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米津玄師「Lemon」のダンサーにして映画作家の吉開菜央。今度は写真家・石川直樹と新たな挑戦へ

水上賢治映画ライター
「Shari」の吉開菜央監督  筆者撮影

 吉開菜央。その名になじみはないかもしれないが、あなたはもしかしたらすでに彼女に出会っている!

 これまでに7億再生回数を突破した米津玄師のMV「Lemon」で独特のダンスを披露し、鮮烈な印象を残すあの女性こそが吉開菜央。

 彼女がダンサー、振付師、そして映画作家の顔をもつクリエイターであることは、昨年末に開催された「吉開菜央特集 Dancing Films 情動をおどる」のインタビュー(前編後編)でも伝えた。

 それから約1年、「吉開ワールド」ともいうべき独自の映像表現の道をいく彼女が、今度は初の長編映画を完成させた。

 しかも、写真家の石川直樹とタッグを組んだという。その映画「Shari」は、タイトルにとられているように、北海道・知床半島の斜里(しゃり)町が舞台。町の人々とともに作られた。

 この新たに届けられた一作について、彼女に訊いた。(全四回)

写真家・石川直樹に誘われ、北海道斜里町へ

 まず聞かないといけないのは、本作において、撮影監督を務めた写真家・石川直樹について。その出会いをこう語る。

「確か2019年の年の始めのころだったと記憶しているのですが、石川さんが自身が担当しているラジオ番組のゲストにわたしを呼んでくださったんです。

 番組ディレクターの方から連絡をいただいて、『石川さんが吉開さんと話してみたい』と。

 いきなりのことで、びっくりしました。

 訊くと、石川さんの個展にいったときに、わたしがそのことをツイートしたんですね。

 それを石川さんがみてくださっていた。あと、うれしいことに、それより前から、わたしの作品も見てくださっていたみたいで、『Grand Bouquet』もNTTインターコミュニケーション・センターで体験してくださっていたり、TOKASでのグループ展もみてくださっていた。

 それでラジオにわたしが呼ばれまして、そこでお会いして知り合いました」

 そのとき、今回の映画「Shari」につながる創作の誘いを受けたという。

「ラジオでお話しているときに、石川さんが『ちょっと変わった仕事なんだけど、頼みたいことがある』といった主旨のことをおっしゃって、わたしも『ぜひ、ぜひ』と答えて、そこから今回の作品は始まっているんです(笑)」

「Shari」の吉開菜央監督  筆者撮影
「Shari」の吉開菜央監督  筆者撮影

石川直樹からの「斜里で映画撮ってくださいよ」とリクエスト

 映画「Shari」の出発点は、2016年に斜里町でスタートした石川直樹らによるプロジェクト<写真ゼロ番地知床>だ。

 このプロジェクトは、写真を通して知床の新たな魅力を発掘し発信すること目指し、活動の一環として、毎年ひとりの写真家を招聘して作品を制作し、作品の展示会を開催している。

 そのゲスト作家として吉開は呼ばれた。この制作で映像作家が呼ばれるのは初のことだったという。

「この作品制作で、それまで呼ばれたのは鈴木理策さん、石川竜一さん、西野壮平さんと、みなさん写真家だったんです。

 それでみなさんそれぞれに知床にいって写真の作品を制作された。

 でも、わたしは映像作家ということで、石川さんから『斜里で映画撮ってくださいよ』とリクエストがきまして(笑)。

 そんな感じで始まったんです。

 だから、その時点では、何か映像作品を作ることだけ決まっていて、どういうものにするかはノーアイデア(苦笑)。

 わたしの好きなようにしていいということで、はじまりました。

 とはいえ、見ず知らずの土地で知り合いも誰もいない。映画はひとりではできませんから、どうしようかなと。

 でも、そこは石川さんがきちんとフォローしてくれて。『<写真ゼロ番地知床>のメンバーが手伝ってくれるので、困ったことがあったら彼らを頼ってください』ということで、まず斜里の町を周ってみることにしました」

「Shari」より
「Shari」より

まずは斜里の空気や土地の雰囲気といったことを自分の体に取り込もう

 こうして2019年の夏、吉開はシナリオハンティングのために斜里の町を訪れることになる。

「実は、その年の春に別件で石川さんが斜里に連れていってくださったんですけど、短い時間だったのでほんとうにさっと回った感じで町の雰囲気を少し感じる程度でした。

 ただ、その中でも、初めてみるものがいっぱいあって、強く印象に残ったことがいくつもありました。

 まず、春先になってもけっこう雪が残っていて、膝が埋まるぐらい積もっていて驚きました。

 それから海岸のオロンコ岩にいったら、春がそういう時期なのかもしれないのですけど、いままでみたことのないぐらい多くのカモメがいて、耳を塞がないと耐えられないぐらい鳴いている(笑)。

 あと、出会った人も新鮮で。

 一番最初に石川さんが連れて行ってくれたのが、羊飼いのパン屋『メーメーベーカリー』で、そこで小和田さんと出会いました。

 映画にも登場していただいてますけど、小和田さんはユニークな人生を歩まれている。

 ほかにも、個性的な方がけっこういらっしゃった。

 なので、夏に訪れたときは、斜里をもっと深く知って体感したいなと。そこで、石川さんの真似じゃないですけど、まずフィールドワークをしてみようと思いました。

 まずは斜里の空気や土地の雰囲気といったことを自分の体に取り込もうと。

 その中で、山には登りたいと思っていて、斜里岳と羅臼岳がどちらがいいか、ネットで拾えるぐらいの情報はみましたけど、実際行ってみないとわからないので、行程はほぼノープラン。

 どうなるかなと思っていたんですけど、石川さんが『吉開さんが行くからよろしく』ときっちり<写真ゼロ番地知床>のみなさんに伝えてくださっていて。

 どこにいったらいいかお聞きしたら、めっちゃくちゃ相談に乗ってくださって、むしろ、『斜里岳は僕が案内しましょう』とか『鹿の屠殺を見たいですか』とか、『漁師の船に乗りますか』とか、提案してくださったんです。

 その結果、いろいろな人と出会うことができて、さらに鹿肉をいただいたり、山を登ったり、漁船に乗ったりと得難い経験をすることができました。

 当たり前ですけど、漁船はそんなパッといって乗れるものじゃないんですよ。

 でも、<写真ゼロ番地知床>のみなさんの手配で乗ることができた。

 これだけでも幸運なのに、漁師さんから興味深い話を聞くこともできたんです。

 たとえば、その漁師さんは、取った獲った魚に傷つけるなんてあり得ないころに、獲れた瞬間に血抜きする魚を活き締めすることを始めたとか。

 ほんとうにふつうでは体験できないことばかりで、シナリオハンティングとしては申し分のない時間になりました。

 かなりのハードスケジュールで肉体的にはボロボロになってましたけど(苦笑)」

(※第二回に続く)

「Shari」ポスタービジュアル
「Shari」ポスタービジュアル

「Shari」

監督・出演:吉開菜央

撮影:石川直樹

出演:斜里町の人々、海、山、氷、赤いやつ

助監督:渡辺直樹

音楽:松本一哉

音響:北田雅也

アニメーション:幸洋子

配給・宣伝:ミラクルヴォイス

ユーロスペース、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

公式サイト:www.shari-movie.com

場面写真及びポスタービジュアルは(C)2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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