加害者の嘘、ずさん捜査、保険金払い渋り、SNS中傷… 裁判官が列挙した三島交通事故遺族の過酷な日々
「父の死亡事故に関する民事裁判の判決が、6月5日、ようやく確定しました。ここまで4年半、本当に長かったです……」
先日、静岡県三島市のご遺族から、判決文と共に報告のメッセージが届きました。
2019年1月22日、同市で発生した原付スクーターと乗用車の衝突死亡事故。
この事故で亡くなった仲澤勝美さん(当時50)の長女・杏梨さんから連絡を受け、私が初めて記事を書いたのは、今から4年前のことでした。
<事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念- 個人 - Yahoo!ニュース(2019.6.3)>
上記タイトルにも記したとおり、この事故は、被害者の走行ルートも、加害者側の信号の色も、警察の初動捜査や初期報道の内容とは全く異なるものでした。
事故直後から疑念を抱いていた遺族は、真実追及のため、警察に異議を唱えると同時に、ビラ配りや目撃証言集めを独自に行ったのです。
■一家の大黒柱失い、困窮した遺族の苦しみ
家族の必死の思いは届きました。
防犯カメラの映像などから真実が明らかになり、赤信号無視で仲澤さんを死亡させた加害者は自動車運転過失致死の罪で起訴。そして事故から2年後、禁錮3年、執行猶予5年の有罪判決が下されたのです。
この判決を受け、警察は後日、遺族に謝罪しています(以下の記事参照)。
『三島市バイク死亡事故 初動捜査をミスした静岡県警が、遺族に異例の謝罪』(2021.4.5)
一方、加害者の虚偽供述と警察の初動捜査ミスは、刑事裁判の長期化だけでなく、民事(損害賠償)にも深刻な影響をもたらしました。
杏梨さんは語ります。
「一家の大黒柱だった父が突然亡くなり、事故直後から我が家は収入が途絶えてしまいました。一番下の妹はまだ小学生でしたが、母はショックのあまり、働ける状態ではありませんでした。その上、父が加害者扱いされ、相手が長い間否認していたことで、保険金も支払われず、生活は本当に困窮してしまいました。事故のことだけでも精神的に追い詰められているのに、経済的にも大きな不安を抱えなくてはならなくて、本当につらかったですね」
今回、静岡地裁沼津支部で下された民事裁判の判決(古閑美津惠裁判長)の中には、この事故が遺族にとっていかに理不尽で、過酷なものであったか、その経緯が極めて詳細に書かれていました。
以下、抜粋します。
<民事裁判の判決文より>
ア) 原告(被害者の妻)は、勝美の帰りが遅いことから三女とともに様子を見に行ったところ、本件事故現場において、警察官から勝美が病院に搬送されたことを聞き、長女を呼んで病院に駆けつけたが、すでに勝美の意識はなかった。癌で手術を受けたばかりの長男も、入院先から駆け付けたが、言葉を交わすことはできなかった。
イ) 被告は本件事故直後、110番通報をした際に、自分は青信号を直進し、相手が対向車線から右折してきたと説明し、到着した三島警察署の警官に対しても、同様に説明した。
ウ) 三島警察署の警察官は、原告らに対し、勝美が右折で被告は直進で青信号だったと説明し、報道機関もそのように発表した。
エ) 原告らは、警察官の説明が勝美の通勤ルートと異なるため不審に思ったが、取り上げてもらえなかったため、SNS、ビラ配り、新聞の折り込み広告、ポスティングにより目撃情報を募った。これに対し、報道内容を前提として原告らを批判するような第三者によるSNSの投稿があり、また、被告及び被告の家族らが楽しい生活を送っているようなSNSの投稿もあり、これらを目にした原告らは長く苦しむことになった。
オ) その後、目撃情報や防犯ビデオの映像等から、被告が赤信号で侵入した事実が判明し、被告もいったんは自分が赤信号で侵入したことを納得したが、刑事裁判の第1回公判期日(令和2年5月28日)、被告は、自分は青信号を確認して交差点に進入したと述べた。
カ) 被告は、第2回公判期日(令和2年10月22日)に公訴事実を認めたが、信号を見間違えた理由はわからないと述べる一方で、刑事罰については執行猶予を求めた。被告は第2回公判期日前に代理人を通じて謝罪文や見舞金100万円の申し出をしたが、原告らは、馬鹿にされたように感じ、申し出を断った。
キ) 第3回公判期日(令和2年11月30日)には、被告(夫)の証人尋問の際、裁判長から、被告(夫)及び被告の遺族らに対する対応などについて諭される場面があった。
ク) 原告らは、被告の保険会社から、被告が勝美の右折と話していることから、刑事裁判が確定するまで補償を進めることができないと言われ、長期間、自賠責の仮渡金も受け取ることができなかった。
ケ) 被告は、令和3年3月15日、禁錮3年、執行猶予5年の判決宣告を受けたが、その後も、被告及び被告(夫)から、原告らに対する謝罪等はない。
今回の判決ではこうした事実認定の上、結果的に、被害者の勝美さんには過失がなかったことが正式に認められたのです。
■亡くなった父の方に「7割の過失あり」と告げた自動車共済
実は、事故直後、加害者側が加入していた自動車保険(JA共済)は、『亡くなった勝美さんに7割の過失がある』と遺族に告げていました。
「事故から数日後、JA共済の担当者からは、亡くなった父のほうに少なくとも7割の過失がある。損害賠償額は、自賠責の範囲(死亡事故の上限は3000万円)で賄える、と説明されました。いったいあの過失割合は何だったのでしょう。今思えば、警察の捜査もずさん、保険の調査もずさん、全てにおいてずさんでした。結局、私たち遺族が動かなければ真実にたどり着けなかったというのは、すごく恐ろしいことだと思っています」
では、加害者側が加入していた自動車保険(JA共済)は、そもそも、何を根拠に、勝美さんに7割の過失があると判断したのでしょうか。
2021年3月、刑事裁判で加害者に有罪判決が下された直後、私は長女の杏梨さん、次女のマリンさんとともにJA共済を訪れ、この件について直接質問をしました。
すると、担当者からは謝罪の言葉と共に、「事故直後の新聞報道を見て判断してしまった」という答えが返ってきました。
以下は、事故翌日に報じられた新聞記事のひとつです。
<二十二日午後六時ごろ、三島市萩の信号のある市道交差点で、同市徳倉一の会社員仲沢勝美さん(50)のミニバイクと、沼津市大岡の会社員渡辺さつきさん(46)の乗用車が衝突した。仲沢さんは全身を強く打ち、搬送先の病院で死亡した。三島署によると、仲沢さんは右折しようとし、渡辺さんは直進していた。>(『中日新聞』2019.1.23/*新聞表記は仲沢)
自動車保険における「死亡事故の過失割合」の査定が、いかに簡単に行われているかがよくわかります。
■自賠責の「仮渡金」の支払いも受けられず
「結局、警察の捜査も、新聞報道も、保険の過失割合も、事故直後はすべて父の右折が原因とされていました。JAの担当者も当初は私たちの疑問に耳も貸さず、加害者の言い分をうのみにしていたのです。ところが、捜査が進む中で父に過失がなかった可能性が大になってくると、今度は『刑事裁判の結果をみないと判断できない』というのです。せめて自賠責の仮渡金だけでも先にいただけないかと思い、私は2019年7月、母は2020年3月に、自賠責の調査事務所に電話をしましたが、今は支払えないと断られました。自賠責保険は国で定められている被害者救済のための制度なのに、私たちは結局、苦しいときになにひとつ救済してもらえなかったのです」(杏梨さん)
自賠責保険の仮渡金について、国土交通省の「自賠責保険ポータルサイト」には、下記のように記載されています。
<さしあたりの費用について>
被害者はすぐに治療費の支払等のお金が必要になります。その費用をまかなうお金が早く受け取れるよう、仮渡金(かりわたしきん)制度があります。
<仮渡金(かりわたしきん)>
加害者が加入している保険会社(組合)に対し、死亡の場合290万円、傷害の場合は程度に応じて5万円、20万円、40万円が請求できます。
仲澤さんの代理人弁護士をつとめた高橋正人弁護士は、今回の自賠責の対応についてこう指摘します。
「100対0(無責)でない限り、自賠責の仮渡金は遺族に対してすみやかに支払われるべきです。『刑事裁判の結果を見ないと判断できない』などという説明は、本件には当てはまらないと思います」
事故当時小学生だった末の女の子は高校生になりました。その成長を振り返るとき、改めて4年半という時間の長さを感じます。
事故直後、加害者がとっさについた嘘がきっかけとなり、その後、雪崩のように遺族にもたらされた二次被害の大きさは計り知れません。
杏梨さんは語ります。
「事故直後、父はきっと私たち家族のことが心配で、死んでも死にきれないような気持でいたと思います。執行猶予付きの判決には到底納得できませんが、それでも父の名誉は回復できたと思います。そして今回、ようやく民事裁判の判決が確定し、父も少しは安心できているかな、と思っています。交通事故被害者の中には、今も私たちと同じような思いをされている人がたくさんいらっしゃるはずです。それを思うとつらいですが、どうか最後まであきらめないでください。私たちも、何かお役に立てるよう頑張っていきたいと思います」