米津玄師「Lemon」のダンサーにして映画作家の吉開菜央。初映画撮影の写真家・石川直樹とのコラボは?
吉開菜央。その名になじみはないかもしれないが、あなたもきっと見たことがある!
これまでに7億再生回数を突破した米津玄師のMV「Lemon」で独特のダンスを披露し、鮮烈な印象を残すあの女性こそが吉開菜央。
彼女がダンサー、振付師、そして映画作家の顔をもつクリエイターであることは、昨年末に開催された「吉開菜央特集 Dancing Films 情動をおどる」のインタビュー(前編・後編)で伝えた。
それから約1年、「吉開ワールド」ともいうべき独自の映像表現の道をいく彼女が、今度は初の長編映画を完成させた。
しかも、写真家の石川直樹とタッグを組んだという。その映画「Shari」は、タイトルにもなっているが、北海道・知床半島の斜里(しゃり)町で撮影された。
新たに届けられた一作について、彼女に訊くインタビューの第三回へ。(全四回)
第一回のインタビューに続く第二回では、作品の主要キャストである「赤いやつ」が生まれるまでの話を訊いた。
当初、長編映画にすることは全然考えていませんでした(苦笑)
ここからは本格的に作品世界についての話に入る。
まず、今回は吉開監督にとって初の長編映画となった。
作品をみると、長編のビジョンをもってきっちり撮影に挑んだ印象を持つが…。
「いや、それが当初は全然考えていませんでした(苦笑)。
前にお話ししましたけど、イメージを共有するために作った紙芝居の映像は6分。そこからいろいろと膨らんだとしても、せいぜい15分ぐらいの作品に収まるのではないかと想定していました。
だから、15分の短編を撮るぐらいの気持ちではじめは考えていました」
そこからどうやって長編となっていったのだろう?
「6分の紙芝居で、こういうことを撮りたいというシーンがいくかあったわけですけど、それをメインカットとしたら、それ以外のいわゆるエクストラカットがどんどん増えていったんです。
たとえば、パンが包まれた赤い風呂敷が車で運ばれていくシーンがありますけど、あれは当初、撮る予定はありませんでした。
でも、なんかわからないけど、現場で撮っておきたい気持ちになった。それでお願いして撮ったんですよね。
不思議なんですけど、そういう瞬間がどんどん出てきた。
メインカットがあったとしったら、これを補完するためにこっちからのショットも押さえておこうといったこともあったし、このカットとこのカットをつなげるには追加でこういうシーンを撮っておこうということもあった。
スタッフも『なんで撮るの?』とか途中から聞かなくなって(笑)、『うん、撮ろう』みたいな感じになって、どんどん撮影していったんですよね。
少人数のスタッフで自由に身軽に動けて、臨機応変に撮影できたのも大きかったと思います。
それで、気づいたら、ものすごい量の撮影をしていたんですよね。『これは15分にまとめられないだろう』というぐらい(苦笑)。
しかも単なる映像素材ではなく、ある意味、作品に封じ込めたいと思える力のあるショットを撮ることができた。
だから、これをもし15分に凝縮してしまうとなったら、それこそワンカット数秒しか使えなくなることになってしまう。それはもったいないなと」
編み込んでいったら、気づけば長編映画になっていた感じです
それでもなお、撮影の段階ではまだ長編は意識していなかったという。長編を意識したのは編集のときだったという。
「正直なことを言うと、斜里で暮らす町の人々にインタビューをしていますけど、撮影のときは、どうやってこれを使うかまったく見えていなかったです。
ただ、とにかく目の前で話されていることがおもしろいから、とりあえずカメラを回していた。
みなさんのインタビューを撮影しているときは、これらが今作っている作品の中でどうつなげられるか、まったくわかっていなかった。
なんとなく『つながるような気がする』みたいな感じで撮っていました。
でも、つながるかわからないけど、いますごくおもしろいことが撮れていることは、これはインタビューもそれ以外も含めてどのシーンにおいても実感していました。
で、編集の段階になったときに、一番最初に映像素材を見直すというよりか、インタビューでまずどんな話をきけているのかから始めたんです。
どんなお話があるのかをチェックしていって、『このエピソードは!』というところをマークしていきました。
その中で、自分でもともと考えとしてあった紙芝居で描こうとしているファンタジックな世界と、斜里という町に根差した人々のリアルな声でリンクするものがいっぱいあることに気づき始めた。
インタビューしているのはわたし自身で、わたしは監督でもあり、編集もしていて、斜里の土地のイメージから生まれた『赤いやつ』でもある。
この『赤いやつ』の視点、『赤いヤツ』が斜里をどうみたのかで構成すると作品に1本筋が通るというか。ひとつにつながるのではないかと思い始めた。
つまり編集をしながら、いろいろなことに気づいて、さまざまな要素がつながっていった。
その過程では、メインシーンにエクストラカットがつながったこともあれば、逆にメインシーンとしてすごく苦労して長時間かけて撮ったシーンでも使わなくなることになった場面もありました。
そうやって編み込んでいったら、気づけば長編映画になっていた感じです。
赤いやつのあの衣装は編んで作ったんですけど、編み物ってけっこう後で修正がきくんですよ。
その手法に似ているというか。
設計図を最初にがちがちに固めて、プラモデル作るみたいにっていうよりかは、編み込んでいって、その都度、修正したり補完したりして1本の映画になって、結果、長編映画になっていたような感じです」
撮影は、石川さんがOKならば、OKです!
では、タッグを組むことになった石川直樹とはどのような話をして撮影に臨んでいたのだろうか?
「どんな話してたかな(笑)。
石川さん、ほんとうに映画撮影は今回が初めてで。
香盤表というのがあることも知らなくて、『そういうものがあるんですね』みたいなところから始まったんですよね(笑)。
ただ映画撮影の手順みたいなことを事前に共有したら、もう撮影をはじめて数日で、ほぼ石川さんに全権委任したといいますか。
『こういうシーンを撮りたいんです』と伝えると、『わかった』といってくれて、実際撮ったものがいつものわたしとはまたちょっと違うスタイルだけれど、それが本当に素晴らしかったのでもう途中からはお任せでした。『石川さんがOKならば、OKです』ということで」
これだけの少人数で映画が撮れてしまうんだというのが、
個人的にはおもしろくて、いままでにない経験になりました
撮影をいまこう振り返る。
「使用したカメラは協賛してくださったSIGMAのfp、これ1個でほとんど撮っている。
レンズもほぼ45ミリだけで撮ってるんですよ。
スタッフもわたしと石川さんと、助監督の渡辺(直樹)さんと、録音と音楽の松本(一哉)さんが基本で、その日手伝ってくださる斜里町の方が数人来てくださる、という超ミニマムな体制で。
これだけの少人数で映画が撮れてしまうんだというのが、個人的には今回ものすごくおもしろくて、いままでにない経験になりました」
(※第四回に続く)
「Shari」
監督・出演:吉開菜央
撮影:石川直樹
出演:斜里町の人々、海、山、氷、赤いやつ
助監督:渡辺直樹
音楽:松本一哉
音響:北田雅也
アニメーション:幸洋子
配給・宣伝:ミラクルヴォイス
ユーロスペース、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中
公式サイト:www.shari-movie.com
場面写真及びポスタービジュアルは(C)2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa