たった5館の公開ながら異例のヒットに!「この作品が、わたしの死後も残ってくれたら」
映画「コンパートメントNo.6」は、2021年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを獲得した1作。
1990年代のモスクワを背景に、この世界からなにか取り残されてしまったような憂鬱な気分の中にいるフィンランド人女性留学生の列車での一人旅が描かれる。
特別にドラマティックなことが起こるわけではない。
ただ、「袖振り合うも他生の縁」ではないが、ちょっとした他者への思いやりがテーマに深く結びつく物語は、世界情勢に緊張の走る、いまだからこそ大切な人間同士のやりとりと届けてくれる。
手掛けたのはフィンランドのユホ・クオスマネン監督。
世界的に脚光を浴びる彼に訊く。(全五回)
この作品は<記憶>が大切なキーワードになるのではないか
前回(第四回はこちら)、一瞬の「つながり」を描くことを大切にしたことが語られたが、もうひとつ大切にしたことがあったという。
「撮影監督と一緒に話して意見が一致したことがあったんです。それは『この作品は<記憶>が大切なキーワードになるのではないか』ということ。
記憶もまた大切に描きたいと思いました。
記憶というのは、ちょっとミステリアスでもあり、ロマンティックでもあるといいますか。
記憶というのは、流れる時間の中で生まれる。自分が過ごしてきた時間の中で、あるときのことを思いだす。
何度でも思い出したくなるいい記憶もあれば、二度と思い出したくない記憶もある。
でも、いずれの場合であっても、自分の中に刻まれていて、ある瞬間にふと甦るときがある。
記憶は、自分と自分をつなげるものでもある。そのことを描くことで、見てくださった方も自分の大切な記憶を思い出してもらえるのではないかと考えました」
実は永遠などない。すべてのものに終わりはいつか来る。
ならば、ずっと続かないものにも価値があるのではないか
それからもうひとつ、「死」ということにも向き合ってみたかったとユホ・クオスマネン監督は語る。
「ここまで話してきたように、他者とのつながり、記憶を大切に描こうと思いました。
それはいずれも、『受け入れる』こととつながっていく。
他者とのつながりは、自分と異なるものを受けいれることであり、記憶というのは、自分という人間を受けいれることである。
その『受けいれる』ということを前にしたとき、『死』についても考えてみたいと思いました。
死というのは、誰もが迎えることです。死からは逃れられない。ただ、そうであってもなかなか受け入れがたい。
主人公のラウラの旅の目的はペトログリフを見ることです。
ペトログリフは、岩石や洞窟内部の壁面に刻また文字や絵の彫刻で、過去からずっと残っている痕跡といってもいいかもしれない。
ラウラは、それを見ることで、なにか永久的なものに触れられるのではないかと思っている。
でも、目の前にしてひとつ悟る。ただのひとつの岩でしかないと。つまり永遠のものなどないことに気づく。
わからないですが、ペトログリフに文字や絵を刻んだ人は、おそらく何かを残そうとした。そこには、永遠に残したい気持ちがきっとあったのではないか。そう考えると、そこには『死を受けいれたくない』『死に抗いたい』、そういう死への恐れがペトログリフの絵や文字にはあるかもしれない。
つまり永遠に消えてしまうのではなく、記憶されることを望んでいた。
人というのは自分の生きた証をどこか残したいところがあるものです。
ペトログリフは確かに恒久的にそこにずっとあるもの。しばしば、わたしたちはこういった永遠の存在に大きな価値を見出しがちです。
でも、実は永遠などない。すべてのものに終わりはいつか来る。
ならば、ずっと続かないものにも価値があるのではないかと思うんです。
儚い瞬間にも、重要な価値があるのではないかと。
ラウラはペトログリフに永遠を見出すことはできない。でも、おそらく、彼女は人生において一瞬のことですけど、リョーハとの出会いは永遠に忘れないのではないでしょうか。
永遠を求めると、いまある大切なものを失ってしまうかもしれない。
そんなことも含めて、死と向き合うことでみえてくることがあるのではないかと思いました。
ちょっとここまでの話ですと、永遠というものに否定的と思われるかもしれないのですが、そうではありません。
古くからそこにあり続けるものというものも、また大切ななにかをわたしたちに与えてくれることがあります。
『Compartment no.6』は、わたしのペトログリフといっていいでしょう。
この作品が、わたしの死後も残っていってくれたらと、思っています(笑)」
『コンパートメントNo.6』
監督・脚本:ユホ・クオスマネン
出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフほか
全国順次公開中
メインビジュアル及び場面写真はすべて(C) 2021 - Sami_Kuokkanen, AAMU FILM COMPANY