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安倍晋三は果たして本当にキングメーカになることができるのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(608)

長月某日

 産経新聞社とFNN(フジネットワーク)が18,19日の両日行った合同世論調査で、誰が自民党総裁にふさわしいかを聞いたところ、河野太郎が52.6%で最も多く、岸田文雄は15.2%、高市早苗11.6%、野田聖子6.4%の順だった。

 フーテンがフジサンケイグループの調査に注目するのは、高市早苗が総裁候補として注目されたきっかけが、夕刊フジのポータルサイト「ZAKZAK」が8月10日に行った緊急アンケートで、81%という異常に高い支持率を獲得したからである。

 その時点で菅総理はまだ出馬の意欲を見せていた。これに対抗しようとしていたのは岸田派会長の岸田文雄、細田派の下村博文政調会長、そして無派閥の高市早苗だった。「ZAKZAK」のアンケート結果は、菅総理が11.9%、岸田5.9%,下村1.3%に対し高市81%という数字だった。

 それ以来フジサンケイグループの媒体である「ZKZAK」は一貫して高市支持の姿勢を続けている。菅総理が出馬せず、河野太郎が出馬を表明した後でも「高市支持の急拡大」という記事を掲載し、「ユーチューブ」に配信された河野太郎の出馬会見と高市早苗の出馬会見の動画(FNNプライムオンライン)の再生回数を比較してみせた。

 今月の17日午前7時の時点で、高市は再生回数が254万4392回に達し、「高い評価」が6万3122、「低い評価」が4239だったのに対し、河野は再生回数が24万990回で10分の1以下、「高い評価」が1509,「低い評価」は1万5119で、河野は圧倒的に評価が低いという記事だった。

 しかしそれはFNNプライムオンラインを視聴している人間の中の数字であり、世間一般の受け止め方ではない。つまりフジサンケイグループのネット媒体の視聴者に高市支持者が多く、河野支持者は少ないというだけだ。しかしメディアで「高市支持の急拡大」と報道されると、世の中全体がそうなっているのかと錯覚させる効果はある。

 その意味でフジサンケイグループの世論調査をフーテンは注目していた。世論調査はアンケートと異なり、偏りがあってはならないからだ。そしてフジサンケイグループの正式な世論調査の結果は常識的なものだった。

 それだけでなくこの世論調査には先ほどの数字とは別に、自民党支持層と無党派層の調査から興味深い結果が得られている。まず自民党支持層に対する調査では、河野が55.8%、岸田は17.9%、高市16.4%、野田2.9%という結果である。

 河野は全体より3.2ポイント高くなった。これまで河野には「脱原発」や「女系天皇容認」の主張から自民党内に反発があると言われていたが、自民党を支持する層にはそれほど反発されていないことが分かる。

 岸田も2.7ポイント上昇した。しかし上昇が著しいのは高市だ。4.8ポイントも上昇し、岸田との差を1.5ポイントにまで詰めた。自民党支持層には安倍前総理の主張に近い右寄りの考えが受け入れやすいことが分かる。しかしそれでも河野の3分の1の支持率でしかない。岸田も同様に河野の3分の1に過ぎない。

 それに引き換え野田は全体と比べて3.5ポイントも低下した。今回の総裁選で野田はエントリーだけで良しとして、総裁になれると考えてはいない。そのため思っていることを自由に発言している印象がある。意識的にリベラルな発言を行い、右寄りの高市との違いを際立たせている。

 万年与党時代の自民党には右から左まで幅の広い主張が混在していた。野田のような主張は珍しくなく、最も自民党的であったかもしれない。しかし政権交代の政治が現実となり、自民党の主張はかつてより右に寄った。そのため野田のような主張は自民党支持層には不人気になった。それが調査結果に現れている。

 また調査では支持政党なしの無党派層にも質問している。自民党総裁選が終わればすぐに総選挙があるから、今回の総裁選は「選挙の顔」を選ぶ選挙と言われ、そのためには選挙結果を左右する無党派層の動向が注目される。

 それで見ると、河野51.3%、岸田13.6%、高市9.0%、野田5.0%の順となる。それを自民支持層と比べると河野は4.5ポイント、岸田も4.3ポイント支持率が減る。それに比べて高市7.4ポイントと大激減、逆に野田は2.1ポイント上昇した。

 高市と野田の支持率は無党派層で対照的となる。つまり安倍前総理の後押しで総裁選に出馬した高市は無党派層に人気がなく、リベラル色のある野田は無党派層に受け入れられる。そして「選挙の顔」としても河野が2位の岸田の4倍近くダントツの支持率を誇る。

 またこの調査で次期総理に期待する政策を聞いたところ、トップが新型コロナ対策だが、そう答えた人が最も新総裁にふさわしいと答えたのは河野が56.8%で、2位の岸田の16.1%を大きく引き離す。

 次期総理に最も必要な資質としてトップに挙げられたのはリーダーシップだったが、それを選んだ人が新総裁にふさわしいと答えたのも河野が61.3%、2位の岸田は16.2%だった。

 この調査結果を掲載した21日朝刊の産経新聞は「河野氏が強みとする実行力や発信力への期待が高まる現状が浮き彫りになった」と結び、一方で河野を石破茂や小泉進次郎が支援する枠組みが党内から反発される可能性もあるとして「小石河+菅 吉と出るか」という見出しを掲げた。

 つまり小泉、石破、河野と菅総理が連携する総裁選に、自民党内から反発が出るとみて、まだ予断は許されないとしている。誰が反発するか。8年8か月権力を掌握してきた側、すなわち安倍―麻生体制が反発するのである。

 「ZAKZAK」の報道を見て、「フジサンケイグループの媒体はまるで安倍―麻生体制の機関紙のようだ」と思ったフーテンだが、本紙の世論調査報道はそれとは異なりまともだった。ただし世論より党内の力学が勝る可能性があることを「小石河+菅 吉と出るか」という見出しで匂わせている。

 確かに「選挙は下駄を履くまで分からない」と言われる通り、政治の世界は何が起こるか分からない。ただしこの選挙ではっきりしたことがある。安倍前総理は自分がもう一度総理になるため自分の派閥からは決して総理候補を出さないということだ。だから無派閥の高市早苗を担いだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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