一杯450円の豚骨ラーメンが半世紀以上も愛され続ける理由とは?
福岡人なら誰もが知る『一九ラーメン』
福岡の人間ならば『一九ラーメン』の名前を知らない人はいないだろう。福岡市内に7店舗ある一九ラーメンだが、経営はすべて親戚筋によるもの。その中でもラーメン好きや地元客に人気の高い店が『一九ラーメン 老司店』(福岡市南区老司1-33-13)。1965(昭和40)年に創業した一九ラーメンの中でもルーツ的存在の老舗だ。
二代目店主として厨房に立つ岩井満則さんは、学生時代は東京で物理学を学んでいた。家業としてのラーメン店経営に未練はありながらも、一般企業に就職するつもりでいた。しかし創業者でもある父親が急病となり、母から福岡へ戻って来て欲しいと頼まれ、家業に入ることとなった。岩井さんが店に入った時、父親は入退院を繰り返していたが、退院してきて厨房にいる時には一緒に働いて、父親からラーメン作りを学んで覚えていった。
父親の満さんは、岩井さんが店に入ってから4年後、48歳の若さで他界した。岩井さんが27歳の時だった。そこから二代目店主として店を継いで30年近くになろうとしている。
理詰めで進化させた豚骨ラーメン
油分はさほど多くなくサラリとした口当たりのスープは、一口すすると口の中に豚骨ならではの髄の旨味と甘味が優しく広がっていく。そしてその味わいをキリっとした塩味が引き締める。毎日でも食べられるラーメンという言葉は良く聞くが、一九のラーメンは毎日食べたくなる、そんな味わいだ。
五右衛門釜を使い豚骨と水だけで作るスープ。火力の強いバーナーで炊きながら、決められた時間ごとに骨を入れ替えて継ぎ足していく。一九ラーメンの製法は至ってシンプルだが、シンプルゆえに難しさがある。岩井さんが作るラーメンは、父親が作っていたラーメンと基本的には同じだ。しかし自分なりに色々と試行錯誤を今も重ねているという。
「理にかなったやり方でラーメンを作りたいと思っているんです。製法はもちろん、使う材料ひとつひとつにも理由が必要だろうと。チャーシューは九州産の豚肉を生で仕入れ、卵は地元若宮の地養卵、塩も天然の海水塩に変えたのは、やはり良い素材だと味も良くなるからです。一日寝かせてから使う麺も、月に何回かは調整して改良を重ねています」(一九ラーメン老司店 店主 岩井満則さん)
ラーメンブームが興り、次々と新しいラーメンが生まれては消えていく中で、一九ラーメンは半世紀以上愛され続けているが、ただ味を守り続けているだけでは長くは続かない。岩井さんは理詰めでラーメンの在り方や美味しさを見直して、客には分からないように改良を重ね続けている。変わらないためには、変わり続けなければならないのだ。
一杯ごとに感謝の気持ちを込めて
父が生み出し自分が受け継いだラーメンを、もっと多くの人に食べて欲しい。岩井さんは現在『18ラーメン』という店を福岡県内に4店舗展開している。一九の味はそのままによりリーズナブルに食べて欲しいという思いから、スープは老司店で炊いたものをそのまま運んで使っている。いつかは店舗展開をしたいというのは、生前の父の願いだった。
父の味と想いを継いで30年近く。岩井さんは今日も厨房に立ちスープを作り、麺を上げる。茹で釜の前に立つ岩井さんの凛とした佇まいと、滑らかで淀みない麺上げの姿。そして、古い店舗ながら清潔感にあふれた空間も実に居心地が良い。「きちんとした態度、姿勢が味にも出ると思っています」と語る岩井さん。人、店、そしてラーメンのどれもが「きちんとして」いるのも、この店が長く愛されている理由の一つだ。
「お客様への感謝の気持ちを忘れるな、が父の教え。父が死んだ後、私に色々教えてくれて支えてくれたのは常連のお客様でした。お店に立っているとお客様から元気を頂けるんですよ。美味しいお店はたくさんあるのに、わざわざ老司に来て下さる。その感謝の思いを込めて一杯ずつラーメンを作っています。ラーメンは作り手の気持ちが出る食べ物ですから、一切手は抜けないです」(岩井さん)
※写真は筆者の撮影によるものです。