郊外の老舗豚骨ラーメン店が半世紀近く愛され続ける理由とは?
郊外で開店前から行列が出来る人気店
福岡市の中心部からは少し離れた町「田隈」。駅の近くでも大通りに面しているわけでもない場所で、オープン前から行列を作る店がある。福岡のみならず日本全国のラーメン好きで、知らない人はいない名店『ふくちゃんラーメン』(福岡県福岡市早良区田隈2-24-2)だ。
創業は1976(昭和51)年と、半世紀近くにわたり福岡の人たちに愛され続けている人気店。2004年には全国の人気ラーメン店が集う『新横浜ラーメン博物館』にも福岡代表として5年間出店を果たした。今は多くのラーメン店で見かける卓上のニンニク絞り器を最初に置いたのもこの店だ。
『ふくちゃん』のラーメンは丼から溢れんばかりにたっぷりと注がれたスープが特徴的な豚骨ラーメン。豚の頭骨だけを使い一時間ごとに骨を継ぎ足しながら作られるスープは、豚骨特有の臭みがなく旨味がギュッと抽出された深みのある味わい。昔から変わらぬ製法で作られた低加水ストレート麺はしなやかで歯切れの良い食感。チャーシューは厚みがありしっとりとした食感で噛み締めるたびに肉の旨味が広がるもの。45年のあいだ変わることのない、博多ラーメンの名作と呼ぶべき一杯だ。
いきなり店を任されることになった重圧
開店前から客が並び、開店と同時に満席となる店内。その店内を見渡せる厨房で、背筋をピンと真っ直ぐ伸ばした姿勢で茹で釜の前に立っているのが、三代目店主の榊伸一郎さんだ。
『ふくちゃん』は榊さんの親戚が創業した店だが、1980年に両親が店を継ぎ、榊さんも高校生の頃から店を手伝うようになった。慣れないラーメン店での親の苦労を見て育ってきたので、自分自身はラーメン店を継ごうとは思っていなかった。しかし父親が大好きだった榊さんは、いつしか一緒に働いて父親を支えていきたいと思うようになった。大学卒業後にはそのまま店に入って、厨房で父の隣に立ちラーメン人生をスタートさせた。
そんな中、榊さんが29歳の時に父が病で倒れてしまう。しかしその2日後、店は営業を再開。父親が立っていた茹で釜の前には榊さんが立っていた。今までお客さんにラーメンを作ったこともないのに、いきなり店を任される事となった榊さん。一気に重圧がのし掛かってきた。
「店を任されて最初の一、二年はまともにお客さんの顔が見られなかったですね。常連の方からも色々とお叱りを受けました。しかし店を任されて続けていくためには、味を守ることももちろんですが、まず私がお客さんに信頼や安心感を与えられるようにならなければなりません。そのために自分に出来ることは何かを一生懸命考えました」(ふくちゃんラーメン店主 榊伸一郎さん)
お客さんに合わせて味のバランスを変える
自分に出来ることとは何かと考えた榊さん。味も接客ももっと良くなるように改良を重ねた。しかしながら、スープの取り方など基本的な部分を変えることはない。あくまでも『ふくちゃん』の味は守ったままで進化させていかなければならない。
いつ行っても変わらない味を守り続けるのは難しいこと。お客さんに変わらないと思って貰うためには、味覚が変化していくお客さんに合わせて日々味を進化させ、見えない努力を重ねていかなければならない。火加減や材料を入れるタイミング、麺を茹でる秒数まで微妙に変化させる。正解が無いからこそ、常に最良を追い求めていくのだ。
榊さんは長年愛されてきた『ふくちゃん』の味を守りながらも、お客さん一人ひとりに合わせて微妙にバランスを変えていくようにした。お客さんがお店に入って来た時、食べている時、そして帰る時と、榊さんは厨房でラーメンを作りながら、常にお客さんの顔と目を見ているのはそのためだ。
「お客さんが待たれている時の表情や、会釈して目が合った時などから気持ちを察するようにしています。常連の方の場合は前回来られた時の様子も思い出して。そしてそのお客さんのために一杯ずつ想いを込めてラーメンを作るようにしています。」(榊さん)
半世紀近く愛されている『ふくちゃん』には、長年通い続けている年配のお客さんも少なくない。そんなお客さんのために塩分は落としながらも、昔と変わらない味になるよう味のバランスを微妙に調整している。
「お客さんに末長く元気にラーメンを食べて頂きたいんです。長年にわたり通って下さるお客さんがいて、毎日その方たちにラーメンを作れるのは幸せなこと。これからもずっと変わらずにこの場所に立って、ラーメンを作り続けていくのが私の夢なんです」(榊さん)
昔から変わらぬラーメンがある日常は、実はとても恵まれていて幸せなこと。榊さんは今日も凛とした姿で厨房に立ち、お客さんの目を見ながらラーメンを作る。地元の人たちに寄り添って、変わらぬ味を出し続ける『ふくちゃん』。半世紀近く愛され続ける理由はここにある。
※写真は筆者の撮影によるものです。
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