安倍総理の焦りを感じさせるだけだった消費増税延期の観測気球
フーテン老人世直し録(434)
卯月某日
自民党の萩生田幹事長代行が消費増税延期に言及したことは、安倍総理が政局運営で追い詰められていることを示す以外の何物でもない。これがきっかけで安倍総理は急速に求心力を失う可能性がある。
この手の発言は観測気球と言い、権力者がしばしば使う手法である。何か事を起こす場合、どこに敵がいてどこに味方がいるか、また反発が大きいか小さいか、そうしたことを見極めるため観測気球を打ち上げる。従って安倍総理が消費増税延期に対する反応を知りたがっているのである。何のためか。解散の大義を見つけるためである。
今年正月の安倍総理の年頭会見を見て、フーテンは「衆議院解散に賭ける並々ならぬ意欲を感じた」とブログに書いた。安倍総理は解散について「頭の片隅にもない」と言いながら、今年が亥年であることにふれ「猪は猛烈なスピードで直進すると同時に、左右に身をかわし突然ターンすることもある」と意味深長なことを言った。
同時に安倍総理は、60年前の亥年に祖父の岸信介が米国と安保改定交渉を始めたことを取り上げ、自分も今年「日本外交の総決算」を行う決意を表明した。「先人たちは国論が二分する中で逃げることなく、国の行く末を見ながら決然と責任を果たし、改定された安保条約は60年後の今なお我が国の外交・安全保障政策の基軸である」と語った裏には、北方領土交渉をまとめて祖父のレベルに達したい安倍総理の願望がにじみ出ていた。
従来の政府の立場である「4島返還」を「2島プラスアルファ」に転換して交渉をまとめれば国論は二分される。それは衆議院解散の大義名分になる。そして現在の国民なら「2島プラスアルファ」で選挙に勝てると安倍総理は考えたのだと思う。ところが安倍総理の期待に反しロシア側の姿勢は冷淡だった。
当然と言えば当然だが、ロシア側は日米安保体制を問題にする。日本が米国から守って貰うため、米軍は日本の領土のどこにでも基地を作ることが出来る。それが日米安保条約の取り決めである。つまり日本の領土はすべて米軍基地になりうる。
ロシアとしては、返還した島に米軍基地が作られるのでは米軍に領土を提供することになり国益に反する。日本が米国の支配から脱して真に独立しない限り、北方領土を返還する訳にはいかないという理屈になる。米国にすり寄ることだけを「外交の基軸」にしてきた安倍総理にとってこれはハードルが高い。
しかし外交というのは表に見せている部分はほんのわずかで、水面下にその数倍もの秘密が隠されている。表で難しいように見えていてもそれを額面通り信じる訳にはいかない。フーテンは6月のG20で急転直下の交渉妥結もありうると考え、衆議院解散の選択肢は消えていないと見ていた。
ところが交渉が本当に難しくなっていると思わせたのが、安倍総理が北朝鮮の金正恩委員長と直接交渉を行いたい考えを強調し、拉致被害者家族会のメンバーと面会するようになったことだった。北方領土を解散のカードにできなくなったため、北朝鮮との拉致問題にカードを転換したと思わせるような動きだった。
しかし北朝鮮に世界で最も強硬姿勢を示してきた安倍総理に対し、金正恩委員長が容易に会ってくれるはずはない。拉致被害者家族会が多少強硬姿勢を和らげる姿勢を見せたが、その程度ではお呼びでない。なにしろ米国に何でもおすがりする外交だから結局はこれも米国頼みになる。拉致問題も解散のカードにならないと思わされた。
年の初めに「日本外交の総決算」をぶち上げたのに、北方領土問題も拉致問題も一向にぱっとしない。そしてついに出てきたのが萩生田幹事長代行の消費増税延期発言である。外交を解散カードにしたかったのにそうならず、追い詰められて既に使った古い解散カードを持ち出したかのように見える。
分かるのは安倍総理が焦っていることである。どんなことをしても解散をしたいが、そのカードが見つからない。それで消費増税延期の観測気球を上げてみた。それをみて周囲は消費増税の是非よりも安倍総理の焦りの方を強く感じたのではないか。
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