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わずか5館の公開ながら快進撃続く話題作!監督が明かす、原作の大幅変更を伝えたとき、著者の反応は?

水上賢治映画ライター
「コンパートメントNo.6」より

 映画「コンパートメントNo.6」は、2021年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを獲得した1作。

 1990年代のモスクワを背景に、この世界からなにか取り残されてしまったような憂鬱な気分の中にいるフィンランド人女性留学生の列車での一人旅が描かれる。

 特別にドラマティックなことが起こるわけではない。

 ただ、「袖振り合うも他生の縁」ではないが、ちょっとした他者への思いやりがテーマに深く結びつく物語は、世界情勢に緊張の走る、いまだからこそ大切な人間同士のやりとりと届けてくれる。

 手掛けたのはフィンランドのユホ・クオスマネン監督。

 世界的に脚光を浴びる彼に訊く。(全五回)

ユホ・クオスマネン監督 (c)2021_Photo by Henri Vares
ユホ・クオスマネン監督 (c)2021_Photo by Henri Vares

原作者から「なによりもあなた自身が納得できるものが一番大切」と言われて

 前回(第二回はこちら)、原作者のロサ・リクソム氏の了承によって、いろいろな点を原作から変更して、自分の描きたいことを描ける納得のシナリオになったことを明かしてくれたユホ・クオスマネン監督。

 では、この変更についてロサ・リクソム氏からなにか言われたことはあっただろうか?

「いや、さすがにこれだけ変更したので、黙っているのはフェアじゃない。

 だから、ロサ・リクソムさんに連絡を入れて、正直に話しました。

 『ほんとうに申し訳ないんですけど、もう、あなたの小説が原作だと、言えないぐらいいろいろ変更してしまいました。これでいいのでしょうか?』と。

 そうしたら、彼女はもう即答で『ほんとうに最初に伝えた通り。わたしのことはどうでもいい。なによりもあなた自身が納得できるものが一番大切なので、好きにやっていいのよ』と言ってくれたんです」

原作者のロサ・リクソムさんの映画の感想は?

 後日、完成した映画を見てもらったときも、こう彼女は言ってくれたという。

「映画が完成するに至るまでにも、彼女は何ひとつ口を挟んだり、何か注文をつけることはなかったです。

 そこで、カンヌ国際映画祭での上映が世界初お披露目だったのですが、そこで彼女にもみていただきました。

そのとき、彼女はひと言こう言ってくれました。『(わたしの小説と)何も変わっていないですね』と。

 原作の神髄の部分、ほんとうに一番の核となるものは変わっていないといってくださったのかなと、わたしは受けとめました。

 この言葉をいただいて、わたしは少し安堵しました」

「コンパートメントNo.6」より
「コンパートメントNo.6」より

この見ず知らずの他者との出会いを、映画の中心に置く主題として描く

 いろいろと変更する中で、「ラウラとリョーハの関係の変化に一番のフォーカスを置きたい」と監督は語った。

 なぜ、二人の関係性に焦点を当てようと思ったのか?

「まったく見ず知らずの人間同士が偶然出会う。

 まさにこの見ず知らずの他者との出会いを、映画の中心に置く主題として描いてみたいと思いました。

 なぜ、見ず知らずの人間との出会いに焦点を当てるかというと、その瞬間こそが『最も自分らしさ』が出る気がするのです。いい意味でも悪い意味でも。

 知らず知らずの間に、自分という人間の本質や本性が露わになってしまう。

 ロシア留学中のフィンランドの学生、ラウラは当初、モスクワのインテリ層にいる恋人のイリーナと旅をする予定だった。

 でも、ドタキャンされてひとりで古代のペトログリフ(岩面彫刻)を見に行く旅にでる。

 ただ、彼女はこの時点でうすうす感じているのです。自分がモスクワのインテリ社会に居心地の悪さを感じていたことを。そして、イリーナの心がもう自分から離れてしまっていることを。

 でも、それを認めたくない自分もいる。

 そういう状態で寝台列車6号のコンパートメントに乗り込んだら、そこにはモスクワのインテリたちとは正反対、ロシア人で肉体労働者のリョーハがいた。

 粗野な彼に彼女はイラつく。見た目で判断して、ちょっと見下しているところもある。

 このようにラウラの内に秘めたものが出てしまう。

 これが知っている人間であったら違う。冒頭でのイリーナとのやりとりからもわかるように、関係を壊したくないとか、いろいろと配慮して自分の本心みたいなものは押しとどめると思うんです。

 でも、他者だとその場限りと思っているところがありますから、本心をぶつけてしまうところがある。

 本心を出すということは、同時に自分はこういう人間だということに気づくことでもあったりする。

 ラウラははじめリョーハを遠ざける。でも、次第に気づくのです。

 彼女は最初のうち、イリーナのようにインテリなモスクワ市民のようになりたいと思っていた。でも、それは本来の自分ではない。実は、自分はリョーハと大差がないと。自分も不器用で、孤独であることに気づく。

 このような他者との出会いがもたらすことを描きたいと思いました」

(※第四回に続く)

【ユホ・クオスマネン監督インタビュー第一回はこちら】

【ユホ・クオスマネン監督インタビュー第二回はこちら】

『コンパートメントNo.6』メインビジュアル
『コンパートメントNo.6』メインビジュアル

『コンパートメントNo.6』

監督・脚本:ユホ・クオスマネン

出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフほか

全国順次公開中

場面写真はすべて(C) 2021 - Sami_Kuokkanen, AAMU FILM COMPANY

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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