戦争中に結婚数が増えるメカニズム~個人から切り離された「正しい結婚」という闇
戦時下の婚姻は増える
未だ戦争状態の続くウクライナで婚姻数が激増しているらしい。首都キーウでは、5か月間に9120件の婚姻届が提出され、1110件だった2021年の結婚式の数と比して8倍以上も増加したと報じられている。
しかし、戦時下で結婚数が増えるのは過去の世界の歴史を見ても明らかで、日本でも日中戦争が開始された1937年と太平洋戦争が開始された1941年に大きく婚姻数が増加している。
戦争に行く若い兵士の夫と銃後の妻という構図だけではなく、たとえ徴兵や出征しなくてもいつ何があるかわからない過酷な状況の中で、寄り添う相手や家族を求めたいという気持ちの表れかもしれない。特に、現在進行形で恋愛中の若いカップルにおいてはそうした感情も大きかっただろう。
戦前の日本人はほとんどお見合い結婚だったのだから、自由恋愛しているカップルなんていなかったのでは?と思う人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。恋愛結婚もあった。
1945年3月10日のあの東京大空襲の数時間前の前夜に婚約したばかりの若いカップルの悲しい実話もある。
→「会いたい、話したい」戦争で引き裂かれた婚約者たちの永遠に奪われた未来
しかし、残念ながら日本のこの日中戦争以降の大幅な婚姻増は決してそんな個人のロマンチック・ラブだけに起因するものではなかった。
戦時中の日本における結婚
日中戦争開始の翌年、1938年1月に厚生省が設立された。同年刊行の「厚生省読本」には「厚生省の生みの親は陸軍」と明記されている。詳しくいえば、陸軍省の医務局である。
前年1937年に近衛内閣が誕生した際に、陸軍がいわば内閣を支持する交換条件として突きつけたのがこの厚生省の設立であった。
厚生省読本の冒頭には、その設立の狙いとして「健全な肉体の完成が日本魂を培養する真の要素である」と書いてある。なんてことはない。徴兵する健康な男子をたくさんほしいという意味である。
同1938年4月には国家総動員法が公布され、国家の戦争総力戦体制が整えられていく中、戦争継続に必要な兵隊としての子を産む「結婚」が、個人のものから国家の事業として取り込まれていくことになるのである。
同時に、いわゆる仲人業など結婚媒介業は国の社会事業のひとつとして考えられるようになり、結婚相談所の公営化がはかられていく。それだけでは足らず、会社・工場・町村会・隣組まで巻き込んだ一大結婚斡旋網が作られ、結婚はもはや個人の問題ではなく、誰もが果たすべき国民の義務と化していった。
ある意味、本人の意志とは関係なく、国が相手を選定して結婚させていくというどこかのカルト集団のようなことも行われていただろう。町内会での結婚の斡旋には、男女の独身者カードなるものが作られ、パズル合わせのように結婚が決められていったともある。
結婚が国家によって管理されていたのである。
当然、その空気を大きく後押ししたのはメディアである。
1942年8月の朝日新聞には「生めよ、殖やせよ」という大見出しで結婚を煽った。「結婚するのが正しい道」だと説いた。そのため、多くの結婚を媒介した仲人は英雄的に扱われ、彼らを賞賛する記事も多数掲載されている。
まさに「結婚によって国に報いる」結婚報国思想が唱えられ始めるのである。
現代でもありえる全体主義
しかし、これを読んで「戦前の日本人はやっぱり変だ」などと他人事のように思ってはいけない。
80年以上たった令和のコロナ禍の中で、法律でもなんでもない「お願い」というお触れに従って、一斉に外出を自粛したり、盆暮れの帰省をやめたりした。県をまたいで移動する車に落書きをしたり、時短営業しない飲食店のシャッターに罵詈雑言の張り紙をする者まで出た。一時は「マスクをしない者は非国民だ」と騒ぎ立てた人すらいたのである。
実際にそうした常軌を逸した行動に出ないまでも、互いに監視しあい、そういう視線を感じながら目立たないように、叩かれないように、と空気を読んで行動していた人は多いだろう。
戦争に限らず、先行きの見えない不安な環境下に置かれた時に、人間はどうしても無意識のうちに国とメディアと自分達自身を包み込む全体主義という波に飲みこまれてしまうのである。
全体主義を生みだす最大の独裁者は、「○○しないと大変な目に遭うぞ。滅ぶぞ。死ぬぞ。地獄へ堕ちるぞ」と、ことさらに危機を煽り、世間という空気を作り出す者なのである。
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