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米津玄師「Lemon」のダンサーにして映画作家の吉開菜央。鮮烈な印象を残す「赤いやつ」の正体とは?

水上賢治映画ライター
「Shari」の吉開菜央監督  筆者撮影

 吉開菜央。その「Shari」名になじみはないかもしれないが、あなたもきっと見たことがある!

 これまでに7億再生回数を突破した米津玄師のMV「Lemon」で独特のダンスを披露し、鮮烈な印象を残すあの女性こそが吉開菜央。

 彼女がダンサー、振付師、そして映画作家の顔をもつクリエイターであることは、昨年末に開催された「吉開菜央特集 Dancing Films 情動をおどる」のインタビュー(前編後編)で伝えた。

 それから約1年、「吉開ワールド」ともいうべき独自の映像表現の道をいく彼女が、今度は初の長編映画を完成させた。

 しかも、写真家の石川直樹とタッグを組んだという、その映画「Shari」は、タイトルにもなっているが、北海道・知床半島の斜里(しゃり)町で撮影された。

 新たに届けられた一作について、彼女に訊いた。(全四回)

 前回の第一回のインタビューでは、今回の作品のキーパーソンである写真家・石川直樹との出会いまでの過程を訊いた。

 ここからは作品がどう立ち上がっていったかの話を。

世界自然遺産・知床で感じたこと

 舞台となる斜里町のシナリオハンティングを経て、どういうアイデアがうまれていったのだろうか?

「知床は、ご存知のように世界自然遺産に登録されています。

 ただ、これは世界自然遺産に登録されたあらゆる場所が、その土地の魅力をどう打ち出すか、その大切な遺産をどう保って損なわないようにするかって悩みどころだと思うんです。

 過度に観光地化してはいけないし、かといって規制をかけてほとんど誰も訪れないような場所にするのも違う。

 その中で、斜里で生きている人々のスタンスは非常に考え抜かれているというか。

 世界自然遺産という、この知床の地に価値があって自分たちにとっても、世界にとってもかけがえのないものであることを認識した上で、傷つけることのないよう大切に守りながらもクローズすることなく遺していこうとしている

 石川(直樹)さんという東京在住のアーティストを招き入れてプロジェクトを立ち上げている時点で、この地の文化や価値をどう守って、継承していくのか志があることがよくわかる。

 一過性で考えていない。ただ、観光名所をどこかに作って、有名な観光ガイドブックに掲載されることがすべてではない。

 知床の土地の魅力を観光だけではない形で伝えていこうとする意識が感じられました。

「Shari」より
「Shari」より

 それから、シナリオハンティングの過程で、斜里で暮らされているいろいろな人と実際にお話して、その人たちの熱量にもやられたといいますか(笑)。

 <写真ゼロ番地知床>のみなさんをはじめ『遠慮せずにわたしたちを巻き込んでもらっていいですよ』といった感じで、わたしの作品作りをものすごく熱意をもって応援してくださる。

 そういうみなさんの熱意が一気に押し寄せるとともに、鹿肉を食べて、身体がほてって眠れなくなった日があって。

 そのとき、うれしい反面、すごくプレッシャーも感じたんですよね。この熱を受けて『わたしは何を撮ったらいいんだろう』と。

 それで、熱にほだされる中、『赤いやつ』の存在や、こいつがどういう風に出てきて、こんな映像が展開していくということのほんとうのさわりだけを思いつきました。

 そのイメージを記憶しておいて、東京に戻ってから、それを紙芝居にまとめました。

 わたしの場合、こうした創作でやりたいことのイメージをまず紙芝居を作ってまとめてみることが多いんです。

 でも、今回は紙芝居だけじゃなかなか伝わらないなと思って、紙芝居に自分の声でナレーションも当てて、つないだ6分ぐらいの映像を作って。

 それを『こういうものが撮りたいです』と、石川さんと<写真ゼロ番地知床>の皆さんにお送りしました。

 もうどういう反応が返ってくるのかドキドキだったんですけど、石川さんは『いいね』といってくれて。

 あとで聞いたら『いいね』といいつつ、あの紙芝居だけで映画を撮るのって、『そうとうチャレンジングなのでは?』と思ってたらしいですけど、とにかくすごく喜んでくださった。

 それで、『僕が撮りたい』といってくれて、それまで切り出せないでいたんですけど、これはチャンスと思って、撮影をお願いしてしまいました(笑)。

 あと<写真ゼロ番地知床>のメンバーうちのお二人からも『すごく感動しました』というメールをいただきました。

 けっこう、ファンタジックで抽象的なイメージが連なっていくような流れの内容なので、『わけわからない』と言われても仕方ないと思っていたら思いのほか好意的にみなさんが受けとめてくださった。

 こうして作品作りの第一歩がスタートした感じです」

「Shari」より
「Shari」より

「赤いやつ」とは?

 作品を語る上で真っ先に触れなくてはいけないのは「赤いやつ」の存在にほかならない。

 斜里という土地、あるいは生きとし生けるものの生と命などが宿ったようなこの存在は、どういう発想から生まれてきたのだろうか?

「斜里をいろいろとめぐる中で、さきほど話したようにこの地で生きている人々からものすごく熱いものをまず感じました。

 これはわたしの勝手な考えなんですけど、北の大地に住む人は熱くならざるえないというか。

 その人の中にある生命のエネルギーみたいなものを出していないと、寒さにあっという間に凌駕されてしまう。なにかを燃やし続けていないと寒さに対抗できない。

 そういうところがあると思うんです。

 寒い大地では、食べる物と住む家がなくなったら、もうほとんど『死』と直結してしまう。

 だから、斜里の冬というのはまさに凍てついた大地で、寒さも半端ない。でも、それに負けないような人々の熱さがあることにわたしは気づいた。

 ものすごいパワフルでエネルギッシュなものを人々から受け取って、なんかイメージとして『赤』のカラーを感じたんです。

 それから、町の人々と話をしていて、クマとか鹿とかシャケとか、生き物の話が出てきて。

 その北の大地に住む生物もまた同じようなエネルギーを持っていると思ったし、たとえばシャケや鹿肉は、食材となって人の血や肉やエネルギーに変換されることになる。

 先で触れましたけど、わたしも鹿肉をたべて、身体がなんかほてって異様なエネルギーを感じて眠れなくなってしまった。

 ここからも『赤』のイメージが感じられた。

 あと、これは撮影上の話なんですけど、冬が撮影だったので、その季節は一面雪で白い大地となる。

 そこになにか現れるとしたら、赤がやはり一番映えるだろうということも思いつきました。

 こういうアイデアが折り重なって『赤いやつ』が生まれました」

(※第三回に続く)

「Shari」ポスタービジュアル
「Shari」ポスタービジュアル

「Shari」

監督・出演:吉開菜央

撮影:石川直樹

出演:斜里町の人々、海、山、氷、赤いやつ

助監督:渡辺直樹

音楽:松本一哉

音響:北田雅也

アニメーション:幸洋子

配給・宣伝:ミラクルヴォイス

ユーロスペース、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

公式サイト:www.shari-movie.com

場面写真及びポスタービジュアルは(C)2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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