皇帝ヒョードルとトランプ大統領の意外なつながり 総合格闘技の発展に貢献してた?
アメリカの偉大なる大統領たちはレスリングの経験者だったが、アメリカ史上最も評判の悪い大統領の一人であるドナルド・トランプ現大統領も過去にプロレスのリングに上がったことがあり、WWEの殿堂入りも果たしている。その縁で、WWEの最高経営責任であるビンス・マクマホン会長の妻で、WWEの前CEOだったリンダ・マクマホンはトランプ政権の中小企業長官へ抜擢を受けた(2年間長官を務めた後、2019年4月に退任)。
プロレスのイメージが強いトランプ大統領だが、実はプロレス以上に総合格闘技(MMA=ミックスド・マーシャル・アーツ)界と深い繋がりを持っていた。
金網の中に閉じ込められた男2人が目潰し、噛みつき、金的攻撃以外ならばなんでもありのルールで殴り合う初期のUFCは「人間版の闘鶏」とジョン・マケイン上院議員から非難され、アンダーグラウンドな存在だった。
1990年代半ばには全米50州の半分以上の州でMMA大会開催を禁止され、UFCは存続の危機に瀕していた。MMAは野蛮な殴り合いではなく、ボクシングと同じくスポーツだとUFCは主張。無差別級で行われていた試合に体重別の階級制を導入したり、オープンフィンガーグローブ着用の義務化、ラウンド制の導入などMMAが存続できるように統一ルールを作り上げた。
2001年にロレンゾとフランクのフェティータ兄弟とビジネスパートナーだったダナ・ホワイトがUFCを買収。当時はニュージャージー州でしかアスレチック・コミッション下の大会開催が認められておらず、カジノが合法なニュージャージー州のアトランティックシティで大会が開催されていた。UFCに大会会場を提供していたのが、トランプが所有していたタージ・マハル・カジノだった。
MMAをマイナースポーツからメジャースポーツにしたかったホワイトは、もっと大きく知名度の高い会場での大会開催を望んでいたが、UFCは大会場からは相手にされなかった。そこに助け手を伸ばしたのが大富豪のトランプ。自らのコネクションを使って、NBAのニュージャージー・ネッツやNHLのニュージャージー・デビルズのホームアリーナだったコンチネンタル・エアラインズ・アリーナを説得して、2001年6月にUFC32の開催を実現させた。日本から宇野薫と近藤有己も参戦したこの大会は完売の1万2500人の観客を集め、アメリカ国内で開催された大会としては当時UFC史上最大の観客を集めて、UFCの転機の1つとなった。
そこからUFCはメジャースポーツへの道を着実に歩み始め、2005年のジ・アルティメット・ファイターで人気が爆発。2006年12月のUFC66ではペイ・パー・ビュー(PPV)の販売数が100万件を超え、MMAがプロレスやボクシングを凌ぐ人気ファイトスポーツとなった。
2007年には日本のPRIDEを買収。実力と人気を兼ね備えた選手を数多く加えて、UFCは名実ともに世界一のMMA団体となった。
そんな横綱UFCに真っ向勝負を挑んだのが2008年に誕生したアフリクション。
若者に人気のアパレルメーカー、「アフリクション」はロックンロールや総合格闘家からも愛されたブランド。多くのUFC選手のスポンサーも務めていた。
選手のスポンサーだけでは飽き足らずにMMA団体設立に乗り出したアフリクションは、団体の目玉選手としてPRIDEのヘビー級王者だったエメリヤーエンコ・ヒョードルの参戦を発表。PRIDE買収後に多くのPRIDE参戦選手を吸収したUFCだが、最も欲しかったヒョードルとの契約をまとめられずにヒョードルを新興団体に拐われた。
PRIDEがUFCに買収された後、ロシアを拠点とするM-1グローバルと契約したヒョードルは、UFCがM-1グローバルと合同興行を行うように要請していたが、単独興行にこだわるUFCはヒョードルのオファーを拒否。欲しいのはヒョードルであって、M-1グローバルではないとして、ヒョードルとの独占契約を求めていたが、アフリクションがM-1グローバルと提携したためにUFCのオクタゴンではなく、アフリクションのリングに上がることを選んだ。
そんなUFCの対抗団体であるアフリクションに多額の資金を投資したのがトランプだった。
「私が投資した理由は、私が楽しめるから」と言うトランプから資金を得たアフリクションには、元UFCヘビー級王者のティム・シルビア、アンドレイ・アルロフスキー、ジョシュ・バーネットをも参戦。アフリクションは共同でアパレル・ブランドを立ち上げたランディ・クートゥアの参戦を望み、UFCが実現できなかったヒョードル対クートゥアの夢の対決実現に動き、UFCヘビー級王者だったクートゥアもベルトを返上して、UFCからの離脱を表明したが、クートゥアとの契約が2試合残っていたUFCはクートゥアの移籍を認めず、PRIDE王者対UFC王者の頂上対決も夢に終わった。
2008年7月のアフリクション第一回大会での選手の報酬はヒョードルとバーネットが30万ドル(約3300万円)、シルビアが80万ドル(約8800万円)、アルロフスキーは75万ドル(約8250万ドル)。同時期のUFCファイターは2008年8月のUFC87に出場したブロック・レスナーが50万ドル(約5500万円)で、対戦相手のヒース・ヒーリングは6万ドル(約660万円)、2007年8月のUFC74でのクートゥアは25万ドル(約2750万円)だった。
UFC以上の好条件を提示して強豪選手を掻き集めたアフリクションは2度の大会を行ったが、3度目の大会のメインイベントでヒョードルと対戦予定だったバーネットにアナボリックステロイドの陽性反応が出て、アフリクションは代役を探さずに大会中止を発表。そのまま団体も畳んでしまった。
スポンサーから競合団体になったアフリクションのことは何度もこき下ろしたホワイトだが、トランプに対しては「我々が誰からも相手にされなかった時代に力を貸してくれたので、ドナルド・トランプのことは絶対に悪くは言わない」と一度も悪口を口にすることはなかった。
2016年にトランプが大統領選に出馬するときには、トランプに頼まれて応援演説を務めたホワイトは「私は人生の大半をファイト・ビジネスに費やしてきたので、誰が本物のファイターだかは直感で分かる。ドナルド・トランプは本物のファイターで、アメリカのために闘ってくれる男だ」と熱いエールを送った。
トランプはMMAの大ファンで、大統領選の直後の2016年11月にニューヨークで行われたUFC205にも足を運ぶことを希望。ホワイトはトランプのためにVIP席を用意したが、警備面を心配したシークレットサービスに説得されてトランプは来場を断念。代わりに息子のドナルド・トランプ・ジュニアが観戦に訪れた。
また、フェティータ兄弟からUFCを買収したWME-IMG(現エンデバー)の共同オーナーを務めるアリ・エマニュエルは、以前にはトランプの芸能代理人を務めていた縁もあり、トランプとUFCは今でも非常に強い関係性を保っている。
UFCの主要大会は今でもPPVで観戦しているそうで、白熱した試合を観た次の日にはホワイトに電話をかけて、熱いファイト・トークをするほどのMMAファンだとホワイトは明かしている。
総合格闘技ファンのトランプは、新型コロナウイルス感染拡大で中断しているスポーツ界が再開するための特別アドバイザーとして、4大スポーツのコミッショナーと並んで、WWEのマクマホン会長とUFCのホワイト代表を指名した。