【大阪の黒染め校則訴訟】なにが争点だったのか、校則は誰かのためになっていたのか?
大阪府立高校の女子生徒が髪を黒く染めるよう強く指導されたことが原因で不登校になったと訴えた裁判の判決が今月16日にありました。
なにが争点、論点だったのか、判決にはどのような問題があるのか、この記事で詳しく見ていきます。
※わたしは法律の専門家ではないので、法的な判断はできませんが、以下では判決文や教育活動の観点からわかることを論じます。憲法やその他教育法等に詳しい方におかれましては、判決の内容や拙稿等について批判的な検討と情報発信をお願いできると幸いです。
■なにが争われたのか?
この裁判の判決文を読むかぎり、主な争点、論点は3点ありました。
第一に、生徒の染髪などを禁止した校則ならびに生徒指導の方針に違法性はあったのかどうか。
第二に、(仮に校則自体に違法性がない場合であっても)黒染めを求めるなどした生徒指導、頭髪指導に違法性はなかったのか。
第三に、生徒が不登校となったあとの高校の対応(生徒の机を撤去したり、名簿から削除したりしたこと)に違法性はなかったのか。
このうち、1点目と2点目については、原告(元生徒)の主張はほとんど認められず、被告(大阪府、府立高校)側の主張におおむね沿った判決でした。3点目については、前述のニュース記事のとおり、一部生徒側の主張が認められ、府は賠償責任を負いました。本稿では、1点目と2点目を中心に内容とこの判決の問題点等を分析します。
■校則に違法性はあったのか?
まず1点目の校則と生徒指導方針の違法性についてです。文字が多めですが、双方の主張と裁判所(大阪地裁)の判断の概略を表に整理しました(判決文を抜粋、要約していますが、表現等を一部編集しています)。
生徒の側(原告)は、本事案の染髪の禁止などの校則は、教育目的を有したものとは言えないと主張しました。また、仮に教育目的上必要な校則だったとしても、黒染めを何度も繰り返させることは、健康被害を引き起こすなど問題があるので、手段も妥当とは言えないと指摘しました。
これに対して、裁判所の判断は、被告(府側)の主張にほぼそったもので、高校は必要な事項を校則等によって一方的に制定し、これによって生徒を規律する包括的権能を有しており、生徒も学校の規律に服することを義務付けられる、としました。そのうえで、本件の校則も、社会通念に照らして合理的なものであり、学校の裁量の範囲内のものとして違法とはいえない、と判断しました。
つまり、原告は目的も手段も×と主張したのに対して、被告の主張ならびに地裁の判断は、目的も手段も〇としたのです。
■生徒指導は行き過ぎではなかったのか?
次に争点の2番目について。1番目と重なる部分もありますが、おもな主張と裁判所の判断を整理しました。
そもそも、この生徒の地毛はもともと茶色っぽかったのか、それとも黒髪だったのかで双方の認識、主張にはギャップがありました。そこだけでなく、教員は黒染めを強要、強制したのかどうかが、ひとつの争点でした。裁判所の判断としては、黒染めを強要したと評価することはできない、としました。
加えて、いわゆる別室指導ということで、当該生徒を教室には行かせず、別室で学習させたこと、文化祭などの行事もこのままでは参加できないと学校側から言われたことなど、一連の「生徒指導」が問題となりました。これに対して裁判所は、教員らが別室指導というより強制力の強い指導方法を選択したことには合理的な理由があった、と述べています。
■この判決の問題点(1) 校則と生徒指導の必要性はあったのか、深い検討がない。
この判決には多くの問題点があるとわたしは考えます。ここでは、2つにわけて申し上げます。
第一に、頭髪に関する校則と生徒指導に関して、学校側に広範な裁量を認めた上で、それらの中身については、「社会通念に照らして合理的」と述べるにとどまり、本当に必要性があったのかどうか(目的が妥当だったかどうか)や手段の適切さ(相当性)について突っ込んだ検討をしていないことです。
判決が言うように、学校側には校則を制定したり、一定の規律を生徒に求める指導を行ったりする権限はある、と考えることは合理的です。
たとえば、ある高校は自転車や原付での登校を禁止している、としましょう。それは、駐輪場のスペースが取れないからだとか、登校時間帯に自転車等が集中することで交通事故になりやすいといった配慮があるためとします。これは、まともな理由がある上での校則なり指導ですから、多くの人が合理的だと思われるのではないでしょうか。
また、授業中に再三にわたって騒音を出すなどして、授業の進行等の邪魔をする生徒がいたとします。その生徒を別室指導にしたりすることは、他の生徒の学習権を守るためでもありますから、合理性があります。
しかし、本件の校則と生徒指導は、どうでしょうか?
当該生徒の地毛が茶色なのか黒色なのかは重要な問題ではない、とわたしは思います。どちらだったとしても、髪の毛の色が多少茶色だからといって、ほかの生徒の学習に邪魔になるということはほぼないでしょうし、事故等を誘発するというたぐいのものでもありません。
つまり、この生徒は、髪の毛の色のせいでは、おそらくだれにも迷惑をかけていないのです。にもかかわらず、黒染めを再三にわたり求める学校側の姿勢、またそれに従わないからといって、別室指導にしたり、文化祭等にはほかの生徒と一緒に参加させないよと半ば脅したりするというのは、必要性の高い「指導」であり、かつ、手段としても妥当と言えるものでしょうか?個人的には「指導」や「教育」の一環とみなすことにも躊躇しますが。
高校側は、高校生に学業や部活動に集中させるために、頭髪に関する校則や指導があると主張し、裁判所もこの点をほぼそのままトレースするかのように認めています。
ですが、髪の毛が何色であっても、学業や部活動が活性化しない、とは限りません。それに、仮に髪の毛のことにうつつをぬかし、学業や部活動に集中できない生徒がいたとしても、それはその生徒または家庭の選択であり、学校側が一律に事前規制する必要性のあることなのでしょうか。
さらに申し上げると、仮に学業がうまく進まない事態になったとしても、高校の授業の質や教え方がマズイかもしれないですし、中学校までの教育の反省点などもあるはずです。ほかの要因もたくさん考えられます。つまり、染髪⇒学業や部活動の不振という因果関係があるのかどうかはあやしいのに、そう学校が言っているからと、裁判所はそのまま鵜呑みにするというのは、いかがなものでしょうか。
■問題点(2)生徒指導が生徒の学びに向かう力を阻害していることを問題視していない。
別室指導、ならびに文化祭や修学旅行への参加を躊躇させるような今回の学校側の働きかけは、生徒の学習権や高校で学びたいという意欲を棄損する恐れのある行為だったと思います。現にこの生徒は長期の不登校になりました。
そもそも、高校は義務教育ではないとはいえ、多様な生徒たちに学習の場を保障し、成長していくためのものなのに、校則に基づく生徒指導が、その高校のミッションや果たすべき機能に照らして逆に作用していた可能性があります。
原告の言うように、生徒指導の名を借りた「いじめ」であったとまで言えるかどうは評価が分かれると思いますが、高校は一部の生徒につらい思いをさせて、勉強したくないようにさせる機関ではないはずです。それに、高校生とはいえ、学校側、教師の側が権力を握っていることが多いわけですから、生徒指導に従うかどうかは生徒の意思、任意だったという裁判所の判断も、はなはだ疑問です。
ちなみに、この高校(府立懐風館高校)の教育目標のひとつには、「自分の殻を破り、挑戦し、豊かな感性や広い視野を手にする人材を育てる」とあります(現状のものであり、当該生徒が通学していた当時のものとは異なる可能性があります)。
校則でがんじがらめにしておいて、自分の殻を破れとは、矛盾しているように見えます。当時の教員は多い時期には4日に1回も頭髪指導をしていたのですが、校則を守らせることが目的化したようなことを行う暇があるならば、もっと生徒が挑戦する場をつくることに知恵と時間を使うべきだったのではないでしょうか。これは法律論というよりは、学校経営や教育実践上の問題ですが。
関連して、この判決の大きな問題点のひとつは、生徒は学校が決めたことには黙って従え、とも読めるメッセージです。仮にこの判決が確定したとしても、多くの高校等で、生徒は学校の指導には黙って従うべき存在だという認識、教育観が強固になってしまうのは、新しい学習指導要領などの理念とも衝突しかねません。
もちろん、前述のとおり、交通事故防止などの合理性のある校則ならば従うべきでしょう。ですが、なんのためにあるのかよくわからないような校則に、服する義務があるというのは、生徒の主体性や問題解決力、リーダーシップが重要視されている今日においては、時代遅れの認識と言えます。OECDが最近よく使う理念では「エージェンシー」とも呼ばれます。
情緒的な表現となりますが、率直に申し上げて、今回の一連の生徒指導と争いで、当該生徒はもちろんのこと、周りの生徒も、また学校側も府教委側も、誰もうれしくなっているとは思えません。黒髪に執拗にこだわる校則と生徒指導は、結局、誰かのためになっていたのでしょうか?高校にかぎりませんが、多くの学校は、生徒が幸せになる力を高める場所であるはずです。そもそも校則はなんのためなのか、もっと言えば、学校はなんのためにあるのかから、問い直す必要があると思います。
※この記事を書くにあたって、内田良先生が昨夜主宰された「徹底解説!黒染強要訴訟」というオンラインセミナー(2/17)での議論を参考にしました。関係者の方々にお礼申し上げます。
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