況の先行きが分からないのに前のめりになれば、外国から選手団が来なくなった時、政権はそこで万事休すになる。
4月中に重要法案を成立させて、衆議院解散・総選挙に踏み切るとの噂が出てくるのは、4月25日に予定されている補欠選挙と再選挙が与党に不利なため、解散・総選挙でそれを吸収する狙いや、東京五輪中止が万が一にでもあれば、その前にやった方が傷は浅いと考えるからだ。
しかし「サンドイッチマン」がボケをかました「森さん」は、本当に式典に出られずに残念だったに違いない。地元の北國新聞とのインタビューで恨み節を漏らしている。「森さん」は自分の「女性蔑視発言」をまったく悪いとは思っていないからだ。
インタビューでは「なぜ政治家から擁護の声が出なかったのか。世話になった人はたくさんいるし、細田派の人もいるのに、なぜ口をつぐんだのか。結局、国会議員のスケールが小さくなったのだ」と不満たらたらである。
あの「女性蔑視発言」を聞いた時、フーテンも「森さん」は目の前にいる東京五輪組織委員会の女性理事を持ち上げるつもりで言ったのだと思った。その発言の前に自分を嫌う「日本ラクビ―協会」に対する不満を並べ、その女性理事の「話が長い」ことを問題にした。それと比べて東京五輪組織委の女性理事は「わきまえている」と褒めたのだ。
だから「森さん」としてはなんで自分が批判されるのかが分からない。「森さん」という政治家は目の前にいる人を喜ばせるサービス精神でここまで来た。「日本は天皇を中心とする神の国」と発言したのも、目の前にそう考える人たちがいたから口に出た。
「森さん」は日本の総理として何を発言すべきかなどと考えてはいない。目の前の人を喜ばせるサービス精神で政治活動を続けてきた。それが政界のドンと言われる地位にまで「森さん」を押し上げたのである。
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