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法務省を盾に逃げ切りを図るしかない安倍政権の「死に体」度

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(513)

皐月某日

 週刊文春による「賭け麻雀」報道で黒川弘務東京高検検事長が辞任することになった。フーテンは今週初め「検察庁法改正案の今国会成立断念で安倍政権は死に体になった」とブログに書いたが、文春の記事を読むと「賭け麻雀」の事実を知った安倍政権がその日のうちに今国会成立を断念、翌日そのことは言わずに国民の反対を理由に先送りしたとみられる。

 フーテンが「死に体になった」と書いたのは、検察庁法改正案を先送りしても、黒川氏が現職にとどまっている限り問題は解消されず、1月31日に超法規的に黒川氏の定年延長を認めた事実が政権に付きまとい、「桜を見る会」、「森友問題」、「カジノ汚職」、「河井夫妻の公職選挙法違反事件」などに足を取られると見たのだが、事実はそれよりも切迫していた。

 国民の反対を押し切る形で検察庁法改正案を強行採決した後に「賭け麻雀」が暴露されれば、それこそ大スキャンダルになるところで、安倍政権は吹き飛んでいたと思う。ところが週刊文春が黒川氏に確認の取材をしたのが17日で、その日のうちに政権の知るところとなり、ぎりぎりのタイミングで強行採決を思いとどまり、最悪の事態を免れた。

 しかし最悪の事態は免れても、その時点でその後の展望が描けていたわけではない。菅官房長官は安倍総理が検察庁法改正案の先送りを発表した18日の記者会見で、黒川氏の定年延長問題とは関係がないとして、黒川氏は閣議決定通り現職にとどまることを明言していた。

 菅氏が週刊文春の報道が出ることを知りながら、つまり辞任せざるを得なくなることを知りながら、あの会見を行っていたのなら相当な狸である。そして安倍政権はとりあえずすべてを法務省の責任にして乗り切るしか方法はなくなった。

 1月31日に黒川氏の定年を延長した超法規的閣議決定も法務省の要求に従っただけで、違法の要求をしたのは法務省の責任だから、法務省で考え直せということにする。そして森法務大臣が「賭け麻雀は賭博罪に当たる」といったんは発言したが、法務省が黒川氏に下した処分は訓告、つまり「注意する」だけだった。

 「お友達には優しい」ので有名な安倍総理らしい処分とも言えない処分だが、この軽すぎる処分の批判の矢面に立つのも法務省ということになる。検察庁法改正案を巡り法務省に意見書を提出した検察OBらはこの辞任劇と処分をどう受け止めるのであろうか。検察は安倍政権から舐められているとフーテンは思うが、怒りの声は上がらないのだろうか。

 ところで週刊文春の記事で何よりも興味深かったのは、黒川氏と麻雀していたのが産経新聞の司法担当記者2人と朝日新聞の元検察担当記者だったこと、そしてこのネタを文春にリークしたのが産経新聞の人間だったことである。

 「今度の金曜日に、いつもの面子で黒川氏が賭け麻雀をする」という情報が週刊文春に寄せられたのは4月下旬だった。「産経の社会部に、元検察担当で黒川氏と近く、現在は裁判担当のAという記者がいます。彼が一人で暮らすマンションが集合場所です」と言われた文春は、A記者の黒川擁護の署名記事を確認し、そのマンションの張り込みに入る。

 すると5月1日夜6時過ぎにA記者が近所のコンビニとスーパーで買い物をし、神社に立ち寄って参拝。7時半に黒川弘務東京高検検事長がマンションを訪れ、その2分後に産経のB記者が入るが、B記者はその前にコンビニのATMを操作していた。その様子はすべて撮影された。そしてもう一人の面子は朝日新聞の元検察担当記者だった。

 黒川氏と3人の記者がマンションを出たのは午前2時、6時間半も麻雀に興じていたことになる。黒川氏は産経B記者が呼んだハイヤーに乗って自宅まで送らせた。それから文春は裏付け取材に入り、黒川氏と記者を乗せた元ハイヤー運転手にたどり着く。賭け麻雀をかなりのレートでやっていたことが分かる。そして黒川氏は常に記者たちにハイヤーで送迎させていた。

 さらに黒川氏は麻雀だけでなくカジノ好きでも有名だった。海外に行けば必ずカジノに行った。また官邸関係者からは、安倍総理周辺は黒川氏が菅官房長官の人脈だという情報をしきりに流しているが、安倍総理の腹心である北村滋国家安全保障局長を通じて安倍総理と深くつながっているという言質も得た。

 そして週内に検察庁法改正案が強行採決されると言われていた5月第3週、強行採決が予定されていた直前の13日に黒川氏はA記者のマンションで再びマージャンを行い、深夜B記者にハイヤーで送らせていた。その情報も別の産経関係者から文春に伝えられた。

 仮に政府与党が予定通り15日までに強行採決を行っていれば、法案の衆議院通過で検事総長になることが確実になった人物が、コロナ禍で国民が我慢を強いられている中「賭け麻雀」に興じていたことが暴露され、国民の怒りは二重三重に燃え上がり、安倍政権は持たなかった。

 週刊文春は3月以降、森友学園を巡る公文書改ざんで自殺した故赤木俊夫さんの妻の告発を連続して記事にしている。いわば反安倍の記事を流し続けている。その文春に安倍政権のシンパと見られる産経新聞関係者からの情報提供があったことをどう読み解くかである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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