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妊娠出産とタバコの子どもへの影響、そして家庭内での加熱式タバコ喫煙を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者

 妊娠出産前後、多くの喫煙女性が禁煙するが、若年女性の妊娠中の喫煙率は高い。ニコチンは胎児へ悪影響をおよぼし、出産後の再喫煙は子どもが受動喫煙する危険性がある。また、加熱式タバコが、この問題をより複雑にしている。

ニコチンがおよぼす悪影響

 タバコが健康に悪影響をおよぼし、多くの喫煙関連疾患とそれによる死亡を引き起こすことは周知の事実だ。このことは妊娠した女性も例外ではなく、お腹の中の胎児にも同じような影響をおよぼし、妊娠中の胎盤剥離や早産など、さらに出生後も子どもの乳幼児突然死症候群、アレルギー発症などのリスクを高める。

 タバコには多くの有害物質が含まれているが、共通するのはニコチンだ。加熱式タバコを含むタバコ製品には、もれなくニコチンが含まれている。ニコチンは植物のタバコのアルカロイドで、強い毒性を持ち、血管を収縮させ、血圧を上昇させ、神経系に刺激をおよぼすなどの影響がある。

 母親が喫煙したり、周囲の喫煙者からの受動喫煙を受けることなどで、ニコチンは胎盤から急速に胎児に吸収される。これまでの多くの研究から、妊娠中のニコチン曝露は、胎児の呼吸器系、内分泌系、心血管系、神経系、生殖系などの発達に作用し、遺伝子に変異を起こし、出生後の子どもの健康、学力、行動などに生涯を通して悪影響をおよぼすことが明らかになっている(※1)。

妊婦の禁煙と再喫煙のトリガー

 妊娠中の喫煙は、子どもの小児気管支喘息のリスクを高める。出産後に受動喫煙をしていなくても、妊娠前や妊娠初期に母親がタバコを吸うと子どもが生まれた後、3歳時に気管支喘息になるリスクが高くなる。妊娠前や妊娠直後に禁煙しても、喫煙期間が長い場合、あまりリスクが減ることはないようだ(※2)。

 妊娠がわかると多くの女性が禁煙するが、出産後には特に禁煙前の喫煙本数が多い女性でまたタバコを吸い始めてしまうケースが少なくない。

 出産後の喫煙は子どもの受動喫煙にもつながるが、出産後に再び喫煙をしないためには妊娠中のパートナーの禁煙が重要という日本での研究結果もある(※3)。パートナーを含め、周囲の環境が出産後の女性の再喫煙を防ぐということを知っておきたい。

 ところで、10歳代で妊娠出産をする若年層の妊婦は、医療や育児を含めた社会的に支援が必要な妊婦とされているが、妊娠中の一般的な妊婦の喫煙率の3.8%と比べ、若年妊婦の喫煙率は29%(複数の論文の平均、最小は13%、最大は44%)とかなり高いことがわかっている(※4)。喫煙状態を含め、若年妊婦が置かれた状況は深刻だ。手厚い支援が必要だろう。

加熱式タバコは大丈夫か?

 冒頭で述べたように、妊婦や胎児へニコチンが悪影響をおよぼすが、加熱式タバコにも紙巻きタバコとほぼ同じくらいのニコチンが含まれている。

 妊娠中に加熱式タバコを吸うと、胎児の発育が悪くなり、低体重出産が増えるのではないかという研究もある(※5)。この研究によれば、全くタバコを吸わない妊婦に比べ、妊娠中に加熱式タバコを吸った妊婦が低体重出産をするリスクは2.5倍になり、加熱式タバコには紙巻きタバコと同じ程度の危険性があるかもしれないという。

 また、妊娠中に加熱式タバコを吸うと、タバコを全く吸わない場合と比べ、生まれた子どもが喘息、鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギーを発症するリスクが高くなるという研究もある(※6)。この研究によれば、加熱式タバコの喫煙本数が増えると、アレルギーを発症するリスクも増えることがわかったという。

 加熱式タバコでは、受動喫煙のリスクも増える。加熱式タバコなら大丈夫と思い違いをし、家庭内で加熱式タバコを吸う喫煙者も多い(※7)。

 紙巻きタバコは家庭内で吸わなかったのに、加熱式タバコに切り換えたり、紙巻きタバコとの二重喫煙で加熱式タバコを家庭内で吸うようになったりした喫煙者がいて、家族も加熱式タバコならと許容することがあるからだろう。そのため、加熱式タバコのほうが、むしろ家族への有害物質による悪影響が大きいという皮肉な結果になっている

 以上をまとめると、タバコに含まれるニコチンが胎児へ悪影響をおよぼし、パートナーの喫煙が出産後の再喫煙のトリガーになる。また、10歳代の妊婦への支援の必要性、そしてニコチンが含まれる加熱式タバコでも子どもの健康へ悪影響が出ることがわかっている。

 妊娠出産、子育てへの支援が急務になっているが、生まれた子どもの健康を守るためにも妊婦や家族への禁煙サポートも重要だ。タバコから子どもを守り、母子や子育て家庭を社会全体で支えていくことが必要だろう。

※1-1:Bradley D. Holbrook, "The effects of nicotine on human fetal development" Embryo Today: Review, Vol.108, Issue2, 181-192, June, 2016
※1-2:Melissa A. Suter, Kjersti M. Aagaard, "The impact of tobacco chemicals and nicotine on placental development" Prenatal Diagnosis, Vol.40, Issue9, 1193-1200, August, 2020
※2:Kunio Miyake, et al., "Maternal smoking status before and during pregnancy and bronchial asthma at 3 years of age: a prospective cohort study" scientific reports, 13, Article number: 3234, 24, February, 2023
※3:Akane Anai, et al., "Factors associated with postpartum smoking relapse at early postpartum period of Japanese women in the Japan Environmental and Children’s Study" Environmental Health and Preventive Medicine, Vol.28, 28, September, 2023
※4:赤澤宗俊、橋本和法、「本邦の若年妊婦についての社会的背景および周産期予後の検討」、日本周産期・新生児医学会雑誌、第59巻、第2号、2023
※5:Yoshihiko Hosokawa, et al., "Association between Heated Tobacco Product Use during Pregnancy and Fetal Growth in Japan: A Nationwide Web-Based Survey" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.19(18), 11826, 19, September, 2022
※6:Masayoshi Zaitsu, et al., "Maternal heated tobacco product use during pregnancy and allergy in offspring" Allergy, Vol.78, Issue4, 1104-1112, April, 2023
※7:Satomi Odani, Takahiro Tabuchi, "Tobacco usage in the home: a cross-sectional analysis of heated tobacco product (HTP) use and combustible tobacco smoking in Japan, 2023" Environmental Health and Preventive Medicine, Vol.29, 5, March, 2024

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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