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日本は「危機の再来」に備えるべき

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
欧米に比べて、日本の対応は恐ろしいほど遅い(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

アメリカが中小企業の雇用を守ろうとするわけ

 アメリカの議会では、3月中に第1弾と第2弾で合わせて4200億ドル(約45兆円)の緊急補正予算、第3弾となる2兆ドル(約216兆円)の経済対策を相次いで可決しました。とくに注目された第3弾では、全雇用の5割弱を占める中小企業に対して、6月末までの給与支払いを肩代わりする補助金として3500億ドル(約38兆円)設定した(=給与保護プログラム)ほか、大人1人につき1200ドル(約13万円)、子供1人につき500ドル(約5.5万円)が4月の初旬の時点ですでに給付されています。

 そのうえ、中小企業への補助金が利用企業の殺到で上限に達するとわかるや否や、4月23日には4800億ドル(約52兆円)の第3弾の経済対策の追加策を決め、その柱として中小企業の給与保護プログラムの補助金を新たに3100億ドル(約38兆円)設けています。これまでの財政出動は合計で2兆9000億ドル(約313兆円)となっていますが、この次には第4弾となる経済対策を検討しているといいますから、アメリカは中小企業の雇用を守ることで、経済への長期的なダメージを抑えるのに必死になっていることがわかります。

 なぜ今回のコロナ・ショックでは、自由主義経済の徹底しているアメリカが、雇用の維持に力点を置いているのでしょうか。それは、リーマン・ショック時にドイツが行った経済政策を模範にしているからです。当時からドイツは、不況時に営業時間を短縮した企業に対して、従業員の給与が減少した分を補填する仕組み(時短手当制度)を持っていたのです。この仕組みを使った失業抑制策によって、ドイツは2010年に主要先進国のなかで失業率がもっとも早く低下に転じ、GDP成長率は4%超の急回復を達成しました。

今の日本は中小企業を見殺しにしている

 アメリカのお手本となっているドイツでは、すでに7500億ユーロ(約90兆円)の経済対策を決定しています。その柱となっているのは、在宅を余儀なくさせられた従業員(フリーランスを含む)の給与を政府が6割まで補償するという制度です。さらに、従業員が住宅ローンの支払いなどを延滞しないように、100億ユーロ(約1.2兆円)規模の追加対策を早急にまとめているのです。それに加えて、中小企業の資金繰りを支援するために、政府が無制限の信用供与をすることも決めています。

 アメリカやドイツと比べて、日本の中小企業への支援策は、恐ろしいほどスピード感に欠けています。経済への甚大な悪影響を抑えるためには、中小企業の相次ぐ破綻を政府による潤沢な資金繰り支援で回避し、失業者の急増を防ぐ対策を迅速に打ち出す必要があります。それにもかかわらず、政府のリーダーシップの欠如によって、あまりにも中小企業への支援策が遅れているため、この間にも全国で多くの中小企業が破綻や廃業に追い込まれているのです。メディアで報道されている倒産件数は、あくまで裁判所の手続きを経た件数(4月27日時点で100件:帝国データバンク調べ)であり、裁判所が関与していない倒産・廃業件数は、報道されている数字の何十倍もの件数になることでしょう(2019年5月16日の「メディアが伝えない倒産件数の真実」参照)。

 政府は2月中旬から、雇用調整助成金(雇用を維持した企業に休業手当を助成する)の支給要件を緩和したといいますが、助成金の申請には労使の合意が必要なだけでなく、休業する従業員の人数・日数などを記載した詳細な休業計画書の提出が求められています。おまけに、受付場所は原則としてハローワークが担当し、圧倒的にマンパワーが不足しています。アメリカの給与保護プログラムが休業計画書の提出が不要なうえ、全国の金融機関で受付ができ手続きも早いのと対照的に、日本の中小企業は見殺しにされているといえるのかもしれません。

恐ろしいほどの危機意識の欠如

 今回のコロナ・ショックのような危機の時にもっとも求められているのは、政府が資金繰りの悪化した企業や生活に困った家計に対して、早急に金銭的な支援をするということです。経済への長期的かつ深刻なダメージを抑えるためには、経済対策のスピード感がもっとも大事であるからです。ところが、なぜか日本政府にはその発想が皆無に等しいのです。

 中小企業への200万円の支援金支給は、申請書類等の作成・提出が求められるため、どんなに早くても6月頃になりそうです。5月、6月と時が経過するのに応じて、倒産や廃業を選択せざるをえない企業、生活が困窮する人々が増えていく懸念が強まっています。緊急事態宣言が全国的に5月末まで延長される見通しのなかで、一時的のはずだった経済への悪影響が長期的な悪影響へと変わってしまうのではないかと危惧されているわけです。

日本は「200兆円の危機対応債」を発行してはどうか

 実は2000年以降、新型コロナのような感染症は5年周期で流行しています。アジアで流行したものでは、2002~2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)がもっとも有名です。韓国や台湾が新型コロナの感染拡大を上手く抑え込めているのは、このSARSの感染症対策に失敗した経験を教訓にできているからです。日本も逸早く、韓国や台湾の対策を謙虚に模倣する必要があったのではないでしょうか。

 新しい感染症が発生する間隔は、50年前や100年前より確実に短くなっています。世界の人口が増加の一途をたどるなかで、従来は野生動物のみの生息地に人間が入り込んでいる影響が大きいようです。また、科学者のあいだでは、温暖化の影響によって未知の感染症の発生が懸念されています。北方の永久凍土や南極大陸の氷が溶けることで、氷のなかに閉じ込められていた昔の病原菌が蘇生して、人間に感染するリスクが高まっていくからです。

 そこで私は、将来の感染症拡大などの非常時に対応するために、200兆円規模の「危機対応債」を発行するべきだと考えています。危機対応債は30年物の超長期債に限定して、その利回りは日銀が0.2%以内に抑え込むというルールにするのです。保有している企業や個人には毎年一定の税額を控除するとともに、企業には保有額に応じてESG投資における評価を引き上げるという特典を与えればいいわけです。

日本は危機の再来に備える資金づくりを

 日本が200兆円の危機対応資金を賄うことができれば、今回のコロナ・ショックでも効果的な経済対策を迅速に実行することができたはずです。中小企業と家計の支援金に12兆円ずつ支出しても合計で24兆円、たとえ冬場に新型コロナの第2波が襲来したとしても、同じ24兆円を支出することが躊躇なく行うことができます。当然のことながら、今後5年以内あるいは10年以内に新たに発生するかもしれない感染症にも、基金は十分に対応することが可能です。

 政府・与党が注力している国土強靭化は将来の人命を守るという旗を振っていますが、誰が何といっても、「将来の人命より、今の人命のほうが優先順位は高い」はずです。日本がこのままの状況を放置すれば、新型コロナで亡くなる人よりも、経済的な理由で亡くなる人のほうが増えてしまいます。大まかに計算すると、失業率が1%上がると経済的理由による自殺者が毎年1100~1200人増えていきます。リーマン・ショック期並みの5%に上がれば、その数字は毎年2750~3000人に膨らみます。(この数字には、経済的な理由に起因する精神疾患を苦にした自殺者数は含まれていません。)

 国家的な危機というのは、何も新型感染症の拡大だけではありません。これから30年以内には、南海トラフ地震が70%の確率で起こるといわれています(そういわれて、すでに数年経過しています)。東日本大震災では復興費用として19兆円がかかっていますが、同じレベルの地震が首都圏や大阪圏、名古屋圏を直撃すれば、その数倍から十数倍もの復興費用が必要になります。200兆円規模の危機対応債は、そういった国家の非常事態時の備えとして有力です。

 政府の新型コロナへの対応がすべて後手に回っているのをみていると、財政の縛りのない危機管理体制を今から準備する必要があるのではないでしょうか。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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