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復興税というデタラメな税を共に作った与野党に防衛費への流用を批判する資格はない

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(681)

極月某日

 防衛費増額の財源を巡り、自民党の税制調査会から法人税とたばこ税の増税の他、「復興特別所得税」の一部を充てる案が浮上し、与野党双方から異論・反論が相次いでいる。

 「復興特別所得税」は、2011年の東日本大震災から復興するための財源として、安倍内閣が誕生した直後の2013年から所得税に2.1%が上乗せされ、それが2037年まで続くことになっていた。

 岸田総理は2027年度までの5年間で、43兆円の防衛費増額を行う予定で、そのうちの1兆円は増税によって賄うとしている。自民党税調はその内訳を法人税で7000~8000億円程度、たばこ税と復興特別所得税でそれぞれ2000億円程度を見込んでいる。

 岸田総理は8日に「個人の所得税の負担が増えるようなことはしない」と明言した。しかし自民党税調では、税率を上げずに期間を延長して財源を確保する形にすれば、総理の発言と矛盾しないとしている。

 これに対し立憲民主党の安住国会対策委員長は「大災害について国民の皆さんに了解していただいてやってきた税を防衛費の増額に充てるのは目的外使用だ」と批判し、自民党内にも最大派閥の安倍派を中心に増税には強い慎重論がある。

 フーテンは一般の国民からも反発されやすい復興財源から防衛費への流用を、なぜ岸田総理はやろうとするのかに注目する。岸田総理は防衛力の拡充強化について、「防衛力は内容、予算、財源を一体として議論しなければならない」と発言してきた。

 それなのに防衛力強化の内容が明らかにされない段階で、43兆円という予算規模が決められ、その財源として国民の反対を呼びそうな増税、しかもその中に復興特別所得税からの流用という、さらに反発を呼ぶ考えを提示した。

 普通の政治家なら国民の反発を招かないように、表現は悪いが国民をうまく騙して成立させる。ところが岸田総理はまるで逆のことをしている。しかも支持率が不支持率を下回っているにもかかわらずだ。

 この疑問に対する回答としてフーテンの頭にあるのは、岸田総理は安倍晋三元総理がやってきた政治手法の逆をやろうとしているということだ。安倍元総理は岸田政権が誕生するや、すぐに反中国の姿勢をあからさまにし、「台湾有事は日本有事」と叫び、中国を仮想敵として「敵基地攻撃能力の保有」と、GDP2%への防衛費増額を主張した。しかもそれを国民の反発を招かぬよう国債で賄う考えを示した。

 これに対し岸田総理は日中国交正常化50周年の今年、日中首脳会談を実現して習近平国家主席が満面の笑顔を見せ、米国との関係から防衛力の強化は打ち出すが、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換え、防衛費の増額を安易に行わない姿勢を示すため、あえて増税を打ち出した。

 その根底には、吉田茂以来の自民党本流である「宏池会」出身の岸田総理と、岸信介を源流とする反吉田の自民党傍流「清話会」出身の安倍元総理という自民党を2分する対立がある。「宏池会」の外交姿勢は親米であるが親中でもあり、内政では創立者の池田勇人が大蔵官僚だったことから財政規律を重視する。

 これに対し「清話会」の外交姿勢は親米反共だから親台反中で、内政では岸が商工省(現在の経済産業省)官僚だったことから大蔵省に対抗する経済産業省に依拠し、財政規律より積極財政を主張して国債発行を容認する。

 そして安倍元総理は典型的なポピュリズム政治家だった。本人が痛烈に批判していた旧民主党と政治手法はまったく同じで、大衆迎合を臆面もなくやった。だから分かりやすいと言えば分かりやすい。

 安倍元総理は米中対立に便乗して国民に中国脅威論を煽り、国民を怖がらせて防衛力増強を図り、米国にすり寄ろうとした。その費用を国民に反発されぬよう借金で賄い、借金はいくらやっても大丈夫だと国民を言いくるめた。

 しかし国家が戦争に踏み切る時、最も大事なことは国家の借金を減らしておくことである。なぜなら戦争になれば国民の命にかかわるので、国は無制限に金をつぎ込まなければならない。そして戦争に負ければ、紙幣はただの紙切れとなり、国民は塗炭の苦しみを味わう。

 軍事力でも経済力でも世界に冠たる米国が、ベトナム戦争に敗れたのは財政赤字に耐え切れなくなったからだ。だから戦争をする国は借金を減らしてその時に備える。ところが日本国債の対GDP比は、すでに250%を超え、突出して世界第一位である。とても戦争が出来る国の財政状況ではない。

 安倍元総理のように財政赤字を無視し、借金をして他国から兵器を買うという主張は、フーテンから見ると戦争を真面目に考えない平和ボケだ。それを真に受けて勇ましいことを言う国民もまたボケの極致である。

 だから岸田総理が増税を主張することをフーテンは理解する。国民が真剣に防衛を考えなければ、防衛費の増額もへったくれもない。そしてもう一つ、国民が目を向けてこなかった重大な問題がある。それが「復興特別所得税」という「デタラメ」の税制だ。復興を名目に国民から集められた税金は、被災地ではなく無関係のところにばらまかれた。

 その基礎を作ったのが安倍元総理と同じポピュリズムの政治家、旧民主党政権の菅直人元総理である。東日本大震災という戦争に匹敵する出来事を、官僚の入れ知恵で増税のチャンスと捉え、表では「国難に打ち勝つ」と綺麗ごとを言いながら、税金の使い道を日本全国どこにでも使えるようにした。それを当時の野党である自民党・公明党が後押しした。

 国民はそれに怒ることもなく見逃してきたのだ。だから「復興特別所得税」の流用を批判する資格など、与党にも野党にもあるはずがない。岸田政権が防衛費の増額に「復興特別所得税」を持ち出したのは、むしろそのことで論争を起こさせ、平和ボケした国民に戦争と財政の問題を真剣に考えさせるためではないかとフーテンは思った。

 復興予算が国民を騙してどのように流用されていたかは、福場ひとみ氏の『国家のシロアリ』(小学館)に詳しいのでそれを紹介する。東日本大震災後の菅直人、野田佳彦、安倍晋三の三代の総理が何をやって復興を遅らせてきたかを知ることができる。

 3人に共通するのは「被災地が東日本大震災から1日も早く復興するには、日本全体が強い経済を取り戻さなければならない」というロジックだ。そのロジックによって復興のために集められた税金は、被災地と無関係のところに投入され、無関係のところが潤った。

 東日本大震災後の4月から6月末まで、有識者による「復興構想会議」が開催され、議長の五百旗頭真氏は初日から「復興税新設を検討する」と発言した。菅総理の指示書には「被災地のみならず我が国の再生を図る」と書かれており、これが「日本経済の再生なくして被災地の再生もない」というロジックの始まりだった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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