120年間の軍事予算から日本を考える
フーテン老人世直し録(106)
神無月某日
年の初めに「今年は嫌でも戦争を意識せざるを得ない」というブログを書いた。今年は日清戦争から120年、第一次世界大戦から100年目に当たるからである。そしてこの二つの戦争が現在に至る日中対立の要因を作り出したと書いた。
明治政府が尖閣諸島を領有化する閣議決定を行ったのは1895年1月。それまで明治政府は沖縄県からの領土編入要求を10年間も無視してきた。清国がすでに島に名前を付けていたからで、それを一転させたのは日清戦争の勝利が確実になったためである。
また中国に反日の気運が生まれたのは、第一次大戦中に「対華21か条要求」を日本が突きつけ、中国にあるドイツ権益を日本に引き渡すよう要求したからである。第一次大戦後にアメリカが唱えた「民族自決原則」も中国の反日感情を後押しした。
日中関係を考える時、我々はこの二つの戦争の歴史を学び直す必要があるとフーテンは書いたが、最近になって片山杜秀氏の『未完のファシズム』(新潮選書)を読み、それに触発されて別の視点からも考える事にした。
一つは軍事費の問題、もう一つはファシズムの問題である。
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