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安倍総理の記者会見はなぜこれほどまでに「まやかし」が多いのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(514)

皐月某日

 緊急事態宣言解除の安倍総理会見を聞いて、いつもながらの「まやかし」と「開き直り」にうんざりさせられた。この人は新型コロナウイルスを巡る世界各国の対応をまともに見ていないか知らない。そして自分では何も考えずに、腹話術師が作り出した都合の良い部分を繋ぎ合わせてしゃべる訓練だけを施されている。

 安倍総理は緊急事態宣言を全国で解除すると述べた後こう言った。「外国では2か月以上ロックダウンなどの強制措置が講じられている国もあります。我が国は緊急事態を宣言しても罰則を伴う強制的な外出規制を実施することはできません。それでも1か月半で今回の流行をほぼ収束することが出来ました。まさに日本モデルの力を示したと思います」。

 日本モデルの力を示した? 「自粛要請」という日本モデルは、ロックダウンでないにもかかわらず同調圧力によって「ロックダウン状態」を作り出し、補償もないのに休業に追い込まれる国民を生み、中には死に追いやられた人間もいる。死に至らずとも暗く我慢を強いられる日々を大勢の国民が送った。

 ドイツ在住の作家多和田葉子さんはNHKのインタビューで、緊急事態宣言で日本は暗い社会になったようだが、ドイツでは誰も暗くなっていない。ロックダウンはカラッとしているという趣旨の話をしたが、その通りだと思う。

 海外では強制力を行使すればその見返りに補償もされる。国家と国民はそれで納得し合う。しかし安倍政権の言う「日本モデル」は強制力を行使していないようで行使する。国が補償もしないのに自治体に休業要請させ、財政力の乏しい自治体は苦悩し、なけなしの金を使って補償せざるを得ない。

 その一方で、国が国民に恐怖心を散々植え付けた結果、国民の中に「命を守れ」と叫ぶ「似非モラリスト」が発生し、その勢力から自粛を無視したと見られた国民は「私刑」を受ける。フーテンには「自粛要請=日本モデル」が戦前の「大政翼賛会運動」の再来に思えた。大政翼賛運動は上からでなく下からの運動で、国家は責任を負わないが国民が勝手に国家の方針に従う図式である。

 国民はメディアによってコロナの恐怖を植え付けられたが、実は国家はコロナなど恐ろしいと思っていない。その証拠が黒川前東京高検検事長の「賭け麻雀」だ。黒川氏はコロナの恐怖を感じていないから麻雀をやった。新聞記者も同様である。つまり権力に近い人間はコロナを恐ろしいとは思っていない。思わされた国民が勝手に自粛した話である。

 ともかく「自粛要請は成功した」と言わなければならない安倍総理は、1か月半の自粛要請で感染が収束したと強調した。感染症には必ずピークがありその後収束する。日本のピークは緊急事態宣言を出す前の3月で、緊急事態宣言が出された4月7日は既に収束に入っていたとする説がある。自粛の成果かどうかは疑ってかからなければならない。

 大体が感染者数の推移だけで議論するのはナンセンスだ。検査を増やせば感染者は増えるし減らせば減る。従ってフーテンは感染者数を騒ぐ報道は無視した。そして死者数にのみ注目した。新型コロナの死者数はインフルエンザの死者数より圧倒的に少ない。インフルエンザの日本での死者数は年間1万人、しかしコロナではまだ千人に満たない。

 新型コロナでの欧米の死者数は多く日本は少ない。安倍総理はそれを日本の力だと強調するが、アジア諸国の死者数はみな少ない。そこにはアジアと欧米の違いという別の問題が潜んでいる。むしろアジア諸国に比べると日本政府の対応はお粗末過ぎて自慢できない。

 中国と国境を接するモンゴルもベトナムも死者はゼロである。隣接する台湾も7人、韓国も300人弱で、それらと比べ長く暗い我慢を強いられた日本が胸を張れるとは思わない。モンゴル、ベトナム、台湾などに共通するのは初動の対応の素早さだ。

 中国の武漢が封鎖されたのは1月23日、モンゴルは27日に中国に通ずる道路を封鎖し、学校の休校とイベント禁止を決めた。2月1日には中国人と中国に滞在歴のある外国人を入国禁止にする。ベトナムも2月上旬には中国全土からの入国禁止を決めた。

 台湾はもっと早い。中国がWHOに新型肺炎を報告した昨年12月31日から検疫体制を強化、1月15日にはこの病気を「法定感染症」に指定し、学校の冬休みを2月24日まで延長した。また国が予算を投じてマスクの増産体制に入った。

 ところが安倍政権は1月15日に国内で初の感染者が確認されても何もしない。春節の中国人観光客を「熱烈歓迎」し、武漢市と湖北省からの入国を禁じたのは春節が明けた2月1日、中国全土からの入国を禁止したのは習近平国家主席の訪日延期が決まった後の3月5日だった。

 初動が遅れた理由は明らかだ。「観光立国」を目指す安倍政権にとり、習近平訪日と東京五輪が国民の命より優先される課題だったからである。そのためには感染者の数も低く抑えておく必要があった。検査をしなければそれは可能となる。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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