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三島市バイク死亡事故 初動捜査をミスした静岡県警が、遺族に異例の謝罪

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
初動捜査の誤りで亡き父が加害者と断定された遺族は独自に調査を続けた(遺族提供)

 2019年から2年にわたって取材を続けてきた三島市バイク死亡事故。3月26日、静岡地検は控訴しないことを決め、被告の女性に下された「禁固3年執行猶予5年」の一審判決が確定しました。

「事故死した父の走行ルートが違う!」!

 事故直後からそう確信し、亡父の名誉を回復するために訴え続けてきた遺族は、赤信号無視をして事故を起こしたにもかかわらず、虚偽の供述を繰り返した被告に実刑を求めていましたが、その思いは届きませんでした。

 まずはこの事故で亡くなった仲澤勝美さん(当時50)の長女から、判決確定後に届いたメッセージを、一部抜粋してご紹介したいと思います。

優しく子煩悩だったという仲澤勝美さんと家族。子どもたちが幼かったころ(遺族提供)
優しく子煩悩だったという仲澤勝美さんと家族。子どもたちが幼かったころ(遺族提供)

■判決確定、遺族からのメッセージ

『私たち遺族は、3月15日に静岡地裁沼津支部で下された執行猶予5年の付いた判決に納得できず、控訴をしてほしいとお願いしていました。しかし、26日、検察から控訴はしないという説明を受けました。

 その理由は、「全国の赤看過が原因の死亡事故の裁判例(千数件)と比較してみても、実刑判決になったものはごく僅かであり、この判決が量刑不当とは言えない」というものでした。

3月15日、刑事裁判の判決後、記者会見を開く遺族と弁護士(筆者撮影)
3月15日、刑事裁判の判決後、記者会見を開く遺族と弁護士(筆者撮影)

 加害者は信号を2度も見間違えただけでなく、信号が赤に変わってから7秒後に交差点に進入して事故を起こしました。それなのに、「対向のバイクが無理な右折をしてきた」と、事実と異なる証言をしていたのです。そのせいで警察から誤った報道発表もされ、自動車保険においても父の過失が7割以上と判断されました。私たちが声を上げなければ、この事実を覆すことは出来なかったはずです。

 なぜ信号無視をしたのか、なぜ事故当初「バイクが右折をした」と説明したのかは、何も明らかになっていません。「前例がない」と言うのなら、どうして新たな前例を作ろうとしないのか……。

 この事故が単なる赤看過での過失運転致死傷罪としか扱われないのは、今も納得がいかないし、無念でなりません』(杏梨さん)

2年前の事故で亡くなった仲澤勝美さんの遺影に語り掛ける妻と長女(筆者撮影)
2年前の事故で亡くなった仲澤勝美さんの遺影に語り掛ける妻と長女(筆者撮影)

■判決後、遺族は所轄署に出向き、質問をぶつけた

 一方、警察との間では、思いがけぬ出来事が起こっていました。

 判決から8日後、静岡県警本部が遺族に直接会って話をしたいと告げてきたのです。

 実は3月15日の判決直後、私は誤った初動捜査がおこなわれた理由を確認するため、被害者の長女・杏梨さん、次女・マリンさんと共に、三島警察署に直接出向きました。

 そして、初動捜査に当たった警察官を含む3名の交通警察官に、

「事故直後、バイクの走行ルートや信号の色を取り違えたのはなぜか?」

「誤った事故状況が早々と報道されたのはなぜか?」

 といった質問を投げかけたのです(以下の記事参照)。

全てはずさんな初動捜査から始まった。判決後、遺族が三島署にぶつけた二つの疑問(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 遺族側は書面での回答を求めていましたが、警察側は書面ではなく、口頭で回答したいとのこと。

 そこで、3月23日、杏梨さんは警察の回答を聞くため、高橋正人弁護士と再度、三島警察署へと向かったのです。

3月15日、刑事裁判の判決直後、筆者と共に三島警察署に出向き、質問を行った長女の杏梨さん(左)と次女のマリンさん。三島警察署にて(筆者撮影)
3月15日、刑事裁判の判決直後、筆者と共に三島警察署に出向き、質問を行った長女の杏梨さん(左)と次女のマリンさん。三島警察署にて(筆者撮影)

■静岡県警本部が捜査ミス認め、遺族に真摯に謝罪

 この日は県警本部交通部の交通指導課理事官兼交通捜査室長のM氏、三島署の交通課長のT氏、交通事故係長のS氏が待っていました。

 杏梨さんは、そのときのやりとりを振り返ります。

「事故からわずか2時間後、三島署の警察官は父が亡くなった病院で、母に対して『旦那さんのバイクが右折したのは間違いない』という断定的な言葉を投げつけたのですが、県警本部のMさんはその点について担当官に確認したうえで、『そう言い切ったことは事実です。申し開きができません。本当にお詫びしたいと思います。申し訳ありません……』そう言って深々と頭を下げたのです」

 さらに県警本部のM氏は、警察が誤った事故状況を報道機関に流し、翌日、翌々日の新聞記事に掲載されたことについては、こう説明したと言います。

「Mさんは、『事故現場で加害者が右直事故だと言ったことで、警察官がそれを鵜呑みにし、思い込んでしまった。そして断定するかの如く報道機関と遺族に伝えてしまった』と認めました。そのうえで、私が『あれは間違いですよね?』と言うと、Mさんは、はっきりと『はい、間違いです』と答え、『本来であれば、わかりませんと言うべきでした。それが本当だと思います』そう言ってくれたのです。弁護士さんも警察がこうして謝罪することは滅多にないことだと驚いておられました」(杏梨さん)

警察の初動捜査に疑問を感じ、遺族が事故の2日後から現場で配り、新聞折り込みをしたビラ(遺族提供)
警察の初動捜査に疑問を感じ、遺族が事故の2日後から現場で配り、新聞折り込みをしたビラ(遺族提供)

 事故から2年2か月、仲澤さんの家族は、警察による思い込み捜査と誤った報道によって、どれほど苦しめられたことでしょう。私はこれまで、何度もご家族に会い、会見にも立ち会ってきましたが、その目に悔し涙を見なかったことはありません。

 でも、最後に警察が初動捜査のミスを認め、真摯な態度で遺族に謝罪したことは、固く閉ざされていた遺族の気持ちをいくらか慰め、救うことにつながったのではないでしょうか。

 私は過去に取材した事件で、過ちを認めようとしない捜査機関の対応を多々目の当たりにしてきました。しかし、過ちを認め、それを分析するところから再発防止は始まるのだと思います。

 それだけに、静岡県警がきちんと内部調査し、遺族に対して真実を語り、誠実に謝罪したことは評価すべきだと思います。杏梨さんら遺族も、県警が誠実に謝罪してきたことについては、同じ気持ちだと話しました。

仲澤さんの事故を捜査した静岡県警三島警察署(筆者撮影)
仲澤さんの事故を捜査した静岡県警三島警察署(筆者撮影)

■三島市死亡事故の過ち繰り返さぬために警察内部で徹底

 4月2日、私は県警本部のMさんに私たちの気持ちを伝えたいと思い、電話をかけました。Mさんは前日の人事異動で部署が変わったため、後任であるTさんが電話に出てくれました。

 静岡県警交通指導課のTさんは私にこう話してくれました。

「三島の死亡事故に対しては、前任のMからも引継ぎを受け、丁重に扱うようにと申し送りを受けています。また、私も交通の現場に、今後はしっかり正しく取り組むようにと通知を出したところです。柳原さんのヤフーの記事も読ませていただいています。私たちも方向性を正すべきことは正すよう、心がけていきたいと思っております」

事故現場交差点。加害者の乗用車は手前からこの信号を無視して直進。仲澤さんの原付は右側から青信号で大通りを横切っていたが、当初は対向右折をして加害車に衝突したとされていた(遺族提供)
事故現場交差点。加害者の乗用車は手前からこの信号を無視して直進。仲澤さんの原付は右側から青信号で大通りを横切っていたが、当初は対向右折をして加害車に衝突したとされていた(遺族提供)

 昼夜、天候問わず発生する交通事故。混乱する現場での事故処理は過酷な仕事でしょう。また渋滞を防ぐことも求められ、警察官の立場に立てば、処理を急ぐあまり、一方当事者のとっさの嘘に引きずられ、判断を誤ることもあるかもしれません。

 しかし、初動捜査の誤りは被害者とその家族を傷つけ、過失割合や損害賠償にも直結します。

 今回のケースを教訓に、防犯カメラやドライブレコーダー、カーナビなどの捜査を行う前に、早々と事故状況を断定してその情報を遺族に伝えたり、報道に流したり……、ということがないよう、全国の警察において改善に向かっていくよう期待したいと思います。

父の死後、体調を崩して動けなかった母を支えて、真実を究明してきた、故・仲澤勝美さんの4人の子どもたち(筆者撮影)
父の死後、体調を崩して動けなかった母を支えて、真実を究明してきた、故・仲澤勝美さんの4人の子どもたち(筆者撮影)

 最後に、長女の杏梨さんはこう語りました。

「父の事故に関しては、多くの方にご署名のご協力いただき本当にありがとうございました。同じ交通事故遺族の方が県外から手伝いに来てくださり、多くの方から頑張って!とお声をかけていただきました。おかげさまでとても勇気づけられ、心の支えとなりました。

 交通事故の被害者、遺族を待ち受ける二次被害、三次被害はとても深刻で問題は山積みだということを遺族になって初めて知りました。おそらく、私たちと同じ思いをされた被害者遺族は大勢おられることでしょう。なにをしても、どこまでいっても、父が戻ってくるわけではありませんが、今後は父の死を無駄にしないよう、再発防止のために、できることを精一杯頑張りたいと思います

事故現場に掲げられた遺族からのメッセージ(遺族提供)
事故現場に掲げられた遺族からのメッセージ(遺族提供)

<本件事故を報じた最初の記事>

事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念(2019.6.3)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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