がん検診の弱点とは? 知っておくべき偽陽性の問題、総合判断の必要性
みなさんは「インフルエンザ迅速検査」をご存知でしょうか?
鼻に綿棒を突っ込むあの検査です。
実は患者さんの中に、
「検査で陽性が出たらインフルエンザ、検査で陰性が出たらインフルエンザではない」
という意味だと誤解している人がよくいます。
実際には、インフルエンザにかかっている人のうち、検査で陽性になるのは約60%とされています (1,2)。
インフルエンザの人を100人集めて検査をすると、そのうち40人は、
「インフルエンザなのに検査は陰性」
ということです。
この「60%」を検査の「感度」と呼び、「インフルエンザなのに検査が陰性になること」を「偽陰性(ぎいんせい)」と呼びます。
「ニセの陰性」ですね。
「そんないい加減な検査では困る!」
と思いましたか?
いいえ、困りませんよ。
(※近年は検査技術の改善により、全体としてもっと高い感度で検出できるようにはなっています)
診断には総合的な判断が必要
流行期に、高熱や筋肉痛といった典型的な全身症状があり、診察してインフルエンザが疑わしいと思われた患者さんには、たとえ検査が陰性でも、
「インフルエンザの可能性が高い」
と患者さんに伝えます。
なぜなら、経過や症状、診察した結果を加味して、私たちは通常「偽陰性だ」と判断するからです。
そもそもインフルエンザの診断に検査は必須ではありませんし(3)、病気の診断は総合的な判断によって行うものです。
全ての検査には「感度」があります。
検査の種類によって、その大小は異なりますが、
「一つの検査で病気を持つ人を100%病気だと正確に言い当てる」
などという機会は極めてまれです。
あらゆる病気は、様々な手法を組み合わせて診断しなければなりません。
「これ一つで病気を確定できる!」という検査は存在しないのです。
では、もし「感度100%」の検査があったとしたら、どうでしょうか?
それだけで十分優れた検査でしょうか?
実はそうではありません。
もう一つ、検査には非常に重要な機能が求められるからです。
それは、「病気ではない人をきちんと『病気ではない』と言えること」です。
検査の弱点、「特異度」という問題
インフルエンザ迅速検査は、
「インフルエンザの人のうち約60%をインフルエンザだと言える検査」
でした。
では、「インフルエンザでない人」をきちんと「インフルエンザでない」と言える確率はどうでしょうか?
その数字を「特異度」と呼び、98%程度だとされています(1,2)。
「インフルエンザではない人」を100人集めて検査したら、2人は「インフルエンザではないのに検査が陽性になってしまう」という意味です。
これは「偽陽性(ぎようせい)」。
「ニセの陽性」ですね。
特異度もまた、検査によって大小さまざまです。
やはり病気の診断には総合的な判断が必要になる、というのは前述の通りです。
さて、問題は、「検診」に用いられる検査を考える場合です。
検診では、特異度の低さが大きな問題になるからです。
なぜでしょうか?
検診における大きな問題
ここで、がん検診を考えてみます。
がん検診で、特異度が低い検査を採用すると、何が起こるでしょうか?
「がんではないのに検査で陽性になってしまう人」が増えますね。
これは一大事です。
なぜでしょうか?
検査で陽性になった人は、「本当にがんかどうか」を確認するため、数々の精密検査を受けなければならなくなるからです。
患者さんは、検査のリスクを負いながら、多大な費用と時間をかけることになります。
その上、「私はがんかもしれない」という思いを抱きながら、毎日を過ごすことになります。
家族の心理的負担も大きいでしょう。
しかも本当はがんではないのなら本来「何もする必要がなかったはずの人」だという点も、重く受け止める必要があります。
前述のインフルエンザ迅速検査との大きな違い。
それは、
「検診を受ける人の大部分は健康で、病気ではない」
ということにあります。
がんの罹患率は、人口10万人あたり男性約800人、女性約550人ですから、単純計算で、がん検診を1万人が受けても9900人以上はがんではありません(4)。
たとえ特異度99%の優れた検査でも、9900人以上もがんでない人が受けたら、その1%でも約100人です。
これらの人たちが偽陽性になり、精密検査を受けるのです。
これが、検診のやむを得ない弱点であり、過剰な検診に伴う大きなデメリットです。
「検診を受ける人はそもそもがんである確率が低い」という点に注意すべきなのですね。
では、それでも「がん検診を受けてほしい」と医師が啓発する理由は何なのでしょうか?
それは、対策型検診ではそのがんの「死亡率の低下」が証明されていることにあります。
これについては、以下の記事をお読みください。
がん検診の本当の目的とは? 知っておくべき過剰診断という弱点
なお、がん検診や人間ドックの使い分け、選び方などについては先日発売した拙著「医者が教える正しい病院のかかり方」で詳しく解説しています。
ぜひ、ご一読ください。
(参考文献)
(1) J Clin Microbiol. 2011, 49(1):437-8
(2) Ann Intern Med. 2012,156(7):500-11
(3)厚生労働省「感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について」においても臨床的特徴でインフルエンザと診断できると書かれています。
(4)国立がん研究センター がん情報サービス「最新がん統計」(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html)