「老後に2000万円レポート」の「次の本気」 私たちは黙殺していいのか
「老後に2000万円」認知度97%の驚き
昨年6月、金融庁のとあるワーキンググループのレポートが、国民全体を巻き込む大騒ぎになるとは、誰も予想しなかったことです。2019年の「真の流行語」である「老後に2000万円」問題を取り上げた報告書です。
この言葉の認知度は圧倒的です。J.D.パワージャパンの「2020年 個人資産運用顧客満足度調査」によれば、何らかの資産運用を行っている人を対象に取ったアンケートでは認知率97%に達したといいます。
もちろん、国民全員が資産運用をしているわけではありませんが、そうでない人の認知度も決して低いものではありません。むしろ「全く知らない」という人を探すほうが難しいのではないかと思います。
8/5 MONYEYzine「老後2000万円問題」は98%が認知、個人資産運用における対面系・ネット系金融機関の満足度は?
7/3 J.D.パワージャパン デジタル対応と顧客の老後資金形成ニーズの取り込みが顧客満足度向上のポイント( 2020年個人資産運用顧客満足度調査リリース)
「老後に2000万円」レポート、その次がひっそり公表
ところで「老後に2000万円」報告書は、麻生大臣が受け取らないと発言してしまいましたが、金融庁のホームページには今も残っています。そしてワーキンググループも継続して議論を続けています。
世間の騒動が落ち着いた頃からリスタートしており、7回の議論が行われています。今年に入って以降は新型コロナウイルスの影響があったことを考えれば、これはかなりハイペースの議論です。
そして8月5日、次の報告書が公表されました。
2020/8/5 金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書-顧客本位の業務運営の進展に向けて-
内容は、「顧客本位の業務運営の更なる進展に向けた方策」および「超高齢社会における金融業務のあり方」についてまとめたものです。
しかし、ほとんどの人が「そういうレポートが出ていたなんて知らなかった。へー」という反応をするのではないでしょうか。
ほとんど取り上げないメディア 理由は「数字にならない」?
「老後に2000万円」がワーキンググループの最終とりまとめに入る段階から盛り上がりを見せたのとは対照的に、新しい報告書のほうはほとんどメディアに取り上げられていません。
ゼロというわけではありませんが、昨年の報告書と比べればその取り扱いは微々たるものです。普通にニュースウォッチをしていてはむしろ気がつかないのは当然です。
昨年は、金融庁のワーキンググループにまったく興味がない人の目にも触れるほど情報が拡散されました。テレビや雑誌、新聞等では多くの記事が提供され、個人はSNSで何らかのコメントをしたりリツイート等で拡散をし、
ワイドショーは新型コロナウイルスの問題を取り上げるのに忙しく、またコメンテーターもこの報告書に興味がないように思います(たぶん存在を知らないのでしょう)。そもそもの「ネタの選択」はプロデューサーの仕事ですが、彼らも新しい報告書のことは「知らない」かもしれません。そしておそらく「数字が取れない」と考えているのでしょう。
でもそれでいいのでしょうか。今回の報告書には騒動を乗り越えてもなお、議論を続けたワーキンググループのプライドが示されているように思います。
金融機関が顧客(特に年寄り)をカモにしないために大事なステップ
前回のいわゆる「老後に2000万円」報告書が取り上げていたポイントを確認するとこうこうことです(たぶん、多くの人は誤解していると思いますので念のために)。
- 国の年金で夫婦の老後の基本的な支出はまかなえる
- しかし、生きがいやゆとりのための費用(月5万円程度)は不足している現状がある
- 100歳人生時代を考えるとこの必要額は2000万円にもなる
- 会社員は退職金制度があれば一定の準備が行われているが2000万円に十分とはいえない
- iDeCoやNISA等の税制優遇制度でいかに早い段階から資産形成を老後に向けて行わせていくかが今後の重要な課題である
- そして実際の老後になったとき資産管理をサポートする金融機関は適切な役割を果たす必要がある
これはこれで重要な議論と公表でした。そして、今回の報告書はその具体的なポイントは以下のようなところです。
1・「顧客本位の業務運営に関する原則」を2017年3月に策定・公表してからの振り返りと評価
- 投資信託の平均保有期間および積立投資を行う顧客の割合の増加傾向がある(この2つはつみたてNISAの影響だがいい傾向)
- 一方で、金融機関と顧客との関係で顧客にふさわしいサービス提供ができているか疑問もある(例えば、売れ筋商品の提案を受ける、複数資産を組み合わせるポートフォリオの提案は受けていない、他の商品との比較説明は受けていない、商品購入後のフォローアップは受けないという傾向がある)
- 「重要情報シート」を使い、他業態や多様な商品を比較できるようにすることが望ましい
- 金融機関の従業員に適切な動機付けの枠組みやガバナンス体制を作るための体制づくりが必要(例えば、とりあえず金額をたくさん売ればボーナスが増えるような評価だけではなく、顧客フォローアップを評価したり、またそのスキルを研修するなど)
- 不適切な販売事例が増えていることを受け、不適切な事例の例示を行ったり、顧客の利益を優先する取り組みを明確化していく
2・超高齢社会において、高齢者(特に認知判断能力や身体機能が低下した顧客)への「顧客本位」のビジネスを行わせるための提言
- 代理人が取引をするための環境整備をはかる
- 福祉関係機関との連携強化による顧客支援体制の整備を行う
- 高齢者のニーズに応える金融商品やサービスの提供や、フォローアップ等の期待
……ここで20行くらいでまとめるのは苦しいところもあるので、関心がある人は元資料をリンクをたどってチェックしてみてください。
いずれにせよ、「金融商品の取引を、もっといいものにしていこう」という、メンバーと当局の意気込みが感じられるレポートになっています。
特に金融機関が不適切なセールスにより顧客の利益より自身の利益を優先している問題については、切り込み続けていく必要があります。彼らもビジネスですから、利益を取っていけない、というわけではありませんが、まっとうなセールスときちんとした販売時説明を行わせる仕組み作り、そして適切な利益の水準を考えることが重要です。
金融機関が顧客をカモにし続けることのないように、そして金融商品が私たちの経済的豊かさを実現する役割をきちんと果たせるように、取り組みは一歩一歩、確実に進められています。
できればもうちょっと、本報告書もメディアで取り上げてもらいたいなと思うところです。