正露丸がアニサキスに効く? 「特効薬」の報道 気をつけるべき3つのこと
あるニュースが、ネット上で大きな話題を呼びました。
実はあの「正露丸」が寄生虫アニサキスを殺す特効薬だった、というものです。
このニュースはSNSを中心に瞬く間に広まり、一部のテレビ番組でも報道されました。
確かに、知的好奇心を刺激される、素晴らしいニュースだと思います。
一方、こうしたニュースに触れる時は、少し気を付けたい点もあります。
(※「アニサキスってなに!?」と思った方はこちらの記事を先にお読みください)
基礎研究は最初の一歩
今回ニュースになったのは、正露丸を溶かした酸性の液にアニサキスをひたしておくと死滅し、胃の消化酵素によって分解されることを示した研究結果です。
薬の効果は、まずこうした基礎研究で示されます。
「病原体や、がん細胞を薬に直接ひたして効果を見る」
という基礎的な実験は、毎日世界中で行われ、膨大な数の論文が発表されています(筆者自身も同様の基礎研究に関わっています)。
しかし、動物実験で効果が示され、さらには実際に人に投与して効果が証明されるのは、本当にごくわずかです。
未来の医療のため、砂漠で針を探すような営みに、多くの研究者が努力を重ねているのです。
むろん、こうした研究者たちの小さな発見がニュースになることはほとんどありません。
よって、実際にアニサキス症に正露丸を使おう、と考えるのは、少し時期尚早でしょう。
ゆくゆくは、大勢のアニサキス症の患者さんに投与して従来の治療と比較する臨床試験が行われる必要があります(論文の中でもそう書かれています)。
アニサキス症かどうかは自力で判断できない
もしニュースを見て、
「魚介類を食べてお腹が痛くなったら、これからは正露丸を飲もう!」
と思う方がいたら、少し注意が必要です。
アニサキスが原因であるかどうかは、自力で判断できないからです。
胃潰瘍や十二指腸潰瘍、膵炎、胆のう炎、胆管炎、消化管穿孔など、腹痛を引き起こす「怖い病気」は数えきれないほどあります。
これらは、病院で診察・検査を受けなければ、気づくことができません。
その上、適切な治療を受けないと命に関わる病気です。
自己判断は禁物です。ぜひ、医師に相談してほしいと思います。
一方で、アニサキス症の治療は確立しています。
胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)で虫体を確認し、これをつまみ取ることです。
つまり、胃カメラを使えば、「診断」を兼ねて「治療」もできるのです。
これを診断的治療と呼びます。
これ以上に確実で効果的な方法はありません。
アニサキスは、時に胃を通り抜け、小腸に潜り込むこともあります。
胃カメラは小腸までは届きません。
まれに、腸閉塞や穿孔(腸に穴があく病気)を引き起こすなど、手術が必要なほど重症化することもあります(1)。
重要なのは、やはり医師の診察を受け、適切に経過を見ることです。
ちなみに、人間の体はアニサキスの成虫が本来寄生すべき相手ではないため、時間が経てば自然に死滅します。
予防するのは難しくない
アニサキス症は、そもそも予防するのが難しくない病気です。
なぜなら、アニサキスは「肉眼で見えるから」です。
細菌やウイルスが怖いのは、その姿が目に見えないからです。
アニサキスは、長さ2〜3センチ、太さ0.5〜1ミリ程度の「巨大な」微生物です。
目に見えるなら、口に入れる前に除去すればいいのです。
アニサキスが多く見られるのは、アジ、サバ、サンマ、カツオ、サケ、イワシ、イカなどです(2)。
これらを調理するときは、目視で観察が大切です。
もう一つの予防法は、加熱または冷凍です。
アニサキスは60度で1分以上、100度以上の加熱なら瞬時に死んでしまいます(2,3)。
また、マイナス20度で24時間以上置いておいても死滅します(2)。
「予防」に勝る「治療」はありません。
正露丸を持ち歩くのも悪くはないのですが、アニサキスを恐れるなら、何より「予防」を忘れないようにしたいものです。
誤解のないよう書きますが、私は今回の成果を否定したいわけでは全くありません。
過去にすでに手にしていた武器が、時を経て知られざるパワーを発揮する。
本当なら、むしろワクワクする話です。
余談ですが、1960年〜70年代、通常の抗生物質では全く歯が立たない耐性菌の黄色ブドウ球菌「MRSA」が現れ、人類が右往左往しました。
ところが、このMRSAに効く強力な抗生物質「バンコマイシン」が力を発揮し、広く使われるようになります。
実は、バンコマイシンは「新薬」ではありませんでした。
1950年代に開発され、すでに医療現場に存在していたのです。
今もなお、MRSAへの切り札として世界的に使われているバンコマイシンですが、“MRSAを殺すために”開発されたわけではなかったのです(4)。
医学の世界には、こうした興味深い例はたくさんあるものです。
ただ、興味深いニュースであっても、その解釈を誤ると、思いもよらぬ健康被害が待っています。
くれぐれもご注意くだされば幸いです。
なお、アニサキスについてもっと詳しく知りたい方は、ぜひ筆者の新刊『すばらしい人体(ダイヤモンド社)』をお読みください。
アニサキスに関する詳しい情報は、こちらの記事もご参照ください。
(1)国立感染症研究所「アニサキス症」
(2)厚労省HP「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」
(3)人間ドック31:480-485, 2016
(4)Jpn J Clin Pharmacol Ther 2012 ; 43(4) : 215-221