たった5館の公開でミニシアター興行ランキング2位の快進撃!フィンランドから届いた注目作の監督が語る
映画「コンパートメントNo.6」は、2021年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを獲得した1作。
1990年代のモスクワを背景に、この世界からなにか取り残されてしまったような憂鬱な気分の中にいるフィンランド人女性留学生の列車での一人旅が描かれる。
特別にドラマティックなことが起こるわけではない。
ただ、「袖振り合うも他生の縁」ではないが、ちょっとした他者への思いやりがテーマに深く結びつく物語は、世界情勢に緊張の走る、いまだからこそ大切な人間同士のやりとりと届けてくれる。
手掛けたのはフィンランドのユホ・クオスマネン監督。
世界的に脚光を浴びる彼に訊く。(全五回)
フィンランドの女流作家、ロサ・リクソムの小説との出合い
前回(第一回はこちら)は、世界的な成功を収めたデビュー作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」について振り返ってもらった。
ここからは本題、新作「コンパートメントNo.6」の話を。
まず、本作はフィンランドの女流作家、ロサ・リクソムの同名小説を原案としている。
この小説をきいたきっかけをこう明かす。
「実は2010年に発表されたときに、妻が読んでいたんです。
それを見かけて何気なしに妻に『これ、映画化できる?』と言ったら、彼女は『おもしろい話よ』と答えてくれて。
それで興味をもって僕も手にすることになりました。
ちょうど『オリ・マキの人生で最も幸せな日』の脚本を執筆中のころでした。
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』の制作の実現がみえはじめたときで、次に何を撮ろうか題材を探している時期だったと記憶しています」
最初は、映画化するのはそうとうハードルが高い』と感じました
ただ、すぐに「映画化したい」とは思わなかったそうだ。
「妻に薦められて手にしたわけですが、確かに内容としてはおもしろい。
ただ、この原作は物語にかなり奥行があって、話がものすごく広がっていくところがある。
そういう印象もあって、最初に本を読み終えたときは、『映画化するのはそうとうハードルが高い』と感じました。
ただ、やっぱり魅力的な小説で、もう一度読んでみると、『描いてみたい』という気持ちにもなる。
具体的なことを言うと、映画として撮るには実に雰囲気がいい、趣きのあるものにできると思いました。
たとえば、基本は列車内での話になる。列車で移動しながら物語が進行していくというのは実に映画的。
ビジュアルとしても美しいものにできて申し分がないと思いました。
それから列車のコンパートメントNo.6、つまり6号室で、たまたま一緒になった男女が心を通わせていくという物語もひじょうにシンプルでいいと思いました。
ただ、一方で、原作はかなりいろいろと時代が行き来したりして、レイヤーがいくつもかかっているものになっている。
そのレイヤーは本を読む分にはいろいろとインスパイアされて、さまざまな解釈が生まれておもしろい。
でも、それを映像で表現するというのは、かなり難しい。
映像化できたとしても、作品が複雑になりすぎてしまう可能性がある。
そうなると、不安がぬぐえない。それで、僕としては映画化が可能か、かなり懐疑的になってしまうところがありました。
といった感じで、映画化を実現できるかな、やっぱ無理だよな、みたいな気持ちをしばらくいったり来たりしていました」
原作者から「原作にこだわる必要はない」と伝えられて
そんな折、著者のロサ・リクソム氏と偶然出会うことになった。
「とあるイベントでロサ・リクソムさんとお会いすることになりました。
そのとき、この小説の映画化の可能性について話を切り出しました。
で、正直に、自分が悩んでいること、映画化に踏み出せない疑問点などを彼女に僭越ながらぶつけたんです。
すると彼女は『この本でやりたいことをやるのは(あなたの)自由』と言ってくれたんです。
『原作に忠実である必要はない、原作にこだわる必要もない。あなたが考えるものにすればいい』と言ってくれたんです。
これで一気に視界が開けたといいますか。
『そうか、(原作から)変えていいのか』と思って、であれば『映画化できる』と気持ちが動いてきました。
それが、確実にいつだったか覚えていないんですが、確か『オリ・マキの人生で最も幸せな日』の撮影に入る少し前ぐらいだったと思います。
そのときに、次回作はこの小説になるなと思っていました」
対立している者同士が、しばしの時間を共有することで理解を深める。
そのことを描くのはいまの時代、大切だと思いました
このような過程を経て、脚本を書き始めたという。
「ロサ・リクソムさんが『好きにやったらいい』とおっしゃってくれたので、ほんとうに自由に書くことができました。
まず、本を繰り返し読む中で、わたしがとりわけ心を惹かれたのは『景色』でした。
この作品は、フィンランド人でモスクワに留学している女性のラウラと、ロシアの労働者でちょっとがさつな性格の男性、リョーハが偶然、長距離列車の相部屋で一緒になってしばしの時間を過ごすことになる。
物語のほとんどが列車内で展開していく。
先ほども触れましたが、列車での撮影、列車の中で物語が展開するというのは、ひじょうに映画的で魅力的だと思いました。
なぜ、そう思ったかというと、実のところ僕はシベリア鉄道で旅したことがあるんです。
ヘルシンキからロシア、ウランバートルまで旅をしました。
その車窓からの風景というのが映画的でいまも忘れがたい風景として僕の心の中に刻まれている。
その経験があったので、この列車と車窓から見える風景をバックに、ひとつの物語を描きたいと思いました。
で、この移ろう風景を背景に、どういう物語がいいかと考えたとき、シンプルに人と人の人間的なふれあいが描けたらいいなと。
実は、原作の中において、主人公の二人の関係の変化というのはさほどクローズアップされていない。
でも、わたしは、二人の関係の変化に一番のフォーカスを置きたいと考えました。
一見すると対立している者同士が、しばしの時間を共有することで相手のことを知り、理解を深める。
そういったことを描きたいと思いました。今の時代に、そのことを描くことは大切だとも思ったんです。
ということで、二人の関係性だけでいいと思って、ほかの部分は逆にそぎ落としていきました。
ほかにも原作から変更した点はあって、まず目的地は原作ではモンゴルですが、ムルマンスクに変えました。
それから二人の主人公の年齢も変更しました。
原作は女性がより若くて、男性がより年長者だったのですが、ほぼ二人は同年と変えました
それから時代設定も変更しましたし、男性の名前もヴァディムからリョーハに変えました。
実は、リョーハは、ロケハン中に電車の中で出会ったクレイジーな男性で、これはぴったりだなと思って変更しました。
このように、いろいろと変えました。
ほんとうにその自由をくれたロサ・リクソムさんには感謝したいです。
おかげさまで自分の描きたいことの描ける納得のシナリオになりました」
(※第三回に続く)
『コンパートメントNo.6』
監督・脚本:ユホ・クオスマネン
出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフほか
新宿シネマカリテほか全国順次公開中
場面写真はすべて(C) 2021 - Sami_Kuokkanen, AAMU FILM COMPANY